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旧いクルマに乗り続けるは、エコか美徳か。伊藤かずえさんのシーマ復元完成 日本で旧車の維持難しい背景

高根英幸自動車ジャーナリスト
レストア作業を経て、新車の様に蘇った伊藤かずえさんのシーマ。(写真/日産)

女優の伊藤かずえさんが長年乗り続けてきた日産シーマを、日産自動車とその関連会社が感謝の意を込めてレストアして納車した。ほとんど新車のように蘇ったシーマを見て、自分のことのように喜び、感動するクルマ好きの声がネット上に溢れ返った。

そこで挙がった意見の中にもあったのが、「1台のクルマに乗り続ける方がエコなのではないか」という考え方である。

最新のエコカーに乗り換えた方が燃費が良いので環境に優しい、という考えも理解はできる。しかしクルマに限らず工業製品は製造時と廃棄時に電力を使用する、すなわちCO2が発生する。3台のクルマを乗り換えるのと、1台のクルマを乗り続けるのでは、燃料消費以外の環境負荷は確かに大分変わってくる。

もっとも乗り換えた後に下取りされたクルマは、中古車として次のオーナーが受け継ぐことが多く、すぐにスクラップにされる訳ではない。そうしたリユースによる循環経済も重要な経済活動ではあるのは間違いない。

中古車市場はクルマの価値を維持するための環境でもあるから、乗り続けるオーナーにとっても実は無関係ではない。いざ乗り換える段階になって、自分のクルマがどれだけ価値があるか気にならない人はいないだろう。

そんな乗り換えの実情とは別に、環境負荷を考えなくてはいけない時期に到達しているのも確かだ。

欧米に比べ、文化的視点に乏しい日本の自動車業界

日本は旧車に乗り続けるには環境が良いとは言えない国だ。まず国産車の場合、生産終了から10年が経過したあたりから、消耗品以外の部品供給が途絶え始める。もっとも輸入車でも最近はそういう傾向にあり、言い方は悪いが高級車でも使い捨ての時代になりつつある。それは部品の管理を含めたコスト計算がシビアになっているだけでなく、近年クルマの進化ぶりが加速していることも原因の一つだろう。

このところ日本の自動車メーカーでも旧車の部品を再販する動きがみられるが、それは本当に一部の車種だけ、旧車ファンが支持する中でも一握りの車種に限られている。それは自動車メーカーや部品メーカーとて、あまりに採算が取れないようでは実現することが難しいから、当然のことだ。

メーカーも生産終了から30年以上が経過したクルマの部品で利益を上げることなど、考えてはいない。あくまでユーザーに対する感謝を込めたサポートの一環なのだ。そして欧米の自動車メーカーが行なってきたブランディングを最近になって始めたとも言える。ようやく日本でも自動車産業の遺産を文化的価値と認められてきた感がある。

ただし日本の場合、部品供給の枯渇だけでなく、日本ならではの自動車関連税制の横暴ぶりも、長く同じクルマに乗り続けることを阻む。

自動車税は初年度登録から13年が経過すると15%も引き上げられる。6年で減価償却して財産としての価値は無くなるにもかかわらず、税金が引き上げられるのだ。さらに車検毎に納付する重量税も初年度から13年と18年で段階的に引き上げられる。税収の増大を見込んでいるのではなく、環境負荷の大きいクルマの買い替え促進が目的というのが建前だ。

大多数のオーナーは、燃費と増税のダブルパンチで、買い替えを余儀なくされるが、中には伊藤かずえさんのように愛着をもって乗り続けたり、昔憧れたクルマを余裕が出来てから手に入れる人もいる。そうした人が昨今のネオクラシックカーのブームを支えているのだ。

しかも旧車を維持するのが難しい一方で、実は日本の職人によるクルマの再生技術は、世界でもトップクラスのレベルを誇っている。元々手先が器用な日本の職人たちと、欧米のアイデアに満ちたボディ修復機材が組み合わさり、ボディの修復技術を高めていったのだ。

アメリカのレストアはとにかくピカピカ、ギラギラに仕立て上げる傾向にあるが、欧州はあくまでも新車当時の質感を再現するという傾向で、日本も欧州型に近い自然な仕上がりにするのが主流だ。

イギリスはクラシックカーの市場が確立しており、部品の流通やレストアが産業として成り立っている。それでも英国で新車のように蘇らせるには途方もないコストが掛かるため、大抵の旧車はそれなりの仕上げに留められており、日本に輸入されてきたモノをさらに日本で仕上げ直すことも珍しくない。

日本で人気のある旧車、60年代から80年代にかけてのネオクラシックカーは、部品取り車と呼ばれるドナーを用意して、状態の良いパーツを選りすぐって、再メッキなど部品レベルで修復をして1台のクルマを完全再生させる。鈑金塗装職人の熟練の技術と高い金属加工技術によって成立している作業だ。

