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<ガンバ大阪・定期便85>一森純が「ただいま!」に込めた想い。

高村美砂フリーランス・スポーツライター
再びガンバのエンブレムを背負い、自身とチームの進化を誓う。写真提供/ガンバ大阪

 サッカー界では「行ってきます」と「ただいま」がセットで発せられることは意外にも少ない。期限付き移籍でチームを離れて、そのまま完全移籍になることも珍しくないからだ。

 だが、一森純は帰ってきた。毎日、息苦しいほどの緊張感の中で積み上げた経験値を財産に、だ。昨年の2月末、急遽決まった横浜F・マリノスへの期限付き移籍から1年。第一声は笑顔で「ただいま!」だった。

■ガンバ大阪への復帰。「期限付き移籍をさせてもらった意味をしっかりピッチで表現していきたい」

 ガンバへの復帰か、マリノスへの完全移籍か。

 2024年を前に周囲は騒がしかったものの、一森自身はフラットな気持ちでシーズンオフを過ごしたという。

「自分のキャリアで初めて『期限付き移籍』を経験させてもらった昨年は、少し不思議な感覚はありながらも、ガンバに戻るためにとか、期限付き移籍でマリノスにいるとかを考えることなく、マリノスのエンブレムを背負ってピッチに立つ責任をしっかり感じて、勝利のためにゴールに立ちはだかることだけを考えていました。結果、Jリーグでもシーズンを通して上位を争えたり、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)のグループステージで首位通過をできた経験はすごく自信にもなりました。そういう意味では…ACLの決勝トーナメントが今年、行われることからもマリノスでプレーしたいという気持ちがなかったといえば嘘になります。ただ、期限付き移籍だということを踏まえても、僕はただフラットなマインドで、受験を終えて合否を待つ受験生のような感じで過ごしていました(笑)」

 プロサッカー選手として日本を代表する2つのビッグクラブから求められる幸せを感じながら、だ。

「僕にとってはガンバも、マリノスもすごく大切なクラブ。しかもどちらともが日本を代表するビッグクラブですから。そこから求めていただける時点で、どちらでプレーするにしてもすごく幸せなことだと思っていたし、今年も素晴らしい環境でサッカーができることへのワクワクしかなかった」

 とはいえ、片や優勝を争い、片や残留争いに巻き込まれたチームだ。プロサッカー選手としてより高いステージで戦いたいという思いが芽生えても不思議ではなかった状況で心の揺れはなかったのか。答えにくい質問であることも、すでにガンバに復帰している彼には愚問であることも承知の上で尋ねてみる。悩むというよりは、自分の頭にある考えを正しく整理しながら丁寧に返事をくれた。

「確かに近年の順位表を見ても、マリノスがガンバよりも常に上位で戦ってきたのは周知の事実です。ただ、これまで獲得してきたタイトルの数やクラブの規模、在籍している選手の数、サポーターの数などを見比べれば、どっちが上で、どっちが下だということは言えないし、2クラブとも、そのベースに素晴らしい環境があるのも事実だと思います。しかも、そのクラブ力や環境はチームが強くなる上で絶対に欠かせないものだと考えても、僕は両チームそれぞれに大きな可能性があると思っています。もちろん、勝つことにはクラブとしての『積み上げ』も必要だと考えれば、マリノスにはそれがあったから勝ててきたとも言えるし、逆に近年残留を争っていたガンバがいきなりめちゃめちゃ勝てるチームになるのは簡単ではないと思います。実際、ガンバに帰ってきてからも、勝つために備えなければいけない力、チーム力はまだまだあると感じているのも正直なところです。ただ、それを仲間と一緒に考えながら、どういうふうに上を目指していくのかを考えることも僕にとっては楽しみなチャレンジなので。期限付き移籍をさせてもらった意味をしっかりピッチで表現していかなければいけないと思っています」

現在32歳。JFLから始まった異例のキャリアを歩んできた苦労人は日々、真摯にサッカーと向き合い、成長を求め続けている。写真提供/ガンバ大阪
現在32歳。JFLから始まった異例のキャリアを歩んできた苦労人は日々、真摯にサッカーと向き合い、成長を求め続けている。写真提供/ガンバ大阪

