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やっぱりあんまりイケてない「イスラーム国」

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

広報活動の一角が崩れる

 2020年6月、「イスラーム国」の活動にそこそこ重要な変調が生じた。しかし、それは同年5月にいろいろな「情報機関」や自称専門家が喧伝したような、「同派の活動が世界的に復調している」という筋書きとは全く反する変調である。その変調とは、「イスラーム国」の自称通信社である「アアマーク」が、毎日発信していた「イスラーム国」の戦果の短信の発信を止めてしまい、その後ほぼ何の情報も発信しなくなってしまったという変調である。

 最近、「イスラーム国」の戦果発進の様態は、(1)「イスラーム国」の前身の団体との時からやっていた「声明や動画」の発信、(2)「イスラーム国」が大流行した時に現れた同派の自称通信社「アアマーク」が発信する短信や詳報、(3)上述の2種類より遅れてSNS上で流通するようになった「ニュース速報」の3種類ある。善意か悪意か、或いは無知無能の産物かはさておき、一部にこの3種類(かそれ以上のいろいろ)も含めて全部まとめて集計し、結果的に「イスラーム国」の戦果や情報発信を本来の件数の3倍とか5倍に計上しているウオッチャーも残念ながら存在する。繰り返すが、そうした行為自体が、「イスラーム国」にとって何にもまして貴重な援護である。

 「イスラーム国」の広報活動は、実は案外分権的で中には組織の指導部はもちろん現場の戦闘部隊ともちゃんとしたつながりがない広報機関もたくさんある。「アアマーク」も、実際にどの位組織の方針や現場の活動と関係しているかが不確かなまま、「事実上の犯行声明」という不思議な枕詞と共に世界中の報道機関によって実態を検証せずに引用された。その重要だったはずの広報機能の一角が、2020年6月初旬を境に、何の説明もなしに「短信」(=「事実上の犯行声明」って言うヤツ)の発信を止めてしまった。上記の(1)、(2)、(3)のうち、実は(1)も発信者側から「何故そうしたのか」何の説明もないまま著しく機能が低下し、2020年6月分についても過去最低水準の発信件数を継続した。(3)は一見「発信数」だけは景気よさそうに見えるが、それはあくまで速報にすぎず、組織の主義主張やメッセージを伝える機能を果たしていない。つまり、(3)の件数を一生懸命数えるだけでは「分析や考察」にはなっておらず、(3)の動向を読むには相当の経験と訓練(とそれを可能にする資源の投下)が必要だということだ。要するに、本来はテロ組織としてシロートにも一生懸命メッセージを伝えなくてはならない「イスラーム国」とその仲間たちが、何の説明もなしにメッセージを伝播する努力を止めてしまったことには、もっと注目すべきである。

戦果のネタをアフリカに求める

 そのようなわけで、いろいろなジョーホーキカンやいんてりじぇんすのセンモンカがのたまったのとは異なり、2020年4月末~5月に「イスラーム国」が示した「戦果」やその他の情報発信の増加は、全般的な低空飛行を覆すには到底及んでいなかったと結論付けることができる。となると、同派の活動状況の観察においては、局地的な戦果の増減や、特定の対象が広報活動で言及される頻度の増減に着目して特定の地域や文脈における細部の動向も観察してみるといいかもしれない。その場合参考になるのは、2015年秋から現在に至るまで一応安定的に刊行を続けている「イスラーム国」の週刊機関誌『ナバウ(ナバアと表記しても別に構わない)』である。この『ナバウ』誌上に出現する様々な蔑称や固有名詞をテキスト分析もどきとして数え上げてみると、「イスラーム国」とその仲間たちの正体が見えてくる(実例1実例2)。とりわけ、本稿では『ナバウ』誌上で「イスラーム国」による「州」の表記が現在の形式に落ち着くようになったNo.141(2017年7月27日付)以降の動向を検討してみよう。

