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北朝鮮の「重大試験」は固体燃料型ICBMエンジン燃焼実験の可能性も

高橋浩祐米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
北朝鮮は2017年9月の火星12以来、再び日本上空を通過するミサイルを発射するか(写真:ロイター/アフロ)

「安倍(晋三首相)は本当の弾道ミサイルが何かを遠からず、それも非常に近くで見ることになるかもしれない」「クリスマスのプレゼントに何を選ぶかは、すべてアメリカの決心にかかっている」

北朝鮮は最近、このような好戦的発言を繰り返し発表し、アメリカや日本への対決姿勢を再びぐっと強めている。

そんな中、北朝鮮の国防科学院報道官は12月8日、北西部東倉里の「西海(ソヘ)衛星発射場」と呼ばれるミサイル発射場で前日7日午後に「非常に重大な試験」を行い、成功したと発表した。北朝鮮は内容を明らかにしていないが、軍事専門家の間では、大陸間弾道ミサイル(ICBM)に使う固体燃料型ミサイルエンジンの燃焼実験を初めて行ったのではないか、との見方が出ている。

北朝鮮はこれまでアメリカに年末までに妥協し、打開策を示すよう繰り返し要求してきた。米朝が引き続き折り合えない場合、北朝鮮は「クリスマスプレゼント」として、再び日本列島を越える弾道ミサイルを発射するのか。そして、今後、第4次朝鮮半島核危機ともいうべき様相を呈するのか。あるいは、今回の「重大試験」は単なるアメリカへの揺さぶりか。いずれにせよ、年末に向け、米朝の緊張対立がぐっと高まっている。

●トランプ大統領とのシンガポール合意を反故

西海衛星発射場は、そもそも2018年6月12日のシンガポールでの史上初の米朝首脳会談で、金正恩朝鮮労働党委員長がトランプ大統領にいったんは解体を約束していた施設だ。トランプ大統領がシンガポール首脳会談後の記者会見で、これを明らかにしていた。北朝鮮は2018年9月19日の南北首脳会談で合意された「9月平壌共同宣言」でも、この東倉里のエンジン試験場とミサイル発射台を永久に廃棄することを約束していた。実際に、衛星写真によると、2018年7月に解体作業を開始した。しかし、非核化交渉が行き詰まるなか、2019年3月初めまでには発射場の復旧作業を本格的に始めていた。

そのいったんは廃棄を約束した発射場で、実験さえも再開したことは、アメリカと韓国との合意を反故にし、米韓との関係改善の時計の針を一気に逆戻しにした重要な意味を持つ。

これと歩調を合わせるかのごとく、北朝鮮の金星国連大使は12月7日、声明を発表し、「アメリカと今、長い協議を行う必要はない。非核化は既に交渉のテーブルから下ろされた」と主張した。

●液体燃料型ミサイルエンジンの拠点

北朝鮮の国防科学院報道官は、「近い将来の朝鮮民主主義人民共和国(=北朝鮮)の戦略的地位を今一度変える上で重要な影響を及ぼすだろう」と説明した。

かりに今回のテストがミサイルエンジンの燃焼実験だとして、「戦略的地位を今一度変える」ものとはいったいどのようなことなのか。

西海衛星発射場では、2016年9月と2017年3月に金正恩委員長が立ち会い、ウクライナ製ICBM用エンジン「RD250」派生型の燃焼実験が行われたことが分かっている。このエンジンはその後、2017年8、9両月に日本上空を越えた中距離弾道ミサイル「火星12」、ICBMの「火星14」と「火星15」の一段目エンジンとして使われた。

これらの「火星」シリーズは液体燃料を使う弾道ミサイルだ。このため、西海発射場と言えば、軍事専門家の間では、液体燃料を使うミサイル開発計画の関連拠点として位置づけられてきた。

しかし、北朝鮮の軍事技術に詳しいアメリカ科学者連盟(FAS)非常勤シニアフェロー、アンキット・パンダ氏が12月9日、北朝鮮関連ニュースの有料会員制サイト「NK Pro」への寄稿(What to make of North Korea’s “very important” test at Sohae)の中で次のように述べている。

「まずもって最も簡単な説明としては、北朝鮮が西海で過去にも行ってきたように、液体燃料エンジンの実験を行ったということになるだろう」「この説明は先例があることから、非常にそそられる。しかし、2019年においては、それは特別の説得力を持たなくなっている。なぜなら、2019年に北朝鮮が発射したすべてのミサイル発射実験は、固体燃料システムによるものであるからだ」

パンダ氏はとりわけ、北朝鮮が10月2日に新型の固体燃料型の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「北極星3」を発射した後だけに、固体燃料型エンジンの実験の方がより理にかなっていると強調している。

さらに、パンダ氏は、シンガポール首脳会談後、いったんは解体に向かった西海発射場を復旧する過程で、北朝鮮が液体燃料型ミサイル実験システムから固体燃料型ミサイル実験システムに建造を切り替えた可能性があると指摘している。

北朝鮮の軍事技術に詳しいアメリカ科学者連盟(FAS)非常勤シニアフェロー、アンキット・パンダ氏(11月15日、高橋浩祐撮影)
北朝鮮の軍事技術に詳しいアメリカ科学者連盟(FAS)非常勤シニアフェロー、アンキット・パンダ氏(11月15日、高橋浩祐撮影)

北朝鮮はミサイル技術の開発において、固体燃料型のミサイルやミサイル誘導システムの技術開発などに課題が残っているとみられている。ミサイル燃料が液体だと、固体燃料に比べ、注入など「発射準備」に時間や手間がかかるので、事前にアメリカや日本の監視システムで発射準備の兆候が見つかりやすくなっている。そして、ミサイル発射の機動性や奇襲力を発揮しにくくなっている。

北朝鮮は2019年はすでに年間ベースで過去最多の25発ものミサイルを発射している。

パンダ氏は11月15日、都内の日本国際問題研究所で講演した際、「北朝鮮が固体燃料型のICBMを手に入れる時期はいつぐらいになるとお思いか」との筆者の質問に対し、次のように答え、警告している。

「多くの人々は今、来年にもそれは起こり得ると思っている。北朝鮮が2017年7月に液体燃料型ICBMを発射した時、多くの人々が驚いた。北朝鮮のミサイル開発能力を過小評価してはいけない。彼らは自信を持ち始めている。私が思うにやはり、早ければ来年にもそれは達成されるだろう。北朝鮮がどのように最初の固体燃料型ICBMの実験をするのかも興味深い点になるだろう。例えば、固体燃料を使った北極星3を地上配備型に改良したミサイルが、最初はIRBM(中距離弾道ミサイル)、そして最終的にICBMに発展するかもしれない」

(関連記事:「北朝鮮、年末までに新型の潜水艦発射弾道ミサイルのさらなる実験も」米軍事専門家が警告

●クリスマスプレゼントはICBM発射実験か

トランプ大統領は12月8日、北朝鮮の「重大実験」を踏まえ、金正恩委員長に対し、アメリカに対する敵意は「全て」を失うことになると強く警告した。

米朝が引き続き妥協しえない場合、北朝鮮が「クリスマスプレゼント」として、再びICBMを発射する可能性がある。今月下旬には核ICBM実験の再開を含め、対米方針で重大な決定が下されるとみられる朝鮮労働党の中央委員会総会も開催される。年末に向け、予断を許さない状況が続きそうだ。

米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

英軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」前東京特派員。コリアタウンがある川崎市川崎区桜本の出身。令和元年度内閣府主催「世界青年の船」日本ナショナルリーダー。米ボルチモア市民栄誉賞受賞。ハフポスト日本版元編集長。元日経CNBCコメンテーター。1993年慶応大学経済学部卒、2004年米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクールとSIPA(国際公共政策大学院)を修了。朝日新聞やアジアタイムズ、ブルームバーグで記者を務める。NK NewsやNikkei Asia、Naval News、東洋経済、週刊文春、論座、英紙ガーディアン、シンガポール紙ストレーツ・タイムズ等に記事掲載。

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