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<ガンバ大阪・定期便30>18歳、中村仁郎。『今が人生で一番楽しい』の真意。

高村美砂フリーランス・スポーツライター
小柄ながら抜群の技術で観客を魅了するレフティ。 写真提供/ガンバ大阪

 J1リーグ初先発を飾った、11節・北海道コンサドーレ札幌戦。中村仁郎は、序盤からピッチで躍動した。前半9分には福田湧矢からパスを受けて、コースを作り、ペナルティエリア手前から左足を振り抜くシーンも。残念ながら相手GKに正面で止められたが、以降も状況に応じてポジショニングをこまめに変更しながら攻撃の起点となるなど、『作り』の部分でも存在感を発揮した。

「FWとして出ている自分が落ちてプレーすれば得点の確率は下がるので、できればそういう仕事はボランチやサイドハーフに任せて、自分はバイタルエリアで受けてシュートとか、ゴール前での仕事だけをしたいというのが本音です。でも相手もいる中で、全てが理想通りに試合が運ぶわけではないですから。また今のガンバでは守備から攻撃のつなぎの役割をする選手がいないと考えても、そういうプレーをすることがチームの力になるなら自分がその役割を担おうと思っていました。監督に言われて、というより自分の判断でやりましたが、それでテンポが生まれるならその方が絶対にいいと思うし、そもそも自分は相手を背負って何かができるタイプの選手ではないので、まずはできるだけボールに絡んでいいポジショニングをして、できる限り早くゴールに向かうことを意識していました。結果的にそれで前進できた場面もあったのは良かったところだと思います。全体としては…自然体でいこうと思っていたけど、無意識に初スタメンということを意識しちゃっていたのか、前半からペースを上げすぎて、後半は全然もたなかったです。ただ、走らないよりはマシだと思うし、飛ばしたことにも後悔はないです。これから試合に出て、場数を踏んで、自分が100%出すところと、少し休憩できるところがわかるようになっていけば90分を通して戦えるようになると思うので、もっと試合に出続けたいと思います」

 18歳。初めて先発を飾った試合で、状況に応じて考え、判断し、プレーを変化させられるあたりに、改めて中村の才能を見る。遡ること3年前、彼が高校1年生だった19年にJ3リーグで初めてそのプレーを見た際も、フィジカルで勝る相手に対して、臆さずに果敢にドリブルで仕掛け、技術で勝負しようとする姿が印象的だったが、ステージがJ1リーグになっても、持ち味で勝負しようとする姿は健在だった。

「1本ですけどシュートを打てたのは自信になったし、ドリブルで抜けられた場面もあったので。そういうシーンが全く出せなかったらもっと落ち込んでいたと思うけど、自分の中ではいいプレーを出せたという手応えもあったので、これをやり続けていたらいつか得点にも絡んでいけるんじゃないかと思っています。今日は、札幌がマンツーマン気味の守備をしてきた中で、正直、今はまだフィジカルでは勝てないことも自覚しているし、実際に強く当たられてボールをロストしたシーンもあって、そこは自分がもっと力をつけなきゃいけないところだと思います。ただ、前節のFC東京戦も然り、相手の戦術によっては自分のプレーがめちゃめちゃ活きるんじゃないかと感じられたのは良かったし、この先も自分らしく、対戦相手に応じた自分のプレーを楽しめたらと思っています。また攻撃時は縦関係になることの多かったペレイラ(レアンドロ)との関係性も、僕はパスも出せるので、自分が間で受けてスルーパスというのも狙っていたんですけど、今日はなかなかそういう場面がなく…。前節のFC東京戦とかルヴァンカップでも彼とは結構相性の良さを感じていたので自分が少し落ちてリズムを作ってペレイラにゴールをしてもらうといった仕事ができれば良かったのですが、自分のターンするタイミングなどもまだまだ悪かったのでそこはもっとイメージをあわせてプレーしたいと思います」