 まず特記事項として、No.163(2019年1月3日付)に、「中央アフリカ州」なるものが出現した。「中央アフリカ州」は、どうやらモザンビークやコンゴのことを指しているらしい。これに対し、ナイジェリア、ニジェール、マリ、カメルーン、チャドなどを含む「西アフリカ州」は、『ナバウ』誌刊行の以前か、刊行後かなり早期にその存在が定着している。こうして『ナバウ』141号以降に出てくる単語を拾っていくと(注:あくまで単語を拾っているだけなので、実際の攻撃件数ではなくその固有名詞がどのくらいの頻度で出現するかを対象に対する関心高低を判断する指標として扱う)、それなりに見ごたえのある結果が出てくる。アフリカ諸国では、ナイジェリアが941カ所、ニジェールが286カ所、マリが217カ所、モザンビーク(No.185:2019年6月6付が初出のようだが…)が147カ所現れる。一方、アフガニスタンを中心とする地域を指すホラサーンは335カ所、ソマリアは423カ所出現するが、この両地域については、2019年後半以降出現頻度が低下し、2020年以降はアフリカ諸国の出現頻度より低くなる。その理由は、また機会があったら検討しよう。

 一方、アジア地域においてはフィリピンが244カ所出現したのが目立つが、実際の攻撃件数はこれよりもずっと少ない。件数が嵩増しされるは、『ナバウ』誌上の記事で「フィリピンの」に相当する形容詞がやたらと出てくるからだ。アラブ諸国では、シャーム(≒シリア)が753(「シャーム解放機構」、「シャーム自由人運動」などの組織名として出てきたものは排除)カ所、がイラク1209カ所、エジプトが「シナイ州」名義の攻撃の記事などで頻出して922カ所、アル=カーイダやアンサール・アッラー(俗称:フーシー派)に対して果敢に戦っているはずのイエメンはたったの293カ所だった。ちなみに、欧米諸国では論説や「イスラーム国」の戦果や主張とは直接関係のない「今週のできごと」の記事でも出現頻度が高いアメリカが1296カ所、サハラ地域での戦果や状況についての記事によく出てくるフランスが350カ所、イギリスについては93カ所だった。

 こうした数字をどう解釈するかは、読者諸賢次第である。筆者としては、「イスラーム国」の本来の活動地だったはずのアラブ諸国、本来の敵だったはずの西側諸国、背教者暴君があふれているはずのアラビア半島、当初「イスラーム国」の拡大が懸念されていたアフガンやソマリアやアジアについての記述がどんどんショボくなっていると考える。その一方で、現在の「イスラーム国」は、戦果や何かの論評のネタの供給源として、サハラ地域や南アフリカのようなアフリカに活路を見出しているように思われる。しかし、「イスラーム国」だけでなくほかのイスラーム過激派諸派を長年観察していると、彼らによるアフリカ(特にいわゆる「ブラック・アフリカ」)に対する蔑視や冷遇は、アメリカの官憲による「黒人差別」が児戯に見えてしまうくらい陰湿で激烈である。そのようなわけで、「イスラーム国」が「黒人」カリフを擁立するようなことはもちろん、同派の本拠地がそのような地域に「移転」や「拡散」することも全く想像できない。

今後の課題

 以上を踏まえると、これまで「イスラーム国」が言及することが多かった国や地域(ヨーロッパ諸国など)の観察継続とともに、コンゴのように比較的新しい段階で「イスラーム国」が戦果を発表するようになった場所へと観察を広げる体制の構築が重要課題となる。また、当然ながら「イスラーム国」が日本に関心を持つかについて常に警戒すべきで、同派を含むイスラーム過激派が日本やそれと関係の深い諸般の事象に関心を示すかの観察も決して怠ってはならない。ちなみに、本稿で取り上げた範囲では、それに該当する記述は「ゼロ」だった。行政機関や専門家が提供できるのは「安全性の程度の高低」を判断する指標だけであり、「安心」できるかどうかの判断はひとえに個人に委ねられる。このような初歩的な事実を社会に浸透させることも、相変わらずギョーカイの課題だったりもする。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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