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<ガンバ大阪・定期便28>黒川圭介が『結果』に見せていた執着とJ1初ゴール。

高村美砂フリーランス・スポーツライター
プロ3年目にして決めた自身待望のJ1初ゴールだった。 写真提供/ガンバ大阪

 J1リーグ第6節・名古屋グランパス戦。J1初ゴールを決めた瞬間の雄叫びとガッツポーズとは対照的に、試合後、ミックスゾーンに現れた黒川圭介は『メモリアルボール』を小脇にしっかりと抱え、嬉しそうに少年のような笑みをこぼした。

「初ゴールのボールってもらえるらしいです。僕も知らなかったんですけど…もらいました」

 知っての通り、黒川の利き足は左足。だがこのシーンでは、右足でボールを持ってペナルティエリア内に侵入し、そのまま迷わず振り抜いた。

「今週の紅白戦で、ああいう形から1本、右足でゴールを決めていて、そのイメージが残っていたのであのシーンでも思い切って(右足を)振りました。プロ3シーズン目にして、やっと決められました。すごい嬉しいし、最高に気持ちよかったです。得点をとったのがすごい久々過ぎて、決めた瞬間のことはあまり覚えてないんですけど(笑)」

左側から、山見大登が走り込んできていることには気づいていたが、自分で打つと決めていた。

「山見が外から回って入ってきてくれたことで、相手のディフェンスは(ケアしなければいけない)選択肢が増えて、対応を迷ったはずなので、山見の動きには感謝しています。ただ、あそこは自分でいくという思いしかなかったので…はい、ありがとうございますって感じです(笑)」

山見の動きに感謝を寄せながらも「自分でいくという思いしかなかった」。 写真提供/ガンバ大阪
山見の動きに感謝を寄せながらも「自分でいくという思いしかなかった」。 写真提供/ガンバ大阪

 思えば、3月末に取材をさせてもらった際、長年にわたってガンバの『不動の左サイドバック』として君臨してきた藤春廣輝とのポジション争いに話題が及び、珍しく強い言葉を口にしていた。

「ハルくん(藤春)が長い間、ガンバで結果を残してきていることへのリスペクトはすごくあるし、プレースタイルは自分とはまた違うとはいえ、見習うべきところはたくさんあるなって思います。こんなにいいライバルが目の前にいることに感謝して、ハルくんと高いレベルで競争できる自分になることで、ガンバを強くしたいとも思います。でも、ハルくんにリスペクトするばかりでもいけないというか…いつまでも、そんな悠長なことを言っている場合じゃない。大卒3年目でこのままの自分でいいわけがないし、だからこそキャンプの時から、今年こそ絶対にポジションを奪い取ってやるという思いでずっとやってきたし、試合に出ている今も絶対に奪われたくないと思っています」

 その言葉を実現するために、自分にも変化を求めてきた。日々のトレーニングからプレーの質、精度にこだわること、プラスアルファの筋トレ、自主トレに取り組むことを続けながら、自身が出場した試合を必ず90分を通して映像で振り返ってきたのも1つだろう。個人的なプレーだけではなく『チームの中での自分』を客観的に見直して「ここは、仕掛けられたな」「もっと前に出れたな」と課題を洗い出し、修正することを心掛けた。

「実際に試合を戦っていた時には気づけなかったことが映像で明らかになることもあるし、平面で見ていた感覚と実際の映像を観たら、意外と距離があったとか、もっと寄せられたなと感じることもあるので、その感覚を自分の中ですり合わせていくのも大事かなと。またカタさん(片野坂知宏監督)から明確に提示されている狙い、役割に対して自分がどのくらいやれていたのかとか、周りとの連動はどうだったのかを確認する意味でも映像で見直すのは効果的だと思っています。ただし、そうやってカタさんから提示されたことを真面目にやるだけではなく、それは当たり前のこととしながらプラスワンで自分のアイデアを出すとか、対峙する相手を見て判断を変えてチャレンジするとか、自分の良さを落とし込めるようにならないと、ポジション定着にはつながっていかないのかな、と。今年はその部分をもっと自分に求めていきたいと思っています」

 そんな風にこれまでとは違う自分を意識して今シーズンを過ごしてきたのは、昨年の悔しさもあってこそ、だ。昨年、藤春がケガで離脱した中で一度は左サイドバックのポジションを掴んだかに見えたが、藤春が戦列に復帰した終盤は、再び彼に同ポジションを明け渡している。取材をさせてもらったのは、ちょうどその藤春が戦列に戻ってきた時期だったと考えても、危機感を募らせるのは当然だろう。

