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なぜ、詐欺師は「もうダメだ。だますのは、あきらめた」と、わざわざ笑って言ってくるのか。

多田文明詐欺・悪徳商法に詳しいジャーナリスト
(写真:アフロ)

令和元年の詐欺被害総額は、約315億8千万円で、1日辺りの被害はいまだ8600万円を超えています。これだけの被害が起きているのは、何といっても詐欺の進化があります。警察などの対策が施されればされるほど、手口は巧妙化していきます。

「もうダメだ。(詐欺がばれちゃってるよね)だますのは無理だから、あきらめたよ。でも、どこから詐欺ってわかっていたの?」

お金を騙し取ろうとする電話をかけた最後に、詐欺師はわざわざこのような言葉を相手に投げかけます。

何のためにこの言葉を話すのか、わかるでしょうか。

これは詐欺電話をかける際のマニュアルにある文言です。

(※入手先を特定されないため、マニュアル内の言い回し、文言を一部、変えています。)

犯罪グループは詐欺を行うにあたって、まずアポ電(アポイント電話)といわれる事前電話をかけて「相手が騙しやすい人なのか?」「資産はどのくらいあるのか?」「家族と同居していないか?」などを把握してきます。そのうえで、お金をだましとるための本格的な詐欺電話をかけます。

オレオレ詐欺では、入手した名簿をもとに孫の名前を騙り、電話をかけます。

「オレ、ヒロシだけど。おばあちゃん、元気?」

「ああ、元気だよ」

「今、一人?」

「そうだよ」

「今、新型コロナがはやっているから、なかなか外に出かけられないよね」

「ああ」

「実は、話したいことがあるんだけど。また、かけるから相談にのってね」

「わかったよ」

そういってものの数分で電話を切ります。

このアポ電により「高齢者が一人でいること」「孫のヒロシであると信じている」「相談にのってくれる優しいおばあちゃん」であることを把握します。

これにより、詐欺のターゲットにされてしまい、次に、詐欺を実行するための本電話がかかってくることになります。

今、こうしたアポ電は数多くかかってきており、警察庁の発表では、令和元年4月~12月にかけて、9万件を超える「アポイント電話」がありました。これは詐欺の電話だと見破って、警察に通報してきた数ですので、実数はさらに多いと思われます。

先の文言は、こうした通報を1件でも減らす目的があるのです。

詐欺グループは、入手した名簿を見ながら、特定の地域に狙いを絞り、次々に電話をかけます。その時、一帯で不審電話の通報が多発すると、その地域への警察による警戒が強まり、詐欺がしづらくなってしまいます。それゆえ、詐欺をする側としては、少しでも通報を減らしたいと思っているので、「詐欺ばれちゃった、もうダメだ」といった話をしてくるのです。

マニュアルをもとに話すことで、次のような話の展開になります。

「もうダメだ。詐欺はバレてるよね」

「ああ」

「だよね。お母さんをだますのは無理だとわかったよ。ハハハ」

こちらが半笑いで話すことで、詐欺の電話を受けていた女性も笑わせるように仕向けます。

「でも、どこらへんで詐欺だと気づいたの?」

「途中でお金の話が出たでしょ。それに、息子の声とちょっと違うかなと」

女性がどこで気づいたかを、得意げにさせながら説明をさせます。

「なるほど。さすがだね。これじゃ、お母さんは、絶対に詐欺に引っ掛からないね」

「もちろん」

「次に電話をかけても、ダメそうなんで、詐欺の名簿から消しておくよ」

そう言って、詐欺師は電話を切ります。

こうしたやりとりをすると、多くの人は「よしよし。詐欺師を撃退してやった。自分は大丈夫」という満足感から、警察への通報をしなくなりがちなのです。これが狙いです。

詐欺の話をしても、言葉が相手に刺さらず、疑って聞いている。数多くの詐欺電話をかけている人間からすれば、相手の口ぶりから、それがすぐにわかります。しかしここでブチッと電話を切ったのでは、警察に通報される可能性は高くなります。

そこで、先のような話の展開に持っていくのです。

アポ電の巧みさは、次のような詐欺被害をもたらすこともあります。

だまされたふりをしてもらえませんか?

11月に広島に住む80代女性のもとに、警察を騙って「この地域で、特殊詐欺の被害が多く起きています」と注意を促す電話がかかってきました。さらに「不審な電話があれば連絡をください」と電話番号を告げられます。

これはアポ電です。

おそらくこの電話を受けて、女性は相手が警察官であることを信じて、しっかりと相手の連絡先をメモしてしまったのでしょう。

翌日、女性のもとに、孫を騙って「2千万円が必要になった」というオレオレ詐欺の電話がかかってきます。「これは詐欺だ」と思った女性は、前日に教えられた番号に電話をかけると、偽警察官は「だまされたふりをして、犯人を捕まえたい」と捜査協力の依頼をしてきます。

これは、実際に警察が犯人検挙のために行っているもので、詐欺の電話にのったフリをして犯人をおびき出して逮捕する「だまされたふり作戦」です。

この時、偽警察官は「お金は全額戻します」と安心させたうえで、女性が犯人逮捕の協力に同意すると、300万円を用意させ、偽孫の指示通りに宅配でお金を送らせます。しかも、「犯人を逮捕しました」という電話をかけて、後フォローまでする用意周到ぶりです。

こうした手口の起こる背景には、アポ電の巧妙さがあります。

「警察を装い電話をかけて、嘘の通報先を伝える」のがアポ電です。翌日に、孫を装い電話をかけ、女性へ連絡先に電話をかけるよう巧みに誘導しましたが、ここで行われた「番号を伝えて、電話をかけさせる」手口は、振り込め詐欺に共通するものです。

今、SMS(ショートメッセージサービス)や葉書、封書を使っての架空請求が数多く送られていますが、そこには「未納料金があるので、払うように」「財産を差し押さえます」などの文面と共に、詐欺師につながる番号を載せています。それを見て慌てた人が問い合わせのために電話をかけてしまい、騙されます。

今回のだまされたふり作戦を悪用した詐欺でも、番号を口頭で伝えて電話をかけさせており、詐欺の手口はつながっているのです。

裏を返せば、マニュアル化された詐欺に共通する手口を知ることで、私たちは身を守ることができるのです。

詐欺・悪徳商法に詳しいジャーナリスト

2001年~02年まで、誘われたらついていく雑誌連載を担当。潜入は100ヶ所以上。20年の取材経験から、あらゆる詐欺・悪質商法の実態に精通。「ついていったらこうなった」(彩図社)は番組化し、特番で第8弾まで放送。多数のテレビ番組に出演している。 旧統一教会の元信者だった経験をもとに、教団の問題だけでなく世の中で行われる騙しの手口をいち早く見抜き、被害防止のための講演、講座も行う。2017年~2018年に消費者庁「若者の消費者被害の心理的要因からの分析に係る検討会」の委員を務める。近著に『信じる者は、ダマされる。~元統一教会信