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「便りがないのは無事の知らせ」ではないアフガニスタン情勢

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

最近の情勢

 日本においては、アフガニスタン(以下アフガン)の情勢が報道機関に取り上げられる機会は非常に少ない。国際機関やNGOなどの活動に直接・間接に関与する人々やアフガンの現地情勢を専攻する専門家ででもない限り、同地からの情報に日常的に接することもなさそうだ。だからと言って、アフガンの政治・経済・社会・治安上の諸問題が、アメリカ軍の侵攻(2001年)後一挙に解決し、アフガンの人民に平和と安寧と繁栄がもたらされたから、アフガンの情勢が話題に上らなくなったわけではない。もちろん、日本をはじめとする各国の政府はアフガンのことを忘れたわけでも、同国を放置しているわけではない。各国が2012年~2020年までに拠出/拠出表明した支援のための予算の総額は300億ドルを超えている。

 ただし、それらが望ましい成果を上げているかと言えばそうとは限らないようで、アメリカ政府のアフガン復興予算監査機関によると、2017年夏の時点でアフガン政府の統制下・影響下にある地域は国土全体の6割を切っている。もっとも、この報告書によると、アフガン政府の統制下・影響下にある「人口」という観点からは依然として大半が政府の統制・影響下にあるので、事態はそれほど危機的ではないように見えるかもしれない。しかし、2018年4月25日付で「ターリバーン」が発表した2018年の春期攻勢開始宣言を見る限り、同派は「政治的にも社会的にも、実力で勝つ気満々」である。

「ターリバーン」の攻撃対象の変遷が示すもの

 軍事行動に不向きな冬の終わりを待って「春期攻勢」を行うのは、「ターリバーン」の年中行事である。重要なのは、毎年同派が発表する春期攻勢開始宣言の中で、同派が攻撃対象や活動の重点事項として列挙する内容が着実に変化していることである。攻撃対象として何が挙げられるか、何が活動の重点事項かに着目すれば、当座何が「マトにかかるか」について予想がつき、邦人やその権益がさらされる危険の程度や切迫感についての判断も変わってくる。また、「ターリバーン」が攻撃対象として何を挙げるかによって、同派が現在の軍事・政治・社会情勢をどのように判断しているかもある程度判断できる。

 「ターリバーン」にとっての優先的な攻撃対象は、基本的に占領軍とその手先、アフガン政府と治安部隊であるが、近年攻勢の際の攻撃対象として挙げられた例は、「占領軍(占領軍とともに行動する民間業者も含む)の拠点、外交団とその車列、アフガン政府の機関や車列」(2014年)、「第一の攻撃目標は十字軍占領者、特に彼らが常駐する基地、諜報拠点、外交拠点、次に傀儡政府とその職員」(2015年)となり、2015年には外交団が攻撃対象として言及されなくなる。2016年には具体的な例示がなく、対象を軍事拠点に絞るかのような表現になるとともに、敵方の者に「ターリバーン」側につくよう促すことも活動方針として挙げられた。2017年には攻撃対象を「外国占領軍やその拠点、占領者の諜報拠点、占領軍の傀儡」とさらに限定するとともに、民生の活性化やアフガン政府職員を離脱させる活動についての言及が一段と具体的になった。2018年については、「占領軍、傀儡政府、騒乱の唱道者」を攻撃対象に挙げ、占領軍の人員の生け捕りに注力すると表明した。

 このようにしてみると、「ターリバーン」は年々強気の情勢判断をするようになっており、ゲリラ戦や政治・広報上の効果を狙った作戦行動にとどまらず、占拠した地域の運営やなにがしかの政体の構築をも意識するようになってきている。これに対し、アメリカのトランプ大統領が2017年夏にアフガンについての「新戦略」を発表したが、こちらは戦術的な「テロリスト」の討伐に重点を置き、アフガンの統治体制の構築や民生の充実については「同盟国に一層の負担を求める」のが「新戦略」の骨子だった。

 「ターリバーン」が民生の充実やアフガン社会への浸透、人民の取り込みを意識するということは、国際機関・NGOの援助活動を優先的な攻撃対象として例示しなくなったことにも示されている。民生分野でそれらの活動が「役に立つ」のならば、その活動を当面は放任する方針とも解される。ただし、「ターリバーン」はカブールにある官庁街・大使館街、外国人の利用者が多い施設への襲撃を繰り返しているため、攻撃対象として例示されていなくとも、攻撃を受けることや巻き込まれることへの警戒は決して怠ってはならない。また、同派が援助活動を放任するのは、専ら同派の利己的・主観的判断に基づくものなので、どのような団体・活動でも、「非イスラーム的である」とか「有害活動(例えばキリスト教の伝道)である」などの難癖をつけられて排撃される可能性は常時あると考えた方がよい。

「イスラーム国」の居場所はない

 ところで、2018年の攻撃対象として「騒乱の唱道者」なる妙な文言が挙げられたことは何を意味するだろうか?実は、これはアフガン領内で活動する「イスラーム国」を指すと思われるのだ。「ターリバーン」自身は、アフガンでのジハード活動は全て同派の指揮・統制下に行われるべきだと考えているため、「ターリバーン」ではなく「カリフ」の僭称者に忠誠を誓う「イスラーム国」やその仲間は戦列を乱す錯乱分子である。一方、「イスラーム国」とその仲間から見れば、「ターリバーン」は本来忠誠を誓うべき対象以外のものに忠誠を誓うダメな連中であり、ジハードを闘う団体ではなく「アフガンの愛国主義運動」に過ぎない。

両者は2015年からは公然の敵対関係にあるが、「ターリバーン」側は「イスラーム国」を積極的に攻撃してきたわけではなかった。ここで、「イスラーム国」が2018年の「ターリバーン」の攻撃対象として挙げられたことは、同派の排撃も本格化する兆しと見てよいだろう。 「イスラーム国」は既存の国家・国境を否定し、世界的にヒト・モノ・カネのような資源を動員して活動しているように見えるが、実はこうした活動は、アフガンをはじめとする各地の住民が当然抱くであろう自分の故郷・共同体、地域の慣習に対する愛着や敬意を画一的に否定・排除することを特徴とする。それ故、「イスラーム国」がアフガンで使用される言語を含む多言語で広報活動を行っていたとしても、地元の住民や社会から積極的な支持を得られる可能性は低い。「イスラーム国」はアフガンでも訓練基地の設営や「統治」の模様を広報素材として発信しているが、アフガンにおける同派の活動の成否は、ひとえに同派向けの資源供給国と資源の通過国が、同派の活動を真剣に取り締まるかにかかっている。いろいろな条件を考慮して様々な場面を設定して分析する必要はあるが、大局的にはアフガンに「イスラーム国」の居場所はないと言っていい。

 アフガンで活動するイスラーム過激派諸派は、日本や日本人も無縁ではない様々な活動・方針を示している。問題は、アフガンについても、情報や分析を発信したり流通させたりする主体の側の都合やそれらが持つ資源の多寡によって、一般の読者・視聴者の基に届く情報の量と質が多大な影響を受けることだ。各国がアフガンの平和・安定、復興に重大な関心を抱き、多大な資源を投じていることは明らかだが、それにもかかわらず望ましい成果が上がっているとは限らない現実が広く知られることは好ましくないかもしれない。上手に広報できる主体が「ウケルネタ」を発信できた場合だけが「深刻な危機」や「地獄」なわけではない。誰も関心を持たない、誰も情報をちゃんと分析しようとしない状況の中で生命や財産を奪われる人民がいることこそが、本当の意味での「深刻な危機」であり「地獄」ではないだろうか。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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