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【高校野球】仙台育英と石川県・飯田、輪島の交流 1日目

高橋昌江フリーライター
仙台育英が石川県の飯田、輪島を招待した交流がスタートした

 自然災害は季節も日にちも時間も選ばず、日常は一瞬にして望まぬ現実となる。今年1月1日の16時10分頃に発生した能登半島地震も、そこに生きる人々の暮らしを一変させた。災害は奪うものが多い。その一方で、人間のたくましさも示す。

 仙台育英が能登半島地震で被災した石川県の2校を招いた交流が27日、スタートした。宮城県多賀城市の仙台育英グラウンドにやってきたのは、珠洲市の飯田と輪島市の輪島。3校による交流は29日まで行われる。

■仙台育英は「笑顔を1秒でも長く」をテーマに

 27日の早朝に地元をバスで出発した飯田と輪島の2校は能登空港で合流し、一路、金沢駅へ。新幹線を乗り継ぎ、仙台駅には12時51分に到着した。仙台育英・須江航監督らがホームで出迎え、バスで仙台育英のグラウンドがある多賀城校舎に着いたのは13時40分。仙台育英の部員約40人が〈ようこそ仙台育英へ〉〈飯田高校、輪島高校のみなさん 共に乗り越えましょう〉のボードを掲げて歓迎した。

飯田、輪島の両校部員を迎える仙台育英の部員たち
飯田、輪島の両校部員を迎える仙台育英の部員たち

 バスを降りた2校の部員は室内練習場に移動して練習着に着替え、グラウンドへ。14時過ぎ、仙台育英の佐々木広太郎(新3年)と熊谷禅(新3年)の司会で歓迎セレモニーが始まった。まず、仙台育英の湯浅桜翼主将(新3年)が「本日は遠方からお越しくださり、ありがとうございます。私たち、仙台育英学園硬式野球部の3日間のテーマは「笑顔を1秒でも長く」です。みなさんと野球を通して、笑顔で素敵な時間にしていきたいと思います。3日間、よろしくお願いします」とあいさつした。

仙台育英・湯浅主将が歓迎の言葉を述べる
仙台育英・湯浅主将が歓迎の言葉を述べる

 続いて、輪島を代表し、中川直重(新3年)が「自分たちは被災して練習場所を確保するのも難しい状況で、こういう場所を用意してくださって本当に感謝しています。この3日間、全力で野球を楽しんで、仙台育英高校さんとのつながりを作って、笑顔でやっていきたいと思います」と、飯田・山田恵大主将(新3年)が「地震があって思うように野球ができない中、このような環境や場所を提供してくださった仙台育英の方々、関係者の方々に感謝しています。この3日間、全力で野球を楽しんで、もっと野球を好きになれるように頑張ります」と話した。

主将を置いていない輪島は、この日の代表者である中川が「3日間、よろしくお願いします」とあいさつ
主将を置いていない輪島は、この日の代表者である中川が「3日間、よろしくお願いします」とあいさつ

飯田・山田主将も「招待していただき、本当にありがとうございます」と感謝の言葉を述べた
飯田・山田主将も「招待していただき、本当にありがとうございます」と感謝の言葉を述べた

 ここで、場所がグラウンドから室内練習場へと移り、行われたのは「浮島」と「気配切り」によるレクリエーション。そして、仙台育英の細田悠真(新3年)と栗島世大(新3年)による漫才。お笑いコンビ・レギュラーの「あるある探検隊」を用いて、「整備でトンボを争奪戦」などと全国共通の“高校野球あるある”を表現し、笑いを誘った。

レクリエーションの「浮島」で距離は一気に縮んだ
レクリエーションの「浮島」で距離は一気に縮んだ

 グラウンドでは緊張気味だった表情が緩み、空気が和らぐ。同じ、16、17歳だ。奥能登と宮城の約600キロの距離が縮んだところで須江監督が約70人の高校生の前に立ち、今回の開催の経緯を語った。

■「今度は私たちの番」13年前の恩返し

 2011年3月11日、巨大津波を伴う東日本大震災が発生。当時、須江監督が指揮していた系列の秀光中等教育学校(現秀光中)の軟式野球部(現在は秀光ボーイズ)が4月末に石川県の中学校から招待を受けた。「そこで初めて温かいものを食べた人がいました。そこで初めてお風呂に入った人がいました。そこで初めて友達と会った人がいて、そこで初めて野球をした人がいました」。苦くも、活力をもらった13年前の記憶。「言い出せばキリがないんですけど、たくさんのことを石川のみなさんからしていただいたので、今度は私たちの番だと思って打診させていただきました」。

仙台育英、飯田、輪島の選手たちに話をする仙台育英・須江監督
仙台育英、飯田、輪島の選手たちに話をする仙台育英・須江監督

 今年2月、生徒会やサッカー部とともに仙台市中心部で募金活動を行った。2年生になる徳田英汰が震度7を観測した石川県志賀町の出身。「自分たちができることは何か」と、部員たちが話し合って街頭に立った。この様子をニュースで知ったのが、石川県高野連監督会代表で、金沢桜丘の井村茂雄監督。「石川県を代表してお礼をしたい」と、面識のなかった須江監督にSNSを通じて連絡を入れた。

 須江監督は「いつか能登に出向いて交流したい」「少年野球教室とかもしたい」などと伝えた。そうした会話の中で、能登の高校を招待するプランを提案。「微々たるものですけど、ちょっとでも楽しいなとか、頑張りたいなと思ってもらえることを提供したいなと思いました」と7、8月で高校野球に区切りをつける3年生のタイムリミットを踏まえ、春休み中の開催を模索。わずか2週間ほどで、話をまとめた。

