Yahoo!ニュース

ウマ娘で注目再燃!芦毛の怪物・オグリキャップの生涯をたどる企画展がスタート/JRA競馬博物館

花岡貴子ライター、脚本&漫画原作、競馬評論家
オグリキャプ企画展に展示中の有馬記念の優勝レイ(筆者撮影)

昭和・平成・令和を駆け抜けるアイドルホース・オグリキャップ

 23日よりJRA競馬博物館において企画展「オグリキャップ-今甦る芦毛の怪物-」が開催されている。オグリキャップは競馬ファンにとっては言わずと知れたアイドルホースであり、その誕生から波乱万丈の競走馬生活をたくさんの映像や資料で振り返ることができる展示は嬉しいかぎりだ。さらに昨今は人気ゲーム「ウマ娘 プリティーダービー」にモチーフがキャラクター化されていることもあり、昭和から平成にかけて一時代を築いたオグリキャップに再び注目が集まっており、ゲームからオグリキャップを知る人も少なくないという。

 オグリキャップほどドラマに溢れた競走馬は珍しい。そこでこの展示にあわせて、ぜひ知っておきたいストーリーをピックアップしてみた。

展示中のオグリキャップのゼッケン(筆者撮影)
展示中のオグリキャップのゼッケン(筆者撮影)

クラシックに出走できない無念

 公営・笠松時代のオーナーである小栗孝一氏が中央競馬の馬主免許を持っておらず(その後、取得)、中央の馬主免許を持つ佐橋五十雄オーナーに売却され、中央の栗東・瀬戸口勉厩舎に転厩した。

 初戦はペガサスSは河内洋騎手が騎乗。笠松で12戦10勝の成績だったが、地方競馬でこのくらい連勝している馬は珍しくはない上に、初の芝での実戦。どの程度強いのか、と思われたが難なく差して快勝した。その後も重馬場では差し馬不利の毎日杯も勝ち、賞金的には皐月賞、日本ダービーの出走ボーダーはクリアした。しかし、皐月賞、ダービーといったクラシックレースに出走するのに必要な出走登録をしておらず、出走は諦めざるを得なかった。

 そんな中でダービー出走を狙う馬たちがしのぎを削る毎日放送京都4歳特別でも2着に5馬身差の完勝。東京初参戦はニュージーランドトロフィー4歳Sだったが、当時の人らはこのレースをダービーに出走できなかった馬たちが数多く出走することから、断念と残念の意味を掛け合わせた"断念ダービー"と呼んでいた。そこで見せた、いや魅せた7馬身差の圧勝劇。まだ関東と関西の交流が今ほど盛んではなかった時代だっただけに、当時関東在住だった筆者も「これが噂のオグリキャップなのか!?」と驚かされたものだ。

故・瀬戸口勉調教師hのご家族の協力によりお披露目されたペガサスSの優勝レイ(筆者撮影)
故・瀬戸口勉調教師hのご家族の協力によりお披露目されたペガサスSの優勝レイ(筆者撮影)

度重なるオーナー、ジョッキーのチェンジ

 オグリキャップはオーナーの意向もあり、騎手変更が頻繁に行われたことでも知られた。中央競馬にきて初コンビを組んだのは当時のトップジョッキーのひとりである河内洋騎手だったが。4歳秋に天皇賞(秋)はタマモクロスの2着、ジャパンカップはペイザバトラーの3着敗れると、続く有馬記念は関東のトップジョッキーだった岡部幸雄騎手に任せられた。その後、オーナーは佐橋氏から近藤俊典氏に変わったが、勝負服のデザインも譲られたため、オグリキャップの井出達は変わらないままだった。

■1988年有馬記念 優勝馬オグリキャップ

 5歳春は脚を傷めて治療に専念し、秋に復帰後は関西のトップジョッキーのひとりである南井勝己騎手にチェンジ。優勝したマイルチャンピオンシップ、ホーリックスにクビ差の2着の惜敗を含めて秋シーズン6戦の手綱をとった。

■1987年マイルチャンピオンシップ 優勝馬 オグリキャップ

■1987年ジャパンカップ 優勝馬ホーリックス 2着オグリキャップ(クビ差)