 その言葉と彼が始動日から見せてきた溌剌とした姿が重なり合う。グラウンドによく声が響いたのはもちろん、その言葉がけや判断に、以前とはまた違った自信が漂っているのを感じ取っていたからだ。もちろん、プレー面でも持ち味である足元の技術を活かしてビルドアップに貢献するなど、一森らしい姿が光った。

「ゴールは、GK一人で守れるわけではないので、周りに助けてもらいながら、でも水が漏れたところは僕がカバーするといった状況を作れるようにと意識して日々の練習に取り組んでいます。また、正直、昨年は出来上がったチームにポンと入ったような状態で、ある意味、マリノスありきの自分だったというか。スタイル的にも合っていたとはいえ、僕が力を発揮しやすいような環境を周りに作ってもらっていた感覚があった。それに対し、ガンバはダニ(ポヤトス監督)のサッカーもまだ完全には浸透しきってはいない中で、そこに自分が入って一緒に(サッカーを)作っていくという感覚なので。だからこそ、より声は必要だし、自分がいい意味で楽をして攻撃に余力を残しながらプレーするためにもコーチングは不可欠になる。特に今は、お客さんがまだ入っていない練習や練習試合だから声が通る部分もあるので今のうちにしっかり声を出して押し上げや、切り替え、コンパクトに陣形を保つことなどをチームに浸透させていきたいし、公式戦で声が通らない状況でもお互いが目線で理解しあえるくらいの関係性を作っていきたいと思っています」

 特にこのプレシーズンは「気持ちよくプレーすることが目的ではない」からこそ、敢えて『厳しい声』を心がけてきたという。

「ゲームをうまく進める上ではもちろんみんなが気持ち良くプレーすることも大事だし、そのためにミスが出たとしても『全然大丈夫だ!』『ナイス、チャレンジ!』というような声を掛けることも1つだと思います。でも、そればかりでは勝利につながっていかないというか。自分たちのゴールを何が何でも割らせないためには、妥協を許しちゃいけないところも絶対にある。特に今はたくさんのミスをして、たくさんのチャレンジをする時期だと考えても、ガンバが勝つために必要だと思う厳しい声も出していこうと思っているし、勝つことから逆算した言葉がけも意識的に行っています」

■「勝つ集団、本気の集団になるには、すべてをサッカーのために注いでやり続けないといけない」

 その効果は、2月10日に戦ったサンフレッチェ広島とのプレシーズンマッチでも確認できた。この日も一森は時に身振り手振りも交えてコーチングを続けながら、相手のプレッシングにも動じることなくビルドアップの起点に。肝心のセービングにおいても昨年、枠内シュートへのセーブ率でJ1リーグトップの74.2%を叩き出した姿は健在で、前半終了間際にはビッグセーブでピンチを救った。

「相手の強い3バックに対して蹴るばかりでは相手がやりやすくなるだけ。自分がうまく攻撃に関わりながら相手を剥がすことができれば広島も網にかけられたような感覚になるはずなので。相手の逆をついてとか、逆に味方を1つ飛ばして、とか的を絞らせないようにしながらボールを握る時間を増やすことは意図的にしていました。ただ、それは僕だけじゃなくてフィールドの選手との連動があってこそできること。今日も、特に前半はみんながすぐにバックパスを選択するのではなくて、前に、前に意識を向けてプレーできていたので、それは本当に頼もしいなと思って見ていました」

 一方で課題も明らかになったと振り返る。

「後半立ち上がりに失点したことを含めて、チームとしてももっとこだわって追求しなくちゃいけないと感じたし、僕自身もまだまだ合わせていかなくちゃいけない部分も多いと思っています。特に後半のようにゲームの流れが悪い時ほど、もっとゲームの流れを読んでプレーを選択していく必要は感じました。今日もそういう時間帯にセンターバックのシン(中谷進之介)や弦太(三浦弦太)をはじめ、徳真(鈴木)らとも『どうする?』『割り切るか?』というような話をしていましたが、そういうゲームの流れを読みながらのアップデートは、監督の指示待ちではなくて自分たちでもっともっとやっていきたいと思っています」

