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ミサイル防衛に関する新たな安全保障政策、安倍首相談話の3つのポイント――米側の懸念払しょくが狙いか

高橋浩祐米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
9月11日に記者会見する安倍首相(写真:首相官邸ホームページより))

安倍首相は9月11日、ミサイル防衛に関する新たな安全保障政策の談話を発表した。政府は同日、安倍首相や菅官房長官、河野防衛相らが出席して国家安全保障会議(NSC)を開いた。談話はミサイル阻止についての方針を協議したその結果を受けたもの。

筆者が思う首相談話のポイントは3つある。

1.  ミサイル阻止に関する安全保障政策の新たな方針を検討

まず、陸上配備型の弾道ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」の配備計画の中止を受け、談話は「迎撃能力を向上させるだけで本当に国民の命と平和な暮らしを守り抜くことが出来るのか」と問題提起した。その上で、「そういった問題意識の下、抑止力を強化するため、ミサイル阻止に関する安全保障政策の新たな方針を検討してまいりました」と述べた。これは、「ミサイル阻止力」を唱え、8月4日に安倍首相に提出された自民党提言を踏まえた内容となった。

この自民党提言は「北朝鮮の弾道ミサイル等の脅威の一層の増大を踏まえれば、我々が飛来するミサイルの迎撃だけを行っていては、防御しきれない恐れがある」と指摘し、「相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力の保有を含めて、抑止力を向上させるための新たな取組が必要である」と唱えていた。

2.  日米の「盾と矛」の基本的な役割を維持

2つ目に、談話は、前述のミサイル阻止に関する安全保障政策の新たな方針の検討について、「日米の基本的な役割分担を変えることもありません」と明言している。

日本の安全保障をめぐっては、米軍が日米安保条約に基づき、日本の防衛義務を負っている。よくたとえられるように、日米同盟は戦後、在日米軍が攻撃力を担う「矛」、自衛隊が守りに徹する「盾」の役割を担ってきた。日本が「ミサイル阻止力」や「敵基地攻撃能力」といった「矛」の役割を持つ能力を保有すれば、この戦後の日米の役割分担が崩れることにもなりかねない。

河野防衛相も11日の記者会見で、「日米の役割分担を特に何か変更することは考えていない」「日米同盟として抑止力を高めていく」「日米同盟のこれまでの役割分担の中でやっていく」などと述べており、日米の盾と矛の役割維持を繰り返し強調した。

談話にも、ミサイル阻止力や敵基地攻撃能力の保有と日米の「盾と矛」の整合性を保ち、アメリカ側の懸念や疑念を払拭(ふっしょく)する狙いがあったものと思われる。

また、「この検討は、憲法の範囲内において、国際法を遵守しつつ、行われているものであり、専守防衛の考え方については、いささかの変更もありません」と改めて談話で示すことで、公明党など敵基地攻撃能力の保有に慎重な姿勢を示す立場に配慮したとみられる。

3.  新たなミサイル防衛体制について年末までに結論

3つ目は、「与党ともしっかり協議させていただきながら、今年末までに、あるべき方策を示し、我が国を取り巻く厳しい安全保障環境に対応していくことといたします」と述べ、年末までに新たなミサイル防衛体制について結論を示す方針を示したことだ。

首相談話の全文は以下の通り。

内閣総理大臣の談話

令和2年9月11日

私が内閣総理大臣の任に就いて7年8ヶ月、我が国の安全保障政策に大きな進展がありました。平和安全法制を成立させ、日米同盟はより強固なものとなりました。我が国自身の防衛力向上と、日米同盟の強化、更には「自由で開かれたインド太平洋」の考え方に基づき諸外国との協力関係を構築することにより、我が国周辺の環境をより平和なものとすべく努力してまいりました。

我が国を取り巻く安全保障環境は厳しさを増しています。特に、北朝鮮は我が国を射程に収める弾道ミサイルを数百発保有しています。核兵器の小型化・弾頭化も実現しており、これらを弾道ミサイルに搭載して、我が国を攻撃する能力を既に保有しているとみられています。また、昨年発射された新型の短距離弾道ミサイルは、ミサイル防衛網を突破することを企図していると指摘されており、このような高度化された技術がより射程の長いミサイルに応用されることも懸念されています。

このような厳しい状況を踏まえ、国民の命と平和な暮らしを守り抜くために、何をなすべきか。やるべきことをしっかりやっていく必要があります。まず、イージス・アショアの配備プロセスの停止については、その経緯を確認し、既に公表したところです。その上で、その代替として取り得る方策については、検討を進めているところであり、弾道ミサイル等の脅威から、我が国を防衛しうる迎撃能力を確保していくこととしています。