オーナーたちはフリーマーケットや海外も含めたネットでの個人売買などでパーツをかき集め、愛車の維持やレストアを実現している。それも楽しみの一つと言えるが、なかなか大変なのが実情のようだ。

英国生まれ、日本育ちの特殊なクルマ、クラシックミニ

そんな日本の厳しい旧車事情の中でも、特殊な環境と言えるクルマがある。それはクラシックミニだ。ローバーミニ、ミニクーパー、オールドミニなどとも呼ばれる、イギリスが生んだ偉大なるコンパクトカーである。今では軽自動車よりボディが小さいこのクルマを、未だに愛車としている日本のオーナーは数万人レベルで存在する。

英国でも未だに新品のボディシェルを始めとしたほとんどのパーツを生産しており、当時の部品にこだわらなければほとんどの部品が普通に手に入るのも、ミニの人気故の特殊性だろう。また、単に英国に部品供給を頼るだけでなく、日本の優れた製造技術を利用して、より高品質な部品を日本で開発、生産しているケースもある。

イギリス車全般ではなく、クラシックミニ専門店も日本中に存在しているのも、その需要の証だろう。そんなミニ専門店では、オイル交換などのメンテナンスのほか、オーバーホールやレストア、中古車やレストア済み車両の販売などを行なっている。

欧米では旧車に最新の装備を移植するレストモッドと呼ばれるカテゴリーも育ちつつあるが、日本のクラシックミニの世界でもそうした領域に入りつつある。

1960年代のビンテージミニに、最終型である2000年製の同時点火インジェクションエンジンを搭載するなんていうのは朝飯前で、エンジンのモディファイだけで無数のパーツがあり、キャブから最新のフルコン制御まであらゆる仕様のエンジンが製作できる。

標準的なクラシックミニは、サスペンションスプリングに円錐状のゴム、ラバーコーンを用いているが、それをバネ鋼によるコイルスプリングに置き換えられたのも、日本のバネ鋼技術によるものだ。純正ではクーラーとヒーター別々の空調をエアコンにしたり、電動パワーステアリングを組み込んだり、カーナビやオーディオを搭載したりと、機能の充実もお望み通りだ。

フルレストアされ、オーナーの趣味でアクセサリーが追加されたクラシックミニ。(筆者撮影)
フルレストアされ、オーナーの趣味でアクセサリーが追加されたクラシックミニ。(筆者撮影)

そんなフルレストアしたミニが300万円台で購入出来てしまう、というのは日本だけだ。既存のオーナーがレストアを依頼するなら、さらにベース車両の分は安くなる。英国では2000万円前後になってしまうクラシックミニをベースとしたレストモッドも、日本ならその4分の1以下の金額で実現可能なのだ。

日本の自動車メーカーもレストアサービスを始めたが、ユーノス・ロードスターで500万円という価格は、従来のレストア費用から見れば格安だが、それを依頼できるオーナーは一握りだろう。

レストアするのもモディファイするのもエネルギーを消費することにはなるが、クラシックミニの場合燃費も悪くなく、ちょっと気を使えば20km/Lは走る。つまり走行中のCO2排出もそれほど多くはないのだ。それにミニ以外の旧車オーナーは、日常の足に旧車を使っている人はほとんどいない。燃費が悪くても、実際の燃料消費はわずかなものだ。

今後、純エンジン車の生産が終了していけば、趣味性の高いクルマは旧いクルマしか残らなくなる。新しいクルマたちにも新しい楽しみは見出せるだろうが、従来のクルマらしい楽しみは旧車でしか味わえなくなり、それを求めるユーザーはまだ当分は存在するだろう。

彼らはデザインや質感、音や振動、乗り心地など、今のクルマにはないアナログな価値を楽しんでいる。今のようにコンピュータの内部でシミュレーションされた開発で生まれたクルマではなく、エンジニアが手書きで設計図面を描き、木型から手叩きで試作されたボディを油圧プレス機で再現した温もりのある造形をもつクルマだ。

3Dプリンターによる部品供給のコストダウンが進めば、色々な旧車の部品供給は改善出来るかもしれない。そして合成燃料やバイオ燃料が流通するようになり、カーボンニュートラルな旧車生活が実現できるようになれば、エコカー推進派も黙って見ているしかなくなるだろう。

自動車ジャーナリスト

日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。芝浦工業大学機械工学部卒。これまで自動車雑誌数誌でメインライターを務め、様々なクルマの試乗、レース参戦を経験。現在は自動車情報サイトEFFECT(https://www.effectcars.com)を主宰するほか、ベストカー、クラシックミニマガジンのほか、ベストカーWeb、ITmediaビジネスオンラインなどに寄稿中。最新著作は「きちんと知りたい!電気自動車用パワーユニットの必須知識」。

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