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シリア:案外要注意かもしれないベラルーシ情勢

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 シリアとベラルーシ、両国とも人口や経済規模、二国間の貿易や投資や兵器の取引額を見るとたいして大きくはなく、その関係も大勢には影響はないように感じられるかもしれない。しかし、シリアの復旧・復興が紛争の「第二ラウンド」として様々な当事者からあたかも武器であるかのように扱われる中、シリア政府にとってベラルーシは案外大事な取引先だったりもする。シリア政府が、敵対国・勢力や「反体制派」に与した者たちに復旧・復興の権益を与えなかったり、財産権のような彼らが本来持っていた権利を剥奪したりすることを「シリア政府による復旧・復興の武器化」と呼ぶのならば、各種の制裁やボイコットによってシリア人民の生活水準を低下させることで紛争の結果を自らに望ましい方向に誘導しようとする諸政策は、「欧米諸国による復旧・復興の武器化」と呼ぶべき行為である。どちらにせよ、シリア人民は紛争の行方に影響を与えることができないまま、生活苦を甘受せざるを得ない状況に追い込まれる。

 そうした状況において、実はベラルーシはシリア復旧・復興だけでなく、現在の中国発の新型コロナウイルス禍の中のシリアにとって必要な物資や技術の調達先として貴重な存在である。ベラルーシが現在の形で姿を現した1990年代以来、同国とシリアとの関係は様々ないわくがつくものだった。例えば、ベラルーシは旧ソ連やロシア製の兵器・軍需物資をいったん引き受けた上でシリアに流す「トンネル国」として度々名前が挙がった。そうした怪しげな関係の他にも、21世紀にはいると両国の間でベラルーシのトラック・バス・トラクターをシリアで調達したり、その技術をシリアに移転したりする交渉や約束が繰り返された(実現したかは別問題)。シリア紛争勃発後も、バスなどの輸送車両の不足が深刻化する中、ベラルーシは中国に次いでシリアにバスやトラックを供給する候補となってきた。最近では、製薬・医療物資の供給国としてシリアの報道にそこそこ登場する。シリアの復旧・復興で権益を獲得しうる候補としては、ロシア、イラン、中国、インドなどが有力だが、シリアの外交政策や社会の雰囲気に鑑みると、これらの諸国への経済的依存が強まりすぎたり、これらの諸国の産品しか使うもの・買うものがないという生活をしたりすることをシリア人民が喜ぶようには思われない。実際どのくらい使い物になるのかはさておき、ベラルーシはシリアにとって現在必要な技術や物資を調達する選択肢、ロシア、イラン、中国以外の取引先として大切な国の一つである。

 シリアの貿易の相手国は、21世紀の初頭はEU諸国が上位だったが、それが次第に旧ソ連諸国、トルコ、イラクへと重点が移り、現在はロシア、中国の比重が高まっている。ベラルーシとの二国間貿易額は、年間せいぜい4000万ドル~1億ドル(シリアから見ると輸出と輸入の比率は1:9)で、シリアにとっても上位に入る存在ではない。しかし、上述の通り、シリアにとってベラルーシはバス、トラック、トラクターを供給し、技術移転に応じてくれる可能性もある数少ない国である。特に、トラクターをいかに調達し、生産現場に供給するかという問題は、復旧・復興以前にいかに食料を確保するかという問題として、シリア政府・社会の重大関心事となっている模様である。また、新型コロナウイルスの流行を待つまでもなく、紛争により諸産業が壊滅状態のシリアが医療物資を調達できる相手として貴重な存在である。そのベラルーシで政情が混乱し経済活動が停滞すれば、シリア人民にとっても大きな影響が生じることになる。要するに、シリアの対外関係は、「独裁体制の国同士でなかよし」のように情緒的・稚拙に論評していれば済むものではなく、シリアと相手国との間の、国際関係、安全保障、経済状況などの利害得失の計算と、それに基づく働きかけと反応の集積によってできている。一見すると関係が薄いような国同士でも、いずれかの大変動が別の国に重大な影響を及ぼすという可能性は、シリアと北朝鮮との関係についても意識しておきたいことであり、シリア・ベラルーシ関係はそうした可能性を分析するための一事例として注目している。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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