しかしながら、迎撃能力を向上させるだけで本当に国民の命と平和な暮らしを守り抜くことが出来るのか。そういった問題意識の下、抑止力を強化するため、ミサイル阻止に関する安全保障政策の新たな方針を検討してまいりました。もとより、この検討は、憲法の範囲内において、国際法を遵守しつつ、行われているものであり、専守防衛の考え方については、いささかの変更もありません。また、日米の基本的な役割分担を変えることもありません。助け合うことのできる同盟はその絆(きずな)を強くする。これによって、抑止力を高め、我が国への弾道ミサイル等による攻撃の可能性を一層低下させていくことが必要ではないでしょうか。

これらについて、与党ともしっかり協議させていただきながら、今年末までに、あるべき方策を示し、我が国を取り巻く厳しい安全保障環境に対応していくことといたします。

我が国政府の最も重大な責務は、我が国の平和と安全を維持し、その存立を全うするとともに、国民の生命・身体・財産、そして、領土・領海・領空を守り抜くことです。これは、我が国が独立国家として第一義的に果たすべき責任であり、我が国の防衛力は、これを最終的に担保するものであり、平和国家である我が国の揺るぎない意思と能力を明確に示すものです。そして、我が国の繁栄の不可欠の前提である、我が国の平和と安全が維持されるよう、今後とも、政府として取り組んでいかなければなりません。

(In English)

Statement by Prime Minister

September 11, 2020

1.  For the last seven years and eight months since I assumed the office of Prime Minister, Japan’s security policy has made significant progress. The Legislation for Peace and Security was passed, which has made the Japan-U.S. Alliance more robust. We have been striving to make the environment surrounding Japan more secure by enhancing Japan’s own defense capability, strengthening the Japan-U.S. Alliance, and establishing cooperative relations with other countries, based on the vision of a “free and open Indo-Pacific.”

2.  Japan’s security environment is becoming more testing. In particular, North Korea retains hundreds of ballistic missiles with a range that covers Japan. North Korea is assessed to have already successfully miniaturized nuclear weapons, and to possess the capability to launch an attack on Japan with ballistic missiles fitted with nuclear warheads. It is also pointed out that new types of short-range ballistic missiles launched last year were developed in an attempt to breach missile defense networks. There is also a concern that such advanced technology would be applied to longer-range missiles.

3.  Under such severe circumstances, what should we do to protect and defend the lives and the peaceful livelihoods of the Japanese people? The Government of Japan must do what it should. First, as to the suspension of the process of deploying Aegis Ashore, the Government has examined how it was decided, and already released the results. Further, the Government has been examining possible alternatives to Aegis Ashore, so as to ensure that Japan has an interception capability to defend itself from threats of ballistic missiles and others.

4.  Nevertheless, there is a question of whether it is possible to protect and defend the lives and the peaceful livelihoods of the Japanese people only by enhancing our interception capability. Under such thinking and in order to strengthen the deterrence, the Government of Japan has been considering a new course for security policy regarding countering missiles. Needless to say, such deliberation is being carried out within the scope of the Constitution and in compliance with international law, and Japan’s exclusively defense-oriented policy will not change at all. Nor will the basic role and mission sharing between Japan and the United States. The bond of the alliance will be strengthened if each side can assist each other. As such, I believe it is necessary to enhance deterrence and thereby further reduce the possibility of an attack against Japan by ballistic missiles and others.

5.  On these points, in thorough consultations with the ruling parties, the Government of Japan will identify policies to be undertaken by the end of this year to respond to the severe security environment surrounding Japan.

6.  The most consequential responsibility of the Government of Japan is to maintain Japan’s peace and security, to ensure its survival and to defend to the end Japanese nationals’ life, person and property of its nationals and territorial land, waters and airspace. This is the foremost responsibility that Japan must fulfill as a sovereign nation. Japan’s defense capability is the ultimate guarantor of its security and the clear representation of the unwavering will and ability of Japan as a peace-loving nation. The Government of Japan must continue working to maintain Japan’s peace and security, which is an essential premise for its prosperity.

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米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

英軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」前東京特派員。コリアタウンがある川崎市川崎区桜本の出身。令和元年度内閣府主催「世界青年の船」日本ナショナルリーダー。米ボルチモア市民栄誉賞受賞。ハフポスト日本版元編集長。元日経CNBCコメンテーター。1993年慶応大学経済学部卒、2004年米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクールとSIPA(国際公共政策大学院)を修了。朝日新聞やアジアタイムズ、ブルームバーグで記者を務める。NK NewsやNikkei Asia、Naval News、東洋経済、週刊文春、論座、英紙ガーディアン、シンガポール紙ストレーツ・タイムズ等に記事掲載。

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