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<ガンバ大阪・定期便88>戦う男、中谷進之介。

高村美砂フリーランス・スポーツライター
完封勝利後、サポーターの声に合わせて喜びを露わにした。写真提供/ガンバ大阪

 体から喜びが溢れ出た。3月2日に戦ったJ1リーグ・2節、アルビレックス新潟戦。1-0で試合を締めくくり、一森純や三浦弦太ら守備陣と抱き合って健闘を称えあった中谷進之介は、チームメイトと共にホームサポーターが陣取るゴール裏に歩みを進めると、サポーターから届いたチャントを聞きながらリズムに合わせて、嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねた。

「いやぁ、気持ちよかったです! ガンバクラップの前に歌ってくれた歌もめちゃめちゃよかったし、ガンバクラップも、ガンバの一員として初めてプレーしたパナソニックスタジアム吹田も最高の雰囲気でした。チームにとってもホーム開幕戦で、あれだけたくさんのサポーターの皆さんの前で勝利できたのはめちゃくちゃ大きい。ガンバは昨年から長らく勝てていなかった中で、今年は半分近くメンバーが入れ替わって、どんなふうに戦っていくのか、どんなサッカーをするのか、不安に思われていた方もきっとたくさんいたと思うんです。僕自身も、そのガンバに加入して、クラブからの期待も感じていたからこそのプレッシャーも少なからずありました。その中で僕たちはこうして戦う、勝ちを掴んでいくんだという姿を示せたこと。まだ1勝とはいえ、守備を預かる一人としては完封で締め括れたことにホッとしています。これからもっともっと勝っていきたいという思いが強くなりました」

■中谷がもたらした守備の変化。「まだまだできる」。

 中谷の持ち味が随所に光った一戦だった。一森や三浦、鈴木徳真やネタ・ラヴィらと繰り返し、言葉を交わしながら、前線からのプレッシングに連動してDFラインを高く上げ、コンパクトな陣形を作り上げる。

「試合前にパナソニックスタジアム吹田の入り口のところでサポーターの皆さんがすごい応援で出迎えてくれて『うゎー、すごいな!』って、まずはそこで気持ちを押し上げてもらった。パナスタをホームにして戦うのは初めてでしたが、改めてガンバサポーターの力を感じながら90分間を戦えました」

スタンドから届けられるサポーターの熱に背中を押され、完封勝利に貢献した。写真提供/ガンバ大阪
スタンドから届けられるサポーターの熱に背中を押され、完封勝利に貢献した。写真提供/ガンバ大阪

 守備においては対人の強さはもちろん、味方の状況を見定めながら時間を作り出してチームを落ち着かせ、隙あらば自らボールを運んで相手を剥がし、攻撃の起点になる。沖縄キャンプでの練習試合で掴んでいた感覚だったという。

「新潟とは沖縄キャンプでも練習試合をしたんですけど、その時に、ボールを運びながらどのタイミングで配球するのが効果的か、自分なりにいい感触を掴んでいたので、そのイメージのままプレーしていました。特に、前半は理想的にボールをつけられることも多かったし、チームとしても自分たちの土俵で戦えていたので、そこで試合を決め切るくらいの展開に持ち込めていたら、なお良かったです。ただ、そういう展開の前半になったからこそ逆に失点しないように、守備陣としてはチームのいい流れを断ち切ってしまわないように後ろはゼロ(無失点)で、と心掛けていました。後半はそのビルドアップのところで僕自身もミスをしてしまい、純くん(一森)に助けられたシーンもあって、ああいうところはなくしていかなくちゃいけないと思っていますけど、トライしている中で起きたことなので臆病にならず、これからも続けたいと思っています」

 試合後、ポヤトス監督も「シン(中谷)は私たちのサッカーにすごくあっている選手」だと信頼を寄せた。

「チームとしてしっかり押し込めていたこともそうだし本当に前線からインテンシティ高く戦えた。新潟対策の1つだった(相手の)センターバックに対してウイングが出ていったり、FWが出ていくという約束事も臨機応変に、選手それぞれが戦術を整理しながらやるべきことをしっかりやって、チームとして戦えた。欲を言えばもっとスムーズにというか、前半の展開ならもっといけたかなと思う部分もあったので、それを後ろからもっと伝えられていたら、という課題も残りましたが、それを含めてもまだまだできる、もっと自分たちらしく戦うことができるんじゃないかと思っています」

 ホーム開幕戦での勝利は、実に13年ぶり。J1リーグ戦におけるパナスタでの勝利は昨年の8月19日、24節・湘南ベルマーレ戦以来だ。加入に際しては「ガンバの失点を減らすことに貢献できるか」をミッションに掲げていた中谷だが、新潟戦ではその決意がプレーで表現されたと言っていい。

「(前所属の)名古屋グランパス時代も20年、22年はJ1リーグで一番失点数が少なかったですが、これまでの僕はどちらかというと失点数の少ないチームでプレーしてきました。その僕がガンバに来て、どれだけ失点を減らすことに貢献できるのか。ダニ(ポヤトス監督)のサッカーではボールを持ちながら前進することで守備のリスクを減らすという狙いが第一にあるので、まずはそのサッカーをピッチに立つ全員が自信を持ってやれるかが肝になるし、そのためのコンパクトな陣形は不可欠だと考えています」

