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<GAMBA CHOICE 7>エース・宇佐美貴史が作り出した『きっかけ』。

高村美砂フリーランス・スポーツライター
ゴールはもちろん、試合終盤は守備でも執念を示した。 写真提供/ガンバ大阪

「いたらなー。いてくれたらなーとやっぱり思います」

 5月27日に戦ったJ1リーグ、徳島ヴォルティス戦。今シーズンのホームゲームで初の白星を掴み、ホームゴール裏前で空席のスタンドに向かって行った『ガンバクラップ』のあと、宇佐美はそこに込めた『想い』を明かしてくれた。

「サポーターの皆さんがスタジアムに来てくれて声で後押ししてくれるとか、今のように声は出せない状況でも僕たちを観てくれて勝利の瞬間を共有できることが僕らの職業の一番の醍醐味。それがないのはすごく淋しいし、少しでも早く日常が…たくさんのサポーターの皆さんがスタジアムに集って、たくさん声を出して応援してくれるという日常が早く戻ってきたらなと…試合をするたびに思っていますが、今日もそれは感じました」

 悔しい思いをしていたのはサポーターも同じだと想像すればこそ、一緒に喜びを分かち合いたかったという思いが強く残った。

 監督交代になって以降、宇佐美が繰り返していた言葉がある。

「点を取ってスカッと勝つこと。それによって本来、ガンバが備えるべき自信、力を自分たちで漲らせていくしかない。そのためには根気強くやり続けること。それによって自分たちで『きっかけ』を作っていきたい」

 

 戦術の成熟や、個々の選手に与えられた役割の徹底はもちろん必要だ。だが、それがあったとしても『結果』につながらなければ本当の意味での『きっかけ』にはなっていかない。そう思えばこそ、何が何でも勝利を掴まなければ、という思いは強かった。

「わずか数日間で今の流れを一気に断ち切ることは正直、難しいし、数日で選手がいきなり大きく成長することもサッカー界ではありえない。となれば、やはり自分たちがどんなメンタルでサッカーをするのか、試合に臨むのか、戦い抜くのかに尽きる。今の自分たちを苦しめ、支配しているのもある意味メンタルだけど、それを覆すのもメンタルに他ならない。こういう状況に陥るとネガティブな要素、感情がどんどんチーム内に増えていきがちやけど、正直、そんなことを言っている場合じゃない。この状況を乗り越える流れを作るのも自分たちだし、乗り越えるのも自分たち。そのことをそれぞれが自覚して、自分がチームに上に進んでいく流れを作るんだ、という強い気持ちを持ってやり続けるしかないと思っています」

 宇佐美が72分に挙げた決勝ゴールも、その思いが宿るものだった。いや、特筆すべきは、決勝ゴールの少し前、徳島にPKでの同点ゴールを許した直後の69分の宇佐美のプレーだろう。相手のパスカットから前線に仕掛けると、相手DF3枚に囲まれ、体勢を崩しながらもボールをキープし、味方へパスをつなぐ。その流れから最終的に自ら左足で放ったシュートは相手DFにブロックされたが、エースがプレーで示した「まだまだ、いくぞ」のメッセージはともすれば一気に劣勢に立たされてもおかしくない空気に歯止めをかけ、仲間を勇気づけた。そして、その3分後の決勝ゴール。「根気強くやり続けること」の意味を自ら体現した、スーパーボレーシュートでの一撃だったが、意外にも彼自身は、決めた瞬間、驚くような表情を見せた。

「(鳥栖戦で)今シーズンの1点目を取った時も、これまで決めてきたゴールで3本に入るくらい嬉しい、と言いましたけど、今日もそれに匹敵するくらい嬉しいゴールになった。内容としては凌駕されていた時間帯もあったけど、何より勝ててよかった。(ゴールシーンは)パトがしっかり相手のGKに体を当ててあそこにこぼしてくれたし、GKがいない状態なのはわかっていたので、とりあえず枠に飛ばすことだけを考えて打ちました。正直、決まった瞬間はどっちなんやろうというか…VARというルールがある以上、点を取ってもその瞬間、ほんまにゴールか? みたいな感覚は正直あって…どっちなんやろう? 入っていたら嬉しいけどな、みたいな感じであの表情になりました(笑)。でも、結果的にVARでゴールだと認められた時はほんまに嬉しかった。どうせならもっと喜んでおいたらよかったなとも思いました(笑)。チームとしても得点を取れたのは久しぶりだし、試合後、みんなで笑顔で会話して、笑顔でシャワーを浴びて、着替えて、家に帰れるのが…久しぶりすぎて本当に気持ちがいいし、そういう時間を過ごすことに貢献できて本当に嬉しい。こういう試合を少しでも増やして、勝つ試合をチームのみんなで共有したいし、僕自身も作っていきたいと改めて強く思いました。単なる一勝ですけど、この一勝が自分たちには必要なものだったし、それを全員で達成できて、改めて本当に勝つこと、勝点3をとることの難しさと気持ち良さを再確認できた。ここからあと2つ、連戦になりますけど全員で乗り越えていければなと思います」

 冒頭に書いた、宇佐美の言う『日常』は、まだしばらく戻りそうにない。本来ならこの試合で聞こえてきたであろう、ガンバファンには馴染みの深い宇佐美のチャントも、勝利の瞬間に渦巻いたはずの歓喜も、『ガンバクラップ』で互いを讃え、喜びを共有する瞬間も、今は画面の向こう側だ。でも、だからこそ「僕たちは勝利を届けるしかない」と宇佐美は語気を強める。それが『日常』と変わらない喜びをサポーターと共有できる唯一の手段だから。

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

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