Yahoo!ニュース

「すぐに警察へ!」ロマンス詐欺師は被害者を警察に向かわせた 前門の虎・後門の狼の手口でだまされる

多田文明詐欺・悪徳商法に詳しいジャーナリスト
(提供:IngramPublishing/イメージマート)

「20代の頃から、パートやアルバイトをしながら、コツコツと貯めた700万円が、20日足らずの間になくなりました。お金を奪うためだけに、都合よく私の心に寄り添う。人としての感情すらない、血も涙もない行為を思い出すたびに、吐き気を覚えます」40代のA子さんは、苦渋の表情を浮かべて語ります。

今年夏、Instagramで国際ロマンス詐欺師に出会ったことで、彼女の20年間の苦労、将来の夢、すべてがあっという間に刈り取られてしまったのです。

前門の虎、後門の狼でだまされる

このところ、取材をしていてよく聞くのは、SNSで出会った詐欺師が1人でなく、2人以上というケースです。A子さんもそうでした。2人の人物に出会い、まさに前門の虎、後門の狼の狡猾な手口を使われて詐欺のワナにかかりました。

A子さんは、中国人と日本人のハーフを名乗る「高雄」という30代男性から「友達になりたい」とのダイレクトメッセージ(DM)をもらい、友達として繋がります。ほどなくして、LINEでのやりとりを始めます。

「この男性はメッセージの口調が強く、物事をはっきり話して、グイグイと押してくるタイプの人でした」とA子さんは語ります。

まもなくして「あなたと結婚したい」や「ビットコインの投資をしないか」の話が出てきます。しかし彼女は結婚には躊躇ぎみで、暗号資産にも興味がなく、しかも強引に迫るタイプの人は苦手なので、曖昧な返事をし続けます。

それでも高雄は「妻になる人には自分の会社の経理を任せたいので、経済に詳しくなって欲しい。ビットコインを一緒に学ぼう」と強引に迫ってきますので、ますます投資の話を避けるようになりました。それから、1ヶ月ほどが経ち、高雄からの連絡が途絶えます。

「この時、この男がロマンス詐欺師かもしれないとは、思わなかったのでしょうか?」と筆者が尋ねると「SNSやマッチングアプリで出会った異性から誘われてのロマンス詐欺があるということは、確かに知っていましたが、それは軍人、医者になりすました人物が、配送代、飛行機代などの費用を要求するというものでした。まさかこれがロマンス詐欺とは、まったく思いもしませんでした」と彼女は答えます。

いまや国際ロマンス詐欺は様々な形でやってきます。手口を知っているつもりが一番、危険なのかもしれません。

第二の男は、ルー

高雄からの連絡がこなくなるなかで、第二の人物が登場します。

中国人とシンガポールのハーフで、起業家の「ルー」です。

「ルーは高雄とは違い、穏やかな口調でメッセージを送ってきました」(A子さん)

筆者の見方ですが、おそらく強引に迫る人物では、彼女への詐欺は難しいと、詐欺グループは判断したのでしょう。今度は、ソフトタッチな性格の男性になりすまして、アプローチをしてきたと思われます。

騙されるには、タイミングがあるものです。それを詐欺師に見事につかまれたといえます。

彼女には、コロナ禍前に付き合っていた男性がいました。しかし数十万円を貸していたところ、返済せずに行方しれずに。その直後にコロナ禍となり、彼女自身の仕事も減り、気持ちは落ち込んでいきます。そうしたなかで、気持ちを入れ替えるために断捨離を始めます。不要なモノを捨てていくと、しだいに心がスッキリして清々しい気持ちになったといいます。

そこで、出会ったのが2人目の男性ルーでした。

「新たな気持ちに入れ替わったことで、新たな出会いがあった!そう思い込んでしまいました」(A子さん)

彼女は元カレのことを、ルーに話すようになります。

「母からは『あなたが一生懸命働いたお金は、あなたの物!誰にも渡してはいけないよ!』と忠告されていました。しかし、それを私が素直に聞けなかったせいで、コロナ禍前に付き合っていた彼氏に、お金を持ち逃げされてしまった」という話をすると、ルーは共感します。