 それは昨年の対戦を通して感じたことでもあるという。

「昨年のガンバは試合の中ですごく間伸びしていく感じがあり…そうなると、攻守にどっちつかずの展開になって、結局はやりたいことの半分もできなかった、ということになりかねない。だからこそ、前線の選手は攻撃に行きたい、でも、後ろの選手は失点するのが怖いからラインを上げられない、ではなく、(攻撃に)行くなら、後ろも思いきってラインを上げて全員でトライするべきだし、行けないなら全員で割りきって下がってリトリートすることも必要になる。そんなふうにチーム全体で意思統一をしながら試合を進めるためにも、お互いが声を掛け合って、みんなが状況を感じてプレーできるチームになっていきたいし、それができれば失点を減らしながら攻撃の時間も増やしていけると思っています」

局面での強さ、読みの鋭さはピカイチ。三浦との好連携で『鉄壁』を築き上げた。写真提供/ガンバ大阪
局面での強さ、読みの鋭さはピカイチ。三浦との好連携で『鉄壁』を築き上げた。写真提供/ガンバ大阪

■「ダニのサッカーを勝利につなげるための仕事がしたい」。

 昨年まで在籍した名古屋では、長谷川健太監督のもとどちらかというと『構える守備』で強さを発揮してきた中谷だが、実は柏レイソルアカデミー時代や、同トップチーム時代には、吉田達磨監督(現・徳島ヴォルティス監督)や下平隆宏監督(現・Vファーレン長崎監督)のもと、今のガンバに似たスタイルでプレーしてきたと聞く。そうした過程では、どんなサッカーが面白いのか、自分にはどんなスタイルが向いているのかを考えたこともあったとはいえ、キャリアを積み重ねる中で辿り着いたのは、その中身よりチームが志向するサッカーを勝ちに繋げられるか、という価値観だった。

「選手は、求められなかったことを求められることで、成長できる。逆に自分ができることの中だけでプレーしていたら、サッカー人生はそう長くは続けられない。それをプロキャリアの中で学んだだけに、僕はどんなサッカーにもポジティブに向き合いたいし、その中で自分ができる役割、すべき役割を考えたい。それに、やっぱりプロは勝たないと。どんなサッカーをするのか以上に、それをいかに勝ちに繋げられるか、そのための仕事ができるかが大事だと思うからこそ、僕はガンバでもダニのサッカーを勝利に繋げるための仕事がしたい。そのために自分自身もいろんなトライ&エラーを続けながら、選手としてのキャパシティを広げていきたいと考えています」

 その思いがあるからだろう。ポヤトス監督が理想とするサッカーには不可欠な、後方からのビルドアップも勇気を持ってやり続けたいと言い切った。

「まだまだ、探り探りの部分はあるし、トライすればこそのエラーが起きることもあるとは思います。でも、恐れずにやり続けないともう1つ上の世界は見えてこない。最終ラインでのミスは失点にもつながると考えても、公式戦でそれを自分に求める怖さはありますが、変わらずにやり続けたいし、それをチームの勝利に繋げていけるようにしていきたいです」

普段から外国籍選手と同じテーブルで食事を摂るなど積極的にコミュニケーションを図る。写真提供/ガンバ大阪
普段から外国籍選手と同じテーブルで食事を摂るなど積極的にコミュニケーションを図る。写真提供/ガンバ大阪

 最後に、冒頭に書き記した『ピョンピョン』に繋がる、中谷の素顔が窺えるエピソードを。彼とは小学4年生からの付き合いで、柏レイソルジュニアからユース時代まで、10年近い時間を共にした現ガンバのトップチームコーチ、上村捷太が教えてくれた。

「シン(中谷)は子供の頃から明るくて、自分の感情をストレートに表現できる選手。誰もが勝てば嬉しい、負ければ悔しいというのは当たり前なんですけど、彼自身がその思いをありのままに表現する選手だったこともあり、それに周りが感化されて奮い立たせられることも多かったです。小学6年生の最後の大会で、シンがBチームにいくことになってしまい、帰りのバスの車中でワンワン泣いていたのも懐かしい。一時期僕とポジションを争っていた時に面と向かって『俺の方がいい選手だから』とライバル心を燃やしてきたのもいい思いです(笑)。でも次の日にはケロッとしていて、しっかりと自分がやるべきことをやるのがシンでした。サッカーが大好きで、仲間やサッカー対していつも真っ直ぐで熱く、誰に対しても壁を作らないし、プレーと言葉の両方でみんなを引っ張っていける姿も、全く変わっていません。おそらくは、シン自身が誰よりも自分のことを信じているということも。だからどんな状況に置かれても、向上心を持って努力を続けられるんだと思います(上村コーチ)」

 「もっともっと、勝ちたい」という思いのままに。真っ直ぐにサッカーと向き合い続けてきた男は熱く、強く、そのプレーで、声で、ガンバを高みへと導く。

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

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