巨人杉内俊哉、ライバルと再会し来季復活へ決意新た「最後の悪あがきをしたい」

左が杉内、右が和田。中央は寺原

タカの4本柱が久々再会

 かつてダイエー、ソフトバンクの投手王国を形成した大黒柱たちが、久しぶりにユニフォーム姿で集結した。

 斉藤和巳、和田毅、杉内俊哉、新垣渚…。彼らのほかにも今宮健太をはじめ錚々たる顔ぶれだ。

 12月9日、熊本地震からの復興を支援する「がんばろう熊本 復興野球教室in嘉島」が熊本県嘉島町総合運動公園で行われた。熊本出身で現在はソフトバンクで打撃投手を務める松本輝氏が発起人となり、昨年に続いて開催。現役、OBら18名が講師となって、熊本県内から集まった21チーム、約340名の小中学生を指導した。

投球フォームを指導する和田「故障しないためにも良い投げ方を」
投球フォームを指導する和田「故障しないためにも良い投げ方を」

 約2時間の野球教室の後、投球などを指導した和田毅は「昨年も来ましたが、子どもたちは目をキラキラ輝かせて元気いっぱいでした。まだ大変な思いをしている家庭もあると思いますし、復興はまだ道半ばだと思いますが、子どもたちの元気に僕らも勇気をもらいました」と笑顔で語った。そして、懐かしい顔ぶれが揃ったことに話題が及ぶと、笑顔を浮かべつつも、置かれている現実も直視しながら言葉を継いだ。

「若い選手に切り替えていこうという流れは僕自身もアメリカで経験したことがある。とにかく結果で示していかないといけない」

まだ来季の所属チームが決まっていない松坂大輔や村田修一について問われると「寂しさというか、僕もツラい」と視線を落とした。

松坂世代93名→12名に

 プロ野球界を彩った1980年度生まれのいわゆる“松坂世代”は、総勢93名がプロの門をくぐったとされている。その中で、来季も現役選手としてユニフォームを着ることが確定しているのは12名となった。

 その中に、和田にとって、特別な存在がいる。

「同級生の頑張りはチームが違ったとしても励みになる。特にスギは僕にとって高め合える存在です」

 ともにホークスのユニフォームで2011年まで9年間一緒にプレーをした。同じサウスポー同士。理論派の和田と、感覚派の杉内は、とても好対照だったが、ともにライバルとして認め合い、そして「負けるものか」と意識をしてきた。

高め合う2人のサウスポー「特別な存在」

 杉内は巨人に移籍後、3年連続2桁勝利やノーヒットノーラン(2012年5月30日、楽天戦=東京ドーム)を達成するなどしたが、その後股関節を痛めて、2年前に右股関節の形成手術を受けた。野球選手には前例のないといわれるほどの大手術だった。

 今シーズンは復活をかけて、一軍のオープン戦に登板した。3月16日、ヤフオクドーム。奇しくもかつての本拠地で、しかも和田と投げ合いを演じた。和田の6回1失点に対し、杉内は4回途中3失点。復帰途上は否めなかったが、福岡のファンにとっては感慨深い試合となった。

一歩ずつ階段を上っていた杉内だったが、開幕後に左肩痛を発症。2年連続一軍登板のないまま今季を終えた。

真剣な眼差しを送る杉内
真剣な眼差しを送る杉内

 8月、筆者はジャイアンツ球場で一度杉内と会った。練習を眺めているとブルペンへと向かった。「お!」と期待をしたが、マウンドのすぐ目の前にネットを設置してそこに投げ込むネットスローを繰り返すだけ。状態が上がっていないことを確信せざるを得なかった。それでも声をかけた時に「僕は元気ですよ!」と力強く返してきた。決して弱い姿を見せない。昔と変わっていなかった。

 野球教室を終えた後、杉内も「子どもたちを指導していて野球の楽しさを思い出したし、久しぶりに4人が揃うことが出来て懐かしかった」と充実感を漂わせた。

「4人で56勝した年がありましたっけ?(05年・杉内18勝、斉藤16勝、和田12勝、新垣10勝) すごいよね。ワッチ(和田)はまだまだ体が元気。オレももう一度元気にならないとね。同級生も減ってきている。もう一度頑張らないと。最後の悪あがきをしたい。それにワッチとはまた投げ合いたい。日本シリーズで、ね」

 杉内にとっても和田毅は刺激をし合い、今でも高め合う特別な存在。持ち前の負けん気にもさらに火がついたことだろう。杉内の再起を多くの野球ファンが待っている。

 来季こそ、必ず――。

※写真はいずれも筆者撮影