 開催を記念したTシャツも製作。前には3校の校名と「ONE TEAM」が、後ろには3校の校章などとともに仙台育英が甲子園で優勝した2022年のスローガンである「Everything’s all up to me」が入っている。

「全部、自分次第だということ。いろんなことがあるけど、自分の人生は全部自分次第だから、頑張っていこうぜということを掲げていた時のスローガンです。優勝した時のスローガンだからとってもパワーがあるので、今の石川のみなさんにも贈りたいなということで、そういうデザインにさせてもらいました」

 須江監督の説明を聞いた3校の部員たちは特製Tシャツを着て、グラウンドに駆け出した。

Tシャツの袖を通す輪島の部員たち
Tシャツの袖を通す輪島の部員たち

■飯田、輪島ともに初めて全部員そろう

 珠洲市も輪島市も震度6強の揺れが襲っており、飯田のグラウンドにはいくつもの亀裂が入っている。輪島は学校から約3キロ離れたグラウンドに続く道や球場で土砂崩れが起こっている。飯田の部員は選手12人に男子マネージャー1人、女子マネージャー3人の計16人。輪島の部員は15人で、選手13人に女子マネージャーが2人。両校とも、全部員がそろったのは震災後、初めてだという。

「震災が起きてから、子どもたちの表情がものすごく硬く、何か背負っているものを感じていました。ここに来ることが正解なのかどうか、迷っている生徒がいたのも正直なところです。実際に来てみて、ああいったレクリエーションがあって、子どもたちのキラキラとした笑顔を見られたことに対して、率直にホッとしています」とは飯田・笛木勝監督。

 グラウンドではそろいのTシャツを着た「野球選手」たちが一緒になってノックを受けている。打球に飛びつき、正規の距離を思い切り投げられる。初めましても、久しぶりも関係ない。同じ年月を生き、野球というスポーツと出合い、のめり込んだ仲間だ。

宮城は前日に雪が積もったが、この日の午前中で溶け、外で練習できた
宮城は前日に雪が積もったが、この日の午前中で溶け、外で練習できた

飯田・笛木監督は今年初めてノックバットを握ったという
飯田・笛木監督は今年初めてノックバットを握ったという

 野手の練習はランナー付きノック、実戦形式と続いた。自チームの遠征先である東京から駆けつけた井村監督の声が弾む。「嬉しいですよ、彼らがこうやって元気に野球をやっている姿を見られて。おー! ナイスボール!」。

 ピッチャーはブルペンで投球練習をしたり、フィジカルトレーニングをしたり。輪島の投手、中川は「(仙台育英のピッチャーから)体の使い方や変化球の投げ方など、いろいろと教えてもらい、勉強になりました」と話した。

仙台育英のピッチャーが飯田、輪島のピッチャーにアドバイスを送る
仙台育英のピッチャーが飯田、輪島のピッチャーにアドバイスを送る

■野球を「楽しむ」ということ

 仙台育英は2022年に東北勢初の甲子園制覇、昨夏も甲子園準優勝と実績を残すチームだけに、飯田の遊撃手である山田主将は「もっと厳しいチームかと思っていた」という。だが、「一緒に練習すると、心の底から楽しんでいて、自分たちも見習うべきだと思いました」とイメージが覆ったようだ。「野球の技術はもちろん、野球に対する姿勢や楽しむ姿勢を学び、仙台育英さんのように元気に楽しく野球に取り組みたいと思います」。

 仙台育英の練習の“空気”については、輪島の冨水監督もこう話した。

「“楽(らく)”という楽しみではなく、勝利に向かってとか、上手くなるためにとか、そういう野球を真剣に楽しんでいる姿を見て、こういう雰囲気で野球をやると強くなるんだなというのを生徒たちは感じたんじゃないかなと思います。仙台育英さんが作ってくれた雰囲気に乗せられて、子どもたちもその気になって野球ができているなと感じました」

 石川に戻れば、また全員で集まれる日も多くない。それだけに、「仙台育英さんの自立した姿を見て、チームで練習できなくても自分がしっかりと自立し、自分で自分を強くする、というきっかけになるんじゃないかなとすごく期待しています。指導者がいるからとか、仲間といるから一生懸命頑張る、ではなく、自分で自分を奮い立たせる勉強になるんじゃないかなと期待しています」とも。

仙台育英・須江監督の「遠慮なく、練習しましょう」に応えるように、飯田、輪島の選手たちは伸び伸びと練習
仙台育英・須江監督の「遠慮なく、練習しましょう」に応えるように、飯田、輪島の選手たちは伸び伸びと練習

 17時を知らせる「夕焼け小焼け」が鳴る。ピッタリと練習が終わった。

 片付けをし、室内練習場に集合。この日から、飯田と輪島の男子部員26人は仙台育英の部員宅にホームステイすることになっており、須江監督宅も含め、10家庭の割り振りが発表された。

 2日目の28日は仙台育英対輪島、仙台育英対飯田で練習試合が予定されている。

(写真はすべて筆者撮影)

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フリーライター

1987年3月7日生まれ。宮城県栗原市(旧若柳町)出身。大学卒業後、仙台市在住のフリーライターとなり、東北地方のベースボール型競技(野球・ソフトボール)を中心にスポーツを取材。専門誌やWebサイト、地域スポーツ誌などに寄稿している。中学、高校、大学とソフトボール部に所属。大学では2度のインカレ優勝を経験し、ベンチ外で日本一を目指す過程を体験したことが原点。大学3年から新聞部と兼部し、学生記者として取材経験も積んだ。ポジションは捕手。右投右打。

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