「辛い思い出だね。でも、それは必ず明るい未来に変えないといけない」

彼女の心に寄り添う話をします。

そしてルーは自分の身上も話します。

「実は過去に事業で失敗して、多額の借金をしたことがある。けれど、自分はビットコインの投資で利益を得て、借金を返し多額の富を得て起業家として成功した」

そして「その成功をあなたに分けてあげたい。ビットコインを始めましょう」と誘ってきました。

「またもや、ビットコインか……」彼女はやんわりと断ります。

しかしルーは、高雄と違って投資を強引には勧めてきません。彼女に考える時間を与えます。それが逆に、彼女がビットコインの投資を始めるきっかけになってしまいます。

ある時、彼女は男に本音を話します。

「日本ではネットで出会う国際ロマンス詐欺が増えていて、良い噂を聞かない。それに、ビットコインに失敗している日本人は多い。だからやりたくない」

ルーはこの言葉を否定せず「そうなのか。私はあなたとすべてを共有して、金銭的に助けてあげたいだけなんだ。それに、自分が詐欺を行っている人に思えますか?」と尋ねてきます。

この辺り、うまい返しです。すでに結婚を意識させられており、この言葉を否定できない状況です。それがわかっての問いかけです。

彼女も「確かにそうは思えないけど…」と答えます。

これ以上疑うと、疑い続けてる自分が悪いかのような気持ちになってきました。ルーからは『世の中は仮想通貨が主流になるから、学んだ方が良い』と言われて。新しい事を学ぶのも大切だし、収入が安定しない不安もあって、スマホに投資アプリ「UPb**」をインストールして始めました」(A子さん)

被害者から提供写真(筆者加工)・インストールした投資アプリ
被害者から提供写真(筆者加工)・インストールした投資アプリ

「疑うことは悪いこと」と思わせながら、自分たちの望む方向へ誘導する手口は、悪徳なカルト集団が相手の心を自分たちの思想に染めるうえでもよく使います。最終的には、信頼している人への「疑いを持つこと自体が罪だ」との思いを持たせて、完全に心をからめとります。

さらなるダメ押しは、誕生日にプロポーズ

ある時、ルーは「一緒に夢を叶えましょう。私の妻になってほしい」とプロポーズをしてきます。

「それが、私の誕生日だったのです。彼に誕生日を伝えていませんでした。しかしその日にプロポーズしてきたことに、本当に驚きました」(A子さん)

そして彼女が「今日が誕生日である」ことを伝えると、彼も驚いた様子で「おめでとう!」のメッセージを繰り返し、送り続けてきます。

彼女は感激して、運命を感じます。ここから一気に詐欺の術中にはまります。

これは詐欺でよく使われる手口です。おそらく、ルーと高雄は同じ詐欺グループで、すでに第一の男・高雄とのやりとりのなかで、彼女の誕生日がグループ内で共有されていたと思われます。

彼女は、高雄という「虎」から逃れたはずでしたが、その後ろには、ルーという「狼」に待ち伏せされていたのです。

彼女はルーからの指示を受けて、国内の銀行口座にお金を振りこみます。するとその金額分が投資サイト上に反映されます。そしてビットコインで投資をしていくと、お金が増えます。

彼からは、さらに資金が必要と言われます。次々に送金して、彼女が全財産700万円を投じた頃には、サイト上の金額は1000万円を超えていました。そして、彼女はサイトに、引き出し依頼をかけます。

この時の心境を彼女は吐露します。

「彼の期待に応えて、儲けなければ……と、必死でした。でも、お金を振り込むたびに胸が苦しくなりました。稼げることよりも、早く取り引きを終わらせたかった。早く自分が振り込んだお金を銀行に戻したい気持ちでいっぱいで、毎日が不安でした」

しかし、こうした苦しい心に詐欺師たちは、さらなる追いうちをかけてきます。

「お金を引き出すためには、税金として300万円が必要です」

第一の男が再登場

一向にお金が引き出せない状況に、彼女は詐欺を疑います。

一時期、音信不通だった第一の男・高雄は、時折、メッセージをくれていましたが、ルーとうまくいっていたこともあり、返事を出さずにいました。

しかし、詐欺に遭ったかもしれないと思っていた頃、またもや高雄から連絡があり、今回の件を伝えました。そして、投資アプリでの取引画面の写真を送ると、返事があります。

「この取引所は偽物です。あなたは、だまされました!残念ながらあなたの資産は一銭も戻って来ません」

彼女は、この言葉に愕然とします。

高雄は「すぐに警察に連絡してください!」と言います。

しかし「警察に行けば、家族にも被害が知られてしまう……」と、彼女は躊躇します。しかし、高雄は「私はあなたの傍にいます。あなたを愛していますから、大丈夫です」と励まします。

