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大詰めを迎える「イスラーム国」対策:足を引っ張るのはだれか?

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
モスルで活動する兵士が持つ銃弾。実は非常に重要な情報を含んでいる(写真:ロイター/アフロ)

重要局面を迎えるイラク、シリアでの紛争

イラクにおいてはモスル奪還作戦の開始、シリアにおいてはラッカ方面への攻勢強化など、「イスラーム国」との戦いにおいて注目すべき動きが相次いでいる。また、シリア紛争でも政府軍がダマスカス近郊やアレッポで「反体制派」掃討を進めており、特にアレッポ東部への攻包は世界的に関心を集めている。ここにきて両国における紛争が大詰めを迎えているのは、例えばイラクにおいてはアメリカの大統領の交代を控え、現政権がある程度の目途をつけようとしているとの考えがあるとみることが可能だ。一方、シリアについてもアメリカとは紛争についての立場や政策が異なるシリア、ロシア、トルコなどの主体が、アメリカの新大統領の下での陣容や政策が固まる前に自らに有利な既成事実を確立しようとして攻勢をかけているとみることもできよう。

とはいえ、アメリカのトランプ次期大統領の中東政策は現時点では何ら具体化されておらず、同氏やその周辺が発する片言隻句を拾い上げて将来の方向性や影響を考察するのは危険であろう。重要なのは、大局的に見れば「イスラーム国」という運動・現象そのものの衰亡は不可避だということである。今後の焦点は、彼らが用いた論理や行動様式が政治的得点となることを防止し、「イスラーム国」に類する政治運動を流行させない対策をいかに見出すかだ。現時点でも「イスラーム国」を延命させる様々な要素がある。「イスラーム国」やその支持者の主張や「思想」の読み解きを重視するあまり、模倣犯・「共鳴者」の犯行を助長してしまったり、「イスラーム国」への資源の供給を放任してしまったりする行為がその一例である。

イラクで判明した意外な事実

そうした中、ヨーロッパの調査機関であるConflict Armament Research (CAR)がイラクで行った調査により、「イスラーム国」の延命に寄与する資源供給の仕組みについての意外な事実が判明した。同機関は最近イラクで「イスラーム国」が使用した武器・弾薬類の製造番号を解析し、「イスラーム国」への武器供給の流れを解明しようとしている。それによると2015年末ごろまでは「イスラーム国」が使用していた武器・弾薬は主にイラクやシリアの治安部隊から略奪したものだった。ところが、2015年末以降、東ヨーロッパ諸国で生産されたものが目立つようになってきたそうである。

さらに言うと、東ヨーロッパで生産された武器・弾薬類は、製造・出荷の段階では至極正当かつ合法にアメリカやサウジアラビアに売却されたものだった。この両国は、「イスラーム国」の台頭もシリア紛争の激化もその原因はシリアのアサド政権にあると考え、同政権を打倒しようとしている。しかし、自らの軍事力を動員してアサド政権を打倒するつもりはないため、シリアの「反体制派」と称する武装勢力に兵器供給などの援助をしている。今般CARの調査で判明したのは、そのようにしてトルコを経由してシリアに送り込まれた兵器が、イラクで「イスラーム国」によって使用されているという事実である。しかも、一部の兵器は製造からわずか2カ月で「イスラーム国」によって使用されている。これは、問題の武器・弾薬類が何かのミスや「イスラーム国」が偶発的に獲得した戦利品としてイラクに流れているのではないことを示唆している。

アメリカもサウジも「イスラーム国」の壊滅を目指して様々な対策をとっている国の一つで、シリアの「反体制派」への武器供給もこれらの国から見れば「イスラーム国」対策の一翼をなすものかもしれない。しかし、現実にはそうして供給された兵器の少なくとも一部は、イラクで「イスラーム国」と戦う部隊に対して使用されている。アメリカ軍の要員も少なからずイラクにおける「イスラーム国」との戦闘の現場で活動していることから、ここでもアメリカやその同盟国による「イスラーム国」対策が費用対効果の低いものであるかが証明された形となる。

CARの別の報告書では、「イスラーム国」が製造する爆弾の部品を解析すると日本企業が生産した部品が使用されていることも判明している(当該の報告書も含め、紛争地での武器の利用について興味深い調査報告が多いのでここから参照)。もちろん、爆弾の部品となる物質や製品の多くは民需用の汎用品で、製造者が販売する段階での取引としては正当かつ合法的なものである。しかしそうだとしても最終的な用途が「イスラーム国」による爆弾の製造など、当初意図しない用途になることもある。手間のかかる作業ではあるが、「イスラーム国」向けの武器やその材料の流通経路のほとんどにトルコが利用されていることから、流通経路の点検などとるべき対策はある。このような問題を「人ごと」、「しようがない」として放置するのではなく、少しずつでも対策を講じることが「イスラーム国」が延命する余地を狭める上で大切だ。

「現地調査」に求められる高度な技量と成果

シリアの「反体制派」に供給された弾薬類が、実は供給した諸国の同盟者を攻撃するのに使用されたり、「イスラーム国」の延命に貢献したりしていることを指摘したという意味で、CARの調査は地道な手法で価値ある成果を上げたといえる。彼らの調査は、実際にイラクの戦場を訪れてそこで使用された銃弾の薬莢、銃、爆薬保管箱などの製造番号を収集し、流通経路をたどるという非常に地道な作業である。

もっとも、CARにしてもEUから資金提供を得て、「現地入り」はクルドやキリスト教徒などの民兵の庇護を受けて行っている。「国家や権力から独立していなければ」優れた調査ができないというわけではない。むしろ高度な技量を持つ集団が優れた成果を上げるためには、政府を含む広汎な支援体制を組むことが不可欠だろう。

一方で通信技術の発達により、単に「現地行ってきました」や「現地の経験あります」だけではほとんど価値がない時代となっている。これは戦場の動画や「現地の声」についても同じことで、現地の住民が相当な量・質の発信をできるようになっているので、わざわざ外部の人間がそれをする価値は低下している。むしろ、技量や規律の低い主体が「現地調査」を行うと、紛争当事者の「広報部門」同然の水準に堕する可能性すらある(例:シリアの「反体制派」に随伴する記者や援助団体が多数いるにもかかわらず、彼らによる人権侵害についてはほとんど取材も発信もされていない!)。個人の冒険旅行と大差のない紛争地への潜入や、そこで見聞したわずかな情報をあたかも全体を代表するかのように発信する活動では、それに伴う危険や負担に見合う成果は上がらないのが実情であろう。調査を実施する主体が技量や規律を向上させるほか、「現地情報」を消費する側にもそれなりの訓練や思考能力が必須であることを肝に銘じたい。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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