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<ガンバ大阪・定期便87>我らの、松田陸。

高村美砂フリーランス・スポーツライター
チーム全員での『ゆりかごダンス』で第二子誕生を喜んだ。写真提供/ガンバ大阪

■勝つことに執着したホーム開幕戦。「魚みたいになった」ゆりかごダンス。

 圧巻というべき迫力でホームゴール裏から声援を作り続けたガンバサポーターの前で、75分に宇佐美貴史が均衡を破るゴールを奪った直後。ピッチにいた選手も、控え選手も全員が宇佐美のもとに集まって横に長い列を作る。ピッチの一番遠くからは、小学生の頃からの幼馴染、GK一森純が猛ダッシュで駆け寄る姿も。その全員の両手で作られた横に長い『ゆりかご』に乗せられた松田陸は、ゆらゆらと左右に揺られて顔をほころばせた。

「新しい(ゆりかごダンス)ですよね(笑)。なんか、将太(福岡)にヒデ(石毛秀樹)の(子供が生まれた)時も、あんなふうにゆりかごダンスをしたって言われて、え? 俺もやんの? って思いながら、言われるがまま、魚みたいに揺れていました(笑)」

 出産にも立ち会い、その幸せを噛み締めた第二子・長男の誕生を祝う、ゆりかごダンス。背番号『46』は、誕生前に決めていた息子の名前を意識して選んだ数字でもあっただけに、それを背負って初めて先発した試合で負けるわけにはいかないという思いも強かったのだろう。第一子誕生の時と同じように、勝利で祝福できたことを喜んだ。

「今日はとにかく何がなんでも勝ちたかった。長女の時も勝ってゆりかごダンスをしてもらっていたし、今日も勝てて、ほんまに最高です」

 もちろん、家族のためだけではない。J1リーグ開幕戦を引き分けで終わっていた中で、2節・アルビレックス新潟戦は移籍後、自身が初先発を預かった試合ということを含めて、勝つことに執着していた。

「ホーム開幕戦で、これだけたくさんのサポーターの方たちが来てくれていたので、その人たちのためにも絶対に勝ちたいと思っていました。敵として戦っている時も、ガンバサポーターの圧力は感じていましたけど、彼らを味方に、こうして初めて試合を戦ってみてやっぱりすごいな、と。試合中も選手同士の声が聞こえないくらいスタンドからは終始、声が届いてめっちゃ力になりました。今日は、シーズン序盤ということを踏まえても、内容より結果だということに強くこだわってピッチに立ちました。それがチームとしてもうまく回った要因じゃないかと思っています。前線からのプレスもハマっていることが多かったし、強度高く、しっかりと全員がハードワークをできた。ボールを奪われた後の守備、攻撃から守備への切り替えのところも、キャンプの時からずっと取り組んできて、日々の練習でもダニ(ポヤトス監督)をはじめ、コーチングスタッフから口酸っぱく言われてきたことで習慣化されてきた部分が今日のピッチでも表現された。もちろん、そうやって準備していてもうまくいく試合ばかりじゃないけど、今日はそれができたということ。みんなが頑張った証だと思います」

■見た目の印象に騙されるなかれ。熱くて、人間味溢れる松田陸。

 ガンバ大阪にとっては特別な一戦『大阪ダービー』で嫌というほど存在感を見せつけられてきたからか。キャリアを積み上げてきた選手特有のオーラを感じるからか。あるいは、失礼ながら強面だからか(…ごめんなさい)。ガンバに加入する前は、どことなく近寄り難い選手という印象があったが、それは初めてのインタビューであっさり覆された。

「僕、見た目がめちゃ怖いってよく言われるんです。話せば違う印象を持ってくれる人の方が多いんですけど。大好きなサッカーをしている時は自然と笑顔になるんですけど、普段は人見知りだからか、最初は大体、近寄り難いって言われます。実際、人見知りの奥さんにも、人見知りって言われるくらいなんで、究極の人見知りってことかも知れない(笑)。でもそんな初対面からニコニコしているサッカー選手っています? なのに怖いって言われるってことは、もともとの顔自体が人より怖いってこと?! でもこれ、生まれつきの顔やし、しょうがないでしょ(笑)!」