 ピッチに立った58分間の課題と収穫を整理しながら、言葉に変える。その日の記憶として自身のSNSにはこう書き記した。

「J1リーグ初スタメン。難しい状況やけど、今が人生で一番楽しいです」

 そういえば、札幌戦後、囲み取材の輪がとけた後に、もう少し彼の『今』を知りたくて、個別にいくつかの質問を投げかけていた。J3リーグでは何度も立ってきたパナソニックスタジアム吹田とはいえ、J1リーグでの初先発となると特別な感情が芽生えていたのか。さらに、先発することが当たり前だったサッカー人生を過ごしてきた中で、多くの試合に絡んでいるとは言い難いプロ1年目の現状を彼なりにどう受け止めているのか。前節・東京戦で対戦し、アンダー世代の日本代表でも一緒になることが多い、同世代の松木玖生がコンスタントに試合に出場している姿に焦りはないのか、などーー。

 図らずとも、そこで『楽しい』の真意を明かしていた。

「基本的に、緊張とかしないタイプなので特別な感情はなかったし、今日はとにかく自信を持って楽しくやれて…はい、めちゃくちゃ楽しかったな、って思いました。最近は、練習でも結構、自分のいいところを出せるようになってきたし、シーズンの最初に比べて自分の中に少しずつ余裕が出てきたのも感じているので、これからもどんどん練習でいいプレーを続けて、アピールして、監督が使いたいと思える選手になりたいし、出るだけじゃなくてそこでいいプレーが出来なきゃ意味がないので、そこもしっかり自分に求めていきたいです」

「玖生くんとは結構、仲がいいので多少は意識しますけど、それぞれ置かれている状況は違いますから。何より、自分が試合に出た時に100%でやることだけを意識して過ごしているので、そこまで他の選手のことは気にならないです。それに…確かにこんな風に試合に出られない経験は初めてですけど、今はこういうことも楽しめたらなって思っているんです。っていうか、実際に楽しいです。正直、ユース時代はプレーしていても余裕があったというか。自分が100%でプレーできなくてもうまくいくようなところもあったけど、今は本当に常にフルでというか、100%でやり続けないとたとえ練習でも何もできない…というか、やらせてもらえない。でも、自分の性格的に高い壁に向かっていく方があっているというか…強い相手に向かっていくのがめっちゃ楽しいし、出来ることが増えていくのも楽しいです。と言っても、試合にはやっぱり出たいので、出られなかった時は悔しいんですけど、そこは一緒に住んでいる家族に話を聞いてもらってスッキリしています(笑)。あとは、たまに練習を見にきてくれる仁志さん(森下ユース監督)にも『今のまま続けていれば絶対にチャンスは来る。気持ちを切らさずに続けろ』と言ってもらっていたので、自分を信じて頑張れたところもありました。それに、結局、(試合に)出られないなら出られるまで頑張るしかないし、出た時に何ができるかが大事だと思うので。今はとにかく『常に真剣にやり続けなくちゃいけない状況』を楽しみながら、でも楽しむだけじゃなくて、結果にもこだわって、自分を信じてやり続けたいと思います」

 それらの言葉と、今シーズンの始動にあたって話していた、プロ1年目の目標がリンクする。

「目標は観ている人がワクワクするプレーをすること。チームが掲げている3位以内という目標に貢献することです。海外の選手は真剣勝負の中にも必ずプレーに遊び心があって、それが選手自身を躍動させ、観ている人をワクワクさせている。僕もサッカーを、プレーを楽しんでいれば、きっと観ている人にもワクワクしてもらえるはずなのでまずは僕自身が楽しむことを忘れずにプレーしたいです」

 中村仁郎はまさに今、サッカーを楽しんでいる。練習でも、試合でも、だ。

 となればーー。近い将来、我々は今以上に、彼のプレーに胸の高鳴りを感じるような、そんな瞬間にきっと出会える。

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

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