 6歳になると武豊騎手がコンビを組み安田記念で快勝するも、続く宝塚記念で武豊騎手はスーパークリークへの騎乗を表明(後に回避)したため、近藤オーナーと同郷という縁もあり若手の岡潤一郎騎手が抜擢された。秋シーズンは超ベテランの増沢末夫騎手が手綱をとったが、天皇賞(秋)6着、ジャパンカップ11着と振るわず、ラストランの有馬記念では再び武豊騎手が鞍上に。17万人の大観衆が見守る中、4コーナーで先頭に立ったオグリキャップは力強い走りで差し迫るメジロライアンらを抑えて圧勝。中山競馬場はスタンドから発せられた"オグリコール"に包まれた。

■1990年ジャパンカップ 優勝馬ベタールースンアップ(オグリキャップ11着)

■1990年有馬記念 優勝馬オグリキャップ

馬のぬいぐるみの元祖はオグリキャップ

 今はJRA関連の馬のぬいぐるみといえば、アイドルホースという商品が有名だが、競馬場で売られる馬のぬいぐるみの元祖はオグリキャップであった。二人目のオーナーである佐橋氏の関係する会社がオグリキャップのぬいぐるみを製作し、競馬場のショップ等で売られたがこれが売れに売れていた。サイズもたくさんあり、ストラップのチャームになるものから、人が乗れるほど大きなサイズもあった。筆者もかつてはこのいちばん大きなLLサイズのぬいぐるみを気に入り、いくつも買い揃えたものだ。競馬場の帰りに馬券が当たって気分を良くした方がお土産にこのLLサイズを抱えて帰る姿も何度となく拝見した。

 今回、この企画展ではオリジナルサイズの懐かしいオグリキャップのぬいぐるみが展示されている。

当時販売されていたオグリキャップのぬいぐるみ(筆者撮影)
当時販売されていたオグリキャップのぬいぐるみ(筆者撮影)

企画展のみどころ

 この企画展「オグリキャップ-今甦る芦毛の怪物-」は4月23日から10月2日までJRA競馬博物館2階で行なわれているが、その見どころをお伝えしたい。

 まず、最初のブースではオグリキャップが中央競馬で走った全レースが繰り返し放映されている。ペガサスSから有馬記念まで、その一戦一戦にドラマが詰まっている。まず、レースを見てから展示でオグリキャップの歴史を深堀りし、最後に改めて全レースを見る。改めて、オグリキャップのたどった奇跡のような軌跡を感じられるだろう。

 今回の企画展に展示された品の多くは、故・瀬戸口勉調教師のご家族の協力を得ているそうだ。一品一品に思い出が、そして馬服やゼッケンには実際に装着したオグリキャップの汗が染み込んでいる。

 そして、前述どおりオグリキャップは、競馬とサブカルを強く結びつけた先駆けであった。ぬいぐるみだけでなく、令和の「ウマ娘 シンデレラグレイ」の商品と、昭和・平成の記念テレフォンカードが並んで置かれていた。いまでは当たり前となった競馬グッズの原点が見れる。

 JRA競馬博物館はJRA東京競馬場(東京都府中市)内にある。競馬開催時は競馬場への入場券が必要だが、競馬開催がない時は無料で入館できる(休館日は下記リンクよりご確認を)。JRAの競馬場はコロナ禍による入場制限が続いているが、競馬博物館には今のところ、そういった制限もないのでぜひ気軽に足を運んでいただきたい。

■JRA競馬博物館

公益財団法人 馬事文化財団(JRA競馬博物館)

ライター、脚本&漫画原作、競馬評論家

競馬の主役は競走馬ですが、彼らは言葉を話せない。だからこそ、競走馬の知られぬ努力、ふと見せる優しさ、そして並外れた心身の強靭さなどの素晴らしさを伝えてたいです。ディープインパクト、ブエナビスタ、アグネスタキオン等数々の名馬に密着。栗東・美浦トレセン、海外等にいます。競艇・オートレースも含めた執筆歴:Number/夕刊フジ/週刊競馬ブック等。ライターの前職は汎用機SEだった縁で「Evernoteを使いこなす」等IT単行本を執筆。創作はドラマ脚本「史上最悪のデート(NTV)」、漫画原作「おっぱいジョッキー(PN:チャーリー☆正)」等も書くマルチライター。グッズのデザインやプロデュースもしてます。

花岡貴子の最近の記事