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米中貿易摩擦の深層、「途上国にして独裁国家のまま超大国になる中国」

高口康太ジャーナリスト、翻訳家
深セン市。(写真:アフロ)

米国政府は10日、約2000億ドル相当の中国からの輸入品に対し、関税を10%から25%に引き上げる制裁措置を発動した。さらに現在対象外の残り3000億ドルに対しても制裁関税を検討しており、13日にも詳細が発表される見通しだ。昨年12月の米中首脳会談以来続いていた小康状態は終わり、対立は一気にヒートアップしている。

この米中貿易摩擦はいったい何を要因としているのか?

・トリッキーなトランプ大統領の個性によるもの、大統領選再選を目指したパフォーマンス。

・米中経済力逆転が迫りつつあるなか、米国が覇権を守るために強硬手段に出た。

・南シナ海問題や一帯一路など米国に挑戦する習近平外交が火種となった。

メディアにはさまざまな見方が飛び交っているが、もっとも根本的な問題は「中国が途上国かつ独裁国家という、先進国から見て異質な国でありつつも、超大国になろうとしている」という未曾有の歴史的現象にある。

経済成長し国際的プレゼンスが上昇したとはいえ、中国の行動自体にはそう大きな変化はない。国際社会、そして米国がそうした振る舞いを許容してきたのは、「中国はいつか変わるはず」という前提があったからだ。いわゆる関与政策という発想で、外交的関係、経済的関係、民間交流が深まれば、今は異質な中国も我々の側と同じような国家に変わっていくだろう。この前提をもとに中国との関係は維持されてきた。

たんに善意でそうしていたわけではなく、関与政策の名の下による黙認は先進国にとっても利益となっていた。トランプ大統領は膨大な対中貿易赤字を問題視しているが、中国の貿易黒字は米国債購入という形で還流していく。また、中国の安い労働力を組み込んだグローバルサプライチェーンの発展は、全世界に安価な製品を供給し、企業にとっても消費者にとってもプラスとなってきた。

だが、今や関与政策の維持は難しい。「いつか中国は変わる」という建て前を信じられる人は少数派だろう。私たちは「途上国かつ独裁国家のまま超大国になる中国」という現実と向き合う必要がある。現在の米中貿易摩擦は、米国と中国が異質な国家同士ではあるが、お互いにやっていける落としどころを見つけ出すためのつばぜりあいだ。未曾有の事態だけに、参考にすべき教科書はない。失敗や衝突を繰り返しながら、手探りで妥協点を探す長期かつ面倒な対立局面が続くはずだ。

中国の特異性がもたらす影響は国際政治にとどまるものではない。ビジネスの分野でも同じだ。先日、ある日本のIT企業関係者と話す機会があった。中国が生み出した新しいビジネスモデルを日本に持ち込めないかリサーチする仕事をしているという。最近ではよく報じられているとおり、中国ではモバイル決済やシェアリングエコノミーなど世界から注目される新しいサービスやプロダクトが次々と生まれている。かつて米国で生まれた新ビジネスをいち早く日本に持ち込めば成功するというタイムマシン経営なる言葉があったが、最近ではその中国版ができないかと摸索する動きが続いている。中国を視察する経営者、ビジネスマンが増えており、私も問い合わせを受ける機会が多い。

ところが前述の関係者は「中国には面白いビジネスがごろごろしているのですが、中国固有の文脈が前提になっているため日本では難しいというものばかりなんですよね」と嘆いていた。

確かにそのとおり。この話を聞いて私が想起したのは「無業の遊民」だ。中国ではシェアサイクルや外売(出前代行)などが極度に発展しているが、その前提となっているのは「無業の遊民」の存在だ。中国では改革開放以後、正規の職につかずさまざまな職を転々として食いつないでいる人がごまんといる。一説には2億人とも言われるが、白タクやレストランの配達員も仕事の一つだった。以前は人間関係で仕事を得ていた「無業の遊民」をスマートフォンによるモバイルインターネットで管理、活用する仕組みが、中国のニューエコノミーの重要な要素となっており、新しいビジネスも「この無業の遊民の仕事にスマホをぶちこんだらどう変えられるか?」という発想で生まれたものも多い。中国の新たなビジネスに興味を持っている人は、古く泥臭い中国社会には興味がないという方も多いだろうが、両者は密接につながっているのだ。

繰り返しになるが、中国の台頭は歴史上未曾有の事態であり、先進国が前提としている政治、文化、社会とはかなり異なる要素を前提としている。ビジネスで学びや気づきを得るためにも、そうした固有性を理解することが不可欠だ。さもなくば、「中国はすごい、だが私たちとは違うので参考にはなりませんでした」で終わってしまう。面倒ではあっても、長いスパン、かつ多面的な視点での中国理解が不可欠なのだ。

さて、以下は手前味噌になるが、この問題に関する私の取り組みを紹介したい。この数年、歴史的、社会的文脈を抜きにして、新しい中国だけを見ようという人が日本には多いのではないか。そのことに強く危惧を覚えている。そうした見方を少しでも変えていきたいと思い、去年から「B級中国S級中国」というイベントを開催している。アジアITライターの山谷剛史さん、ルポライターの安田峰俊さんとのトークショーだが、古くさいB級中国と真新しいS級中国のどちらかしか見ない風潮に対し、両者を接続して見ることが中国理解やビジネスの組み立てには欠かせないと伝えることを意識している。

高口康太編著『中国S級B級論』のカバー
高口康太編著『中国S級B級論』のカバー

このイベントから発展して、『中国S級B級論 ―発展途上と最先端が混在する国』(さくら舎、2019年)という本を出版した。私と山谷剛史さんに加え、東京大学の伊藤亜聖准教授、市井の中国政治ウォッチャーとして知られる水彩画さん、中国アナリストの田中信彦さんの5人による共著だ。政治、社会、経済、IT、生活という5つの分野から、古い泥臭さと新しさが混ざり合った中国の変化を描いている。

ジャーナリスト、翻訳家

ジャーナリスト、翻訳家。 1976年生まれ。二度の中国留学を経て、中国を専門とするジャーナリストに。中国の経済、企業、社会、そして在日中国人社会など幅広く取材し、『ニューズウィーク日本版』『週刊東洋経済』『Wedge』など各誌に寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)。

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