ファーウェイの独自OS開発はどうなる?エンジニアが読み解く中国制裁の深層

ファーウェイのスマートフォンを販売するショッピングモール。(写真:ロイター/アフロ)

ファーウェイ・ショックの波紋が広がっている。

米政府は中国通信機器・端末大手ファーウェイに対する制裁措置を発表した。米企業とファーウェイの取引が禁止されたほか、その他の国の企業でも米国の技術を利用している場合には、ファーウェイとの取引が禁止される。ソフトバンク、auがファーウェイの新型スマホの発売を延期したほか、NTTドコモも予約を中止するなど影響が広がっている。

果たして米国の制裁はどのような影響を与えるのか? 「ファーウェイのスマートフォンはOSのアップデートができなくなる」「半導体を購入できないため、ファーウェイは製品を作れなくなる」などさまざまな情報が飛び交っているが、現時点では全体像はつかめない。噂はどこまで本当なのか? 日本の消費者にはどのような影響が出るのか? エンジニアの立場からファーウェイ問題を分析している、インターネットプラス研究所の澤田翔所長に話を聞いた。

2018年10月、ファーウェイのスマートフォン「HUAWEI NOVA3」の発表会。筆者撮影。
2018年10月、ファーウェイのスマートフォン「HUAWEI NOVA3」の発表会。筆者撮影。

――規制により、日本の消費者が持つファーウェイのスマートフォンはOSであるアンドロイドのアップデートができなくなる、ファーウェイ独自のOSが使われると報じられています。

少し面倒な話となりますが、まずはアンドロイドがどのようなOSなのかを理解する必要があります。アンドロイドそのものはオープンソースで公開されたプログラムであり、ライセンスに従えば誰でも利用することができます。各社のアンドロイド・スマートフォンはこのオープンソースのOSをカスタマイズしたものです。

オープンソースのアンドロイドは、グーグルが販売しているものではないので、制裁発動後もファーウェイが利用し続けることは可能です。ファーウェイが独自のOSを作るといっても、おそらくはゼロから作るのではなく、オープンソースのアンドロイドをベースに作るはずです。

――では、今までどおりアンドロイドが利用できると?

ここからが複雑な話なのですが、実はアンドロイドとは別に、GmailやGoogle Playストアなどグーグル社が提供するサービスを使う機能、Google Mobile Suite (GMS) と呼ばれる一連のソフトウェアがあります。日本で販売されているアンドロイド・スマートフォンは、ほぼ100%、このGMSが導入された状態で販売されています。これはオープンソースではなくグーグルとの契約によって提供されているものです。GMSが制裁対象であるかはまだ不明確ですが、仮に制裁対象となった場合、ファーウェイのスマートフォンにはGoogle関連のアプリを同梱できなくなる可能性があります。

またグーグル社以外のアプリ、例えばLINEやフェイスブック、ツイッターなどもGMSがスマートフォン上に導入されていることを前提に作られています。LINEでは新しいメッセージがあるとグーグルのインフラを通じて通知が配信されますし、Airbnbやウーバーなどのアプリではグーグルの地図が表示されます。これらはGMSが提供している機能なのです。ファーウェイの端末にGMSが入っていなければ、こうしたアプリは別の通知手段や地図を用意しなければ、正常に動作しなくなります。

――今後、ファーウェイのスマートフォンからGMSが省かれることになると、消費者にとっては使い勝手が悪い携帯電話になりますね。

そうとは言い切れません。たとえば、アマゾンが販売しているタブレットの「キンドル Fire」はGMSの契約を結んでいません。そのためGoogle Playは入っていませんが、代わりにAmazon Appstoreという別のアプリストアがあります。ファーウェイならば、キンドル Fireと同様にGMSに依存しないアンドロイドのスマートフォン、タブレットを作ることは可能です。

また、ファーウェイのスマートフォンを利用するユーザが多ければ、グーグルとしても彼らを無視することはできないでしょう。ファーウェイを通じて提供するのではなく、ユーザーに直接アプリを配布する分には現状の輸出制限には該当しません。Gmailやグーグルマップなどのアプリは、グーグルが直接配布することになると思います。現にGMSが導入されていない中国市場では、「グーグル翻訳」のアプリは直接ユーザーに配布されています。(グーグル翻訳中国語版公式サイト)

――ファーウェイが2018年に独自のアプリストアであるApp Galleryを強化しようとしていたと、ブルームバーグが報じています。GMS抜きの独自OSの強化を目指した動きでしょうか。

GMSが利用できない状況を想定していることは確かでしょう。しかしそうとは決まったわけではありません。米国輸出制限は「公開され、無償で配布されるソフトウェア」は制限の対象としていません。GMSやアンドロイドOS は1000個以上のライブラリ(部品)で構成されており、どの部品が制限の対象か、まだよくわかっていません。

しかし、GMSが利用できないことが決定的となった場合は独自OS、独自のアプリストアの路線を強化することになるでしょう。そのための備えであると思います。ただし、ファーウェイにとってもそれはなるべく避けたい選択肢です。回避できるのであれば独自のプラットフォームをつくることは避けたいとファーウェイの任正非CEOも答えています。

2018年11月、ファーウェイのスマートフォン「Mate20」の発表会。筆者撮影。
2018年11月、ファーウェイのスマートフォン「Mate20」の発表会。筆者撮影。

――独自のプラットフォームをつくることは避けたい、と。

はい。エンジニアならば、そう考える人が大半でしょう。今のソフトウェア開発コミュニティは世界的なつながりを持っています。たとえ日本の開発チームが作った製品であっても、世界中の誰かが開発したライブラリを多数使っています。他人が作ったものはありがたく使わせてもらおうというのがエンジニアの考えなのです。いわゆる「車輪の再発明」、すでにあるものをもう一度発明することは、やりたがりません。

独自のプラットフォームを作る、アメリカ由来の技術を避けて内製したり他国産のものに差し替えるのは、エンジニアにとって苦痛です。その作業に当たっている時間は、新しいものを生み出すためには使えませんから。

つまり、米国の規制はソフトウェア開発の現場を無視した乱暴な規制であり、ファーウェイという一企業の問題を超えた深刻な影響があるのです。

――どのような影響でしょうか?

ソフトウェア工学は、国籍も出身も問わずにプロジェクトに貢献できるという、グローバルな特徴を持ちます。アンドロイドに限らず、Chromium(クローム・ブラウザのエンジン部分)やリナックスなど多くのプロジェクトで、世界各国のエンジニアが協力しています。このグローバルなエコシステム(生態系)こそが過去数十年にわたるソフトウェアの飛躍的な発展の源泉です。

ところが今回の規制により、もともとオープンだったソフトウェアの世界に国境が持ち込まれることになるでしょう。他国の技術者が開発したソフトウェア、ライブラリに依存すれば安全保障にかかわるとなると、エコシステムが引き裂かれることになります。

今、アメリカではデカップリング論(アメリカと中国の経済的つながりを断裂させること)が勢いを増していると聞きます。世界に豊かさをもたらしてきたエコシステムを破壊しかねない、危険な動きです。

エンジニアとしては、ファーウェイという一企業の問題ではなく、人類の共有知、豊かさを脅かしかねない問題だと危惧しています。