 そう言ってガハハと笑い、白い歯を覗かせる。胸に秘めたる思いも熱く、口にする言葉の一つ一つに、松田の人間性を垣間見た気がした。

「移籍は期限付き移籍を入れて3回目で、年齢が上がるたびに周りからの見られ方が変わってくるというのは自覚しているけど、僕自身はいくつになっても守りに入るつもりはサラサラない。いつだってチャレンジャーの気持ちでピッチに立っているし、試合に出る限りは『いる意味なかったやん』とか『移籍してきたけど、何もなかったな』って思われたくない。何か一つでもガンバのためになる仕事をしたいし、試合では必ず爪痕を残したい。勝つために戦いたいと思います」

「遠くの目標は描かないタイプ。毎年、先のことなんてどうなるかわからないし、本当に毎日、毎日、毎試合、毎試合、1年、1年に覚悟を決めて勝負しないと先もない。だからこそ、目の前の試合でしっかり爪痕を残せる選手になりたい」

「今年33歳ですけど、見た目があまり変わらないせいか、ガンバにきてからも若い選手には『え? 陸くん、20代じゃなかったの?! めちゃ若いやん』って驚かれます。でも、見た目だけじゃなくて、プレーも衰え知らずだということを…最低でも、あと5〜6年はキュンキュンに走れるってことをしっかり証明したいです」

「今回の決断を、禁断の移籍とかって言う人もいたし、移籍に際してもいろんなメッセージをもらいました。でも、気にしていません。僕にとってはいただいたオファーがたまたまガンバで、自分の好むスタイルと合致したのがガンバだったというだけのこと。だから一切迷うことなく、すぐに行きたい! と返事をしました。もちろん、8年間(注:23年は期限付き移籍でヴァンフォーレ甲府に在籍)、僕を育ててくれたセレッソには感謝していますし、その事実は永遠に変わりません。ただ、今はもう僕はセレッソの選手じゃない。しっかりとガンバに勝利をもたらすことができるような選手になって、1つでも多くの勝利とタイトルを獲って、チームメイト、スタッフ、サポーターとみんなで喜びたいと思っています」

サッカーをしている松田はいつもとても楽しそうだ。実際「ガンバにきてほんまによかった。今、サッカーがめっちゃ楽しい」と話す。写真提供/ガンバ大阪
サッカーをしている松田はいつもとても楽しそうだ。実際「ガンバにきてほんまによかった。今、サッカーがめっちゃ楽しい」と話す。写真提供/ガンバ大阪

 何より印象に残ったのは「年齢を重ねる中で唯一変わった部分」だと話した、チームスタイルに対する考え方だ。若い頃は、試合に出たい一心でプレーしていたそうだが、キャリアを積み、いろんな経験を重ねてきたことで、自分がより活きるスタイルの中でプレーしたいという思いが強くなったという。それがガンバへの移籍にも繋がった。

「試合に出なければ感じられないこともあるので、特に若いうちは試合に出るのもすごく大事だと思います。僕もそれで伸ばされたところはありました。ただ、セレッソ時代にロティーナ監督に出会って、全ての価値観が変わったというか。サイドバックとして、ガンガン攻め上がるだけではなく、しっかり後ろから繋ぐことに参加したり、ゲームメイクをする必要性を学び、チームの中で担う重要性を感じられるようになり、プレーする面白さを知った。だからこそ、今回の移籍に際してもダニのサッカーというのは僕にとって大きなポイントでした。特に年齢を重ねて、残りのサッカー人生も少なくなってきた中で、より自分が活きる、活かされる中でプレーする方がサッカーを楽しめると思ったし、理想とするサッカーをしている監督、チームに身を置けば、自分はもちろん、周りの選手とか観ている人がサッカーを楽しむことにも繋がるんじゃないかと考えるようになった」

■『ポヤトス・ガンバ』に魅せられて。サポーターの存在も力に。

 そのための準備もしっかりとしてきたのだろう。沖縄キャンプでも戦術理解の深さは一目瞭然で、チームとしての約束事を頭に入れながら、相手の出方に応じてポジションを微調整し、常に相手の嫌がるアクションを取る姿は、彼のサッカー観の深みに触れるきっかけにもなった。