「キャンプからカタさんには自分の特徴である『仕掛け』の姿勢とか、ビルドアップの組み立てもそうですけど、どんどん攻撃に関わっていくことを求められてきたし、自分も今シーズンは、敵陣の深いところまで入っていったり、フィニッシュにつながるラストパスを意識してプレーしてきました。ただ、意識するだけじゃ何も変わらないというか。それを明確な回数、数字を残すことで勝負して、なおかつそれを得点につなげていかないとポジションは掴めない。実際、今シーズンの試合は、惜しいとか、あと一歩とかっていうシーンは1試合に必ず1つ、2つは作れていますけど、まだまだ数も少ないし、惜しかったね、とか、いい形を作ったね、では数字には残らない。もっとも、開幕からずっと高いモチベーションで、自分の良さで勝負することに強気で向き合えているし、あと一歩のところまで来ている気もするので。それを…とにかく結果ですね。そこに結びつけたいです」

 ましてや、名古屋戦の1週間前に行われたルヴァンカップ第3節・鹿島アントラーズ戦で、藤春は今シーズン初めて先発出場を果たしている。しかも、この試合でパトリックが挙げた先制ゴールは、藤春がペナルティエリア内に侵入して放ったシュートがポストを叩いたこぼれ球から生まれたことも、黒川の気持ちを滾らせるものになっていたはずだ。だからこそ、名古屋戦でのJ1初ゴールが嬉しかった。

「なんとしても結果が欲しいと思って毎試合やってきたのでとりあえず…まだ1本ですけど、それが実現できたのは嬉しかったです。2-0になってからもピッチでは『勢いを止めずに前に行こう』という言葉も出ていたし、その中でチームとしても貴重な3点目がとれたのも嬉しかった。今日は自分たちが準備してきたものをビビらずに出そうと話していて、それがうまく形になることも多かった。ただ1失点してしまった事実もあるので、そこは修正していきたいと思います」

 さらに言えば、彼が素直に口にした『嬉しかった』は、そのゴールが、今シーズンのホーム初勝利につながったからでもある。

 ここ数試合は、勝てていない流れもあってだろう。どうしても要所要所で個々の選手のプレー、思考にブレーキがかかり、練習で取り組んできたことがスムーズに発揮されない、とか、自然と昨年までの『蹴る』サッカーに逃げてしまう試合も多かったが、この日は今シーズン、片野坂監督のもとで目指してきたサッカーを貫くことに気持ちを揃えて試合を進めながら、勝利を引き寄せた。

「練習からカタさんにはずっと『矢印を前に、前に、積極的なプレーをしよう。ミスを恐れるな』とずっと言われてきた。今日の試合は練習でやってきたことをしっかり出そうという思いが、みんなのプレーに表れる場面も多かった。続けていきたいです」

 唯一、黒川が残念に思っていることがあるとするなら、本来ならゴールの瞬間にパナソニックスタジアム吹田に轟いたはずのサポーターの『歓声』が聞けなかったことだろう。20年に加入した黒川は、プロキャリアをスタートしてすぐにコロナ禍に見舞われたことから、未だ本来のホームスタジアムの雰囲気を体感できていない。いや、厳密には関西大学4回生だった19年に、特別指定選手として出場したパナソニックスタジアム吹田でのルヴァンカップ・ジュビロ磐田戦でそれを体感しているが、あの時の『鳥肌』を思い出せばこそ、その日が待ち遠しくて仕方がない。

「磐田戦で初めてパナスタのピッチに足を踏み入れた時に…平日の開催で、満員とはいかなかったんですけど、スタンドから熱気が降り注いでくる感じというか…スタンドで見ていた時とは全く違う空気を感じて、ブワッと鳥肌が立った。これまでも高校、大学と、いろんな人に応援してもらってきましたけど、それとは全く違う感覚で、これがプロの世界かと。この中で戦うんやと思ったら自分の中に特別な力が湧き上がってくるような感覚がありました。早くあの雰囲気を味わいたいです。『声』が解禁された時にはサポーターの皆さんが叫びすぎて声が枯れてしまうくらい見応えのあるシーンをたくさん作れるように頑張ります」

 この先も、藤春廣輝という最大のライバルを刺激に、彼自身が欲してやまない『目に見える結果』をひたむきに追い続けながら。

守備ラインをともに形成するチームメイトからも祝福を受けた。 写真提供/ガンバ大阪
守備ラインをともに形成するチームメイトからも祝福を受けた。 写真提供/ガンバ大阪

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

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