 そんなふうに開幕に向かう日々の中で昨シーズン、自身のキャリアでは初めてトップリーグで公式戦を40試合近く戦った経験値を実感することはあるのか。改めて尋ねてみる。

「正直、昨年はほんまに自分がいっぱいいっぱいだったというか。毎日、出し切っても足りないし、実力が追いついていないとも感じたし、でも試合はくるし…ほんまに毎日がものすごいプレッシャーとの戦いでした。そういう中で身につけたプレーがほんまに自分の力なのか、周りの力で発揮させてもらっていたのかは正直、今もわかりません。でも、昨年の戦いを通して、勝つ集団、本気の集団になるには、毎日の練習から一切の妥協なく、すべてをサッカーのために注いでやり続けないといけないと改めて感じたので。ここから長いシーズンを戦っていく中ではきっといろんなことがあるはずですけど、やり続けた先にしか答えはないと考えても、とにかく今年もやり続けて結果、シーズンが終わった時に何ができたのか…それは自分だけのことじゃなくて、ガンバのためにどういう力が出せたのかを確認したいと思っています」

 開幕を前に、今年のチームの武器だと話すのは「個人個人がすごいいろんなことを考えながら、ガンバを変えたいという思いをめちゃめちゃ持っていること」だと一森。だからこそ、それをチームとして合わせていきたいと言葉を続ける。

「一人一人がガンバのために、ガンバを良くするために、勝つためにということを考えて行動を続けていたら、必ずチームはいい方向に進む。最初は揃わなくても、そこがブレない限りはいずれ必ず形になって、結果につながっていくと思うので。まずは目の前の1試合にしっかり執着して、みんなでベクトルを合わせて戦って、それを積み上げることを続けていきたい。クラブとしてのJ1リーグで7位以上という目標設定もあるけど、それよりもまずは1試合。それを継続する先にどんな結果があるのかを自分たちも楽しみにしながら、足元をしっかり見て戦っていきたいです」

 そのために、サポーターにもガンバが前に進み続けるための一員であってほしいと呼びかけた。

「昨年、ガンバが苦しい状況にある中でも必死になって応援を続けていた彼らの姿から伝わるものはすごくあったし、それは一昨年、僕が試合に出ていた時も同じで、常にサポーターの皆さんには勇気をもらっていました。僕の中ではどことなくライバルのセレッソ大阪アカデミー出身ということに引っかかる人もいるんちゃうかって思っていましたけど(笑)、ぜんぜんそんなことはなく、仲間として受け入れてもらったのもすごく嬉しかった。そんな皆さんの力に信頼を寄せればこそ、1つお願いしたいのは、前だけを目指して進んでいこうとしている僕たちと常に一緒に戦ってもらいたいということ。これまでもギリギリの勝負を声援のおかげで勝てたという試合が何回もあったように、そういう流れを作り出せる力が皆さんにはあると信じているからこそ、どんな時も共に戦うことを諦めて欲しくない。いい時も悪い時も一緒に前を向いて進み、勝ったら一緒に喜んで、負けたら一緒に悔しがる仲間であってほしい。勝つことって選手、スタッフだけではなく、サポーターやガンバに関わるすべての人の力、想いを注がないと実現しないくらい難しいものやと思うから」

ゴール裏サポーターの一番近い場所でプレーをする一森はいつも彼らの声援に力をもらっていると話す。PSM広島戦後も、試合を終えて、深々と頭を下げて感謝を伝えた。写真提供/ガンバ大阪
ゴール裏サポーターの一番近い場所でプレーをする一森はいつも彼らの声援に力をもらっていると話す。PSM広島戦後も、試合を終えて、深々と頭を下げて感謝を伝えた。写真提供/ガンバ大阪

 さぁ、一森純の2024シーズンが始まる。開幕戦の相手はFC町田ゼルビア。いろんなプレッシャーがあるのは承知の上で、背負い切ってピッチに立ちたいと息巻く。

「変に気負わずにいつも通りにいこう、と思えれば楽ですけど、責任や重圧を乗り越えてこそ、人としても、選手としても成長できる。だからこそ、町田戦もしっかりいろんなものを背負い込んでピッチに立とうと思っています。開幕戦の時点で全てが完璧だというチームはないと思うけど、それぞれが今の自分の最大値を出し切って最善を尽くして戦いたいし、でも、変えられること、成長しなければいけないこともまだまだあると自覚しながら、みんなで一歩ずつ進んでいければいいなと思っています」

 再びガンバのユニフォームを纏うことへの責任も覚悟も、そして勝利への飽くなき欲も、きっとゴールマウスに立ちはだかるその姿で示される。

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

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