「サッカーって、結局前に早くボールを入れても、個の勝負になってしまうんじゃないかっていうのは以前から思っていたことの1つで…。でも、後ろからしっかり繋いで、相手がプレッシャーにきても慌てずに剥がしてボールを動かすことができれば、数的優位を作り出しながらより(攻撃に)厚みを持たせながらフィニッシュまで持ち込める。それに、やっぱり守備ってキツいじゃないですか? 試合の中で相手にずっとボールを持たれている状況って、心理的にもキツさしかない。頑張って守備をしてようやくボールを奪ってカウンターを仕掛けても、そこが個の勝負になる以上、簡単に跳ね返されて、奪われて、また守備かよ! ともなりかねない。特に僕らサイドバックの選手は、その繰り返しでは正直、持ちません(笑)。だからこそ、しっかり後ろから組み立てて、いなして、剥がして確実にゴールに迫りたい。そのサッカーを作り上げる一人として、より効果的なポジショニングやプレーを選択していきたいと思います」

ポジションを争う半田陸とはまた違う持ち味、円熟味を帯びたプレーで右サイドを輝かせる。写真提供/ガンバ大阪
ポジションを争う半田陸とはまた違う持ち味、円熟味を帯びたプレーで右サイドを輝かせる。写真提供/ガンバ大阪

 その戦術眼は、J1リーグが開幕した今、公式戦のピッチでも明らかになりつつある。開幕戦はベンチスタートになったもののハーフタイムには同じポジションの半田陸に対し「陸の良さが消えているなと思ったから」とポジショニングについてのアドバイスを送る姿も。

「もっと弦太くん(三浦)と距離を近くして、チームとしてパスのリズムが出るようにしたらどうだって言ってもらいました(半田)」

 また自身も、71分からピッチに立つ中で攻撃を加速させた。

「途中出場でピッチに立つ選手は変化を期待されているのに、流れは変わらなかったね、と思われたくない。目に見えた変化を与えるのが仕事だと思っていました」

 それは先に書いた初先発の2節・新潟戦も然りだ。序盤から安定して守備での強度を示しながら冷静に試合を運んだ松田は、右サイドで優位性を作り出しつつ、機を見て攻撃にも参加。結果的にゴールにこそ繋がらなかったものの、32分には、ネタ・ラヴィにボールが入った瞬間に前線のスペースを攻略してパスを受け、ライナー気味のクロスボールでチャンスを作り出す姿も。これについては試合後「自分でシュートを狙ってもよかったかも」と振り返ったが、その一方で、完封で試合を締め括られたことについては手応えを口にした。

「純(一森)を含めて、似たようなスタイルを展開する相手にほとんどチャンスを作らせず、無失点で抑えられたことはDFラインにとっては自信になる試合だったと思います。ただ今日は勝てたけど、次は勝てなかった、では意味がない。これを継続していくだけだと思っています」

 そして、そのためにガンバサポーターは「めっちゃ心強い存在」とも言葉を続けた。

「パナソニックスタジアム吹田は、外から見ても格好いいし、(施設の)中も然りだし、サポーターの声もめちゃ響いて、マジで最高のスタジアム。しかもガンバサポーターって声もめっちゃ太いし、熱いじゃないですか?! 敵にした時はめっちゃ圧を受けていましたけど、それをこれからは味方につけられるわけですから。心強すぎるでしょ! 試合後のガンバクラップも、今日初めてやってみて…セレッソ大阪時代にもあれを目の前で見て格好いいなって思っていたけど、実際にガンバの一員としてやってみたら『え? ここは海外か?』って思うくらいめちゃめちゃ格好良かった」

 それは、彼自身にも言えることだ。

 近年の『大阪ダービー』を振り返っても、21年のパナスタでの対戦では、強烈なミドルシュートで決勝点を決め、23年は右サイドからの正確無比なクロスボールで先制点を演出するなど、さまざま爪痕を残してきた松田だ。敵として、あれだけ嫌な存在だった彼は今、ガンバの一員として青黒のユニフォームを身にまとい、ピッチに立っている。

 こんなにも頼もしくて、心強いことはない。

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

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