彼女は勇気を出して、警察に向かいます。しかしながら、被害届を受理されるまでには、至りません。弁護士にも相談したそうですが、返金は難しい状況を伝えられます。

なぜ、詐欺師自ら、彼女に警察へ行くように仕向けたのでしょうか?

それは「警察署の多くが、ロマンス詐欺の被害届を受け付けず、捜査をしない」という日本の事情を、海外の詐欺グループがよくわかっているからだと考えます。まさか、警察に行くように話す人物が詐欺師とは、被害者は思いません。そこが狙いです。

高雄に警察、弁護士に相談した件を伝えると「あなたの資産をなんとしても、取り戻しましょう!あなたの力になります!」と励ましてきます。

「この時の高雄の言葉が、とても力強く感じました」と、A子さんは話します。

彼女も「泣き寝入りするわけにはいかない!」と伝えると、高雄は「その通りだ!どうしてもお金を戻さなければならない!」と言います。

それからしばらくして、高雄は「ビットコインの投資をして取り戻そう!」という話を再びしてきます。

「200万円を準備してください。私が、あなたの資産を必ず10日で取り戻してみせます!」と、虎の牙をむき出してきたのです。

しかし、高雄に心を寄せていた彼女はその虎の姿に気づかず、真剣に悩みます。

お金を出すべきかどうか……。高雄は、何度も同じ話を持ち掛けてきます。

揺れ動く気持ちのなかで、彼女は筆者に連絡をとってきました。

絶望からの立ち直りには、時間がかかる

筆者は被害の概要を聞き「絶対に、これ以上はお金を払わないように」と伝えました。そのうえで「弱っている被害者に寄り添い、助けたフリで金を無心する、ハイエナ詐欺」が起きている実情も話しました。まずは、彼らのメッセージを見ないことを勧めました。

数週間、彼女は一人で考える時間を持ち、ようやく自分自身の心を整理できるようになりました。

「コロナ禍で収入が減り、将来が不安になるなかで『力になりたい』『収入を助けたい』の言葉に、だまされたように思います。詐欺に関してもっと、色々と知っておけばよかったです」(A子さん)

聞き取り取材を続ける中で、彼女は詐欺に遭ったことを打ち明けた友人との会話を話してくれました。

「『元カレに裏切られて立ち直って、断捨離に励んだら、今度はロマンス詐欺師に遭う。ついには、モノだけでなく、お金まで断捨離をする羽目になるとは!』と自虐的な話をすると、それを聞いた友人は『ほんまや!うまいこと言うたな!』と、笑って受け流してくれました。この時、私も笑ってしまいましたが、心が前に進めたような気持ちになりました」

これから先、詐欺に遭わないためには、何でも言える人が身近にいることが何より大切です。本音を漏らして、心から笑ってもらえるような友達がいれば、もう大丈夫だなとの思いを筆者は持ちました。

詐欺に遭ってからの立ち直りは本当に辛いことばかりですが、未来への一歩を踏み出した彼女の姿に、希望の光がすっと差し込んできた気がしました。

詐欺・悪徳商法に詳しいジャーナリスト

2001年~02年まで、誘われたらついていく雑誌連載を担当。潜入は100ヶ所以上。20年の取材経験から、あらゆる詐欺・悪質商法の実態に精通。「ついていったらこうなった」(彩図社)は番組化し、特番で第8弾まで放送。多数のテレビ番組に出演している。 旧統一教会の元信者だった経験をもとに、教団の問題だけでなく世の中で行われる騙しの手口をいち早く見抜き、被害防止のための講演、講座も行う。2017年~2018年に消費者庁「若者の消費者被害の心理的要因からの分析に係る検討会」の委員を務める。近著に『信じる者は、ダマされる。~元統一教会信者だから書けた「マインドコントロール」の手口』(清談社Publico)

多田文明の最近の記事