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日本の防衛白書に韓国人記者が反発。日韓対立の新たな火種に

高橋浩祐米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
2019年度版防衛白書(防衛省ホームページから)

2019年版「防衛白書」が日韓対立に油を注ぎ、新たな火種と化している。

2018年12月の韓国海軍による自衛隊機への火器管制レーダー照射問題や、2019年8月の韓国による日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄通告などを踏まえ、今年の防衛白書は「韓国側の否定的な対応などが防衛協力・交流に影響を及ぼしている」と懸念を表明した。また、日本と安全保障上の協力がある国としての記載の順番も、韓国はオーストラリア、インド、東南アジア諸国連合(ASEAN)に続く4番目として位置付けられた。2018年版の防衛白書で韓国はオーストラリアに続く2番目だった。韓国人は全般に自尊心やプライドを傷つけられることを嫌うなか、強い反発が巻き起こっている。

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●韓国記者が事前プレスブリーフィングで批判

防衛省担当者が白書公表前日の26日に行った、外国メディア対象のプレスブリーフィングでは、在京の韓国メディアから厳しい質問や批判が相次いだ。

韓国の記述順が4番目になった理由について、防衛省担当者は「そもそも白書での登場順は、重要性を示しているものではないことを最初に言っておきたい」と述べたうえで、「新たな防衛計画の大綱で各国との安全保障協力が記載されているが、今回の白書はその大綱の順番に沿ったもの」と説明した。

特に防衛省担当者と韓国人記者との間で厳しいやり取りがあったのが、白書の34ページにあるダイジェスト(要約)の「各国との防衛協力・交流の推進」の欄だ。日本が各国との安全保障分野での協力・交流実績を述べるなか、韓国の部分については、「自衛隊旗をめぐる韓国側の否定的な対応やレーダー照射事案が発生。こうした懸案については引き続き韓国側に適切な対応を求めていく」と記述されている。

韓国人記者から批判が相次いだ防衛白書の「各国との防衛協力・交流の推進」の欄。
韓国人記者から批判が相次いだ防衛白書の「各国との防衛協力・交流の推進」の欄。

韓国の東亜日報東京支局長の朴炯準(パク・ヒョンジュン)氏は「日本が韓国について、どう思うかを質問したい。34ページを見たら、安全保障協力についてまとめて書いてあるが、韓国については、『適切な対応を求めていく』など全部否定的な文章ばかりです。日本としては、こういう問題が解決できてから後に、韓国とは防衛協力ができるという意味でしょうか。あるいはこんな問題があるけれども、『韓国との防衛協力が重要だ。先だ』という立場ですか」と問うた。

これに対し、防衛省の担当者は「34ページはあくまでダイジェストの要約のページである。韓国との防衛協力については、本編の366ページで詳細に説明している。『日韓・日米韓はこの地域の平和と安定に関して共通の利益を有している』と明記している。我が国としては韓国との防衛協力をけっしてネガティブにとらえているわけではない」と説明した。

「韓国との防衛協力・交流の意義など」を記した防衛白書の欄(366ページ目)
「韓国との防衛協力・交流の意義など」を記した防衛白書の欄(366ページ目)

さらに防衛省担当者は「北朝鮮情勢など大きな問題があるので、何か(問題が)あるからと言って、即座に日韓間の協力をストップするものではないと考えている。他方、協力をスムーズに行うためには、そうした問題を解決した方が当然、日韓間の協力は効果的に行われる」と答えた。

しかし、韓国人記者の疑念は晴れない。朝鮮日報東京支局長の李河遠(イ・ハウォン)氏は、「レーダー照射については、韓国の国防部は認めていない。韓国国防部は、レーダー照射問題が発生した理由は自衛隊の哨戒機が低空飛行したため、と説明している。このように日韓の主張が衝突しているなか、日本政府が『韓国が間違った』として記述したのは残念です。韓国の主張を少しでも紹介していただければ良かった。安倍首相もニューヨークで開かれた記者会見で、『悪化した日韓関係が安全保障に影響を与えたら良くない』と述べた。白書で日韓の防衛協力について否定的なことばかり書いているのは、安倍首相の言っていることと矛盾はしていないか」と質問した。

これに対し、防衛省担当者は「防衛白書はこの一年間の防衛省・自衛隊の活動を国民にお伝えする目的で作っている。自衛隊の活動中に起こった事案として、ご紹介すべきものとして掲載している。韓国についてネガティブなことばかり書いているわけではないというのは先ほども説明した。日韓・日米韓の協力の意義については、しっかりと書いており、その点はご理解をいただきたい」と述べた。

防衛白書の内容に関する韓国側の懸念について、河野太郎防衛相は27日の閣議後の記者会見で「意図も何もない。事実を列挙しているだけ」と述べた。安全保障上の協力がある国としての韓国の記載を、前年の2番目から4番目に変更した理由についても、「防衛大綱の順番です」と答えた。

26日の事前プレスブリーフィングには、筆者を含め、40人ほどの外国メディアが参加した。韓国メディアの記者も多数来ていた。なお、東亜日報と朝鮮日報の両支局長には、この拙稿での実名での発言の引用の許可を得ている。また、ブリーファー(説明者)となる防衛省担当者の氏名や肩書きは、記事に出さないことが求められている。

●北朝鮮の核ミサイルは小型化・弾頭化がすでに実現

防衛白書では、このほか、北朝鮮のミサイルについて「核兵器の小型化や弾道化の実現に至っているとみられる」と初めて記された。中国のミサイル戦力の近代化についても、「近年、急速に近代化が進んでいる」とし、特集ページを設けた。筆者も東京特派員を務める英軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」向けの記事(Japanese defence white paper warns of upgraded Chinese and North Korean missile capabilities)では、中国と北朝鮮のミサイル戦力の急速な進展ぶりに焦点を当てて書いた。

韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権が米韓同盟と日米韓安保体制を抜け出る「コレグジット」への懸念が、ワシントンでも東京でもソウルでもあちこちで台頭していることは事実だ。その分、日本としても韓国との今後の防衛協力に懸念が高まっている。

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韓国の文在寅大統領(写真:ロイター/アフロ)
韓国の文在寅大統領(写真:ロイター/アフロ)

●「文大統領にとって日本より北朝鮮がパートナー」

朝鮮日報東京支局長の李氏に「文大統領は日本と北朝鮮のどちらをパートナーとみているのか」と問うと、「北朝鮮だ」との答えがきっぱりと返ってきた。今後、日米が韓国との緊密な安全保障関係を維持できなくなる恐れが高まっている。この3カ国の関係が揺らぐということは、北朝鮮と中国、ロシアを利する以外の何物でもない。こうした時だからこそ、韓国以外の周辺各国の軍事動向にも、冷静沈着に目を光らせていきたいものだ。韓国ばかりに目をとらわれているわけにはいかない。

米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

英軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」前東京特派員。コリアタウンがある川崎市川崎区桜本の出身。令和元年度内閣府主催「世界青年の船」日本ナショナルリーダー。米ボルチモア市民栄誉賞受賞。ハフポスト日本版元編集長。元日経CNBCコメンテーター。1993年慶応大学経済学部卒、2004年米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクールとSIPA(国際公共政策大学院)を修了。朝日新聞やアジアタイムズ、ブルームバーグで記者を務める。NK NewsやNikkei Asia、Naval News、東洋経済、週刊文春、論座、英紙ガーディアン、シンガポール紙ストレーツ・タイムズ等に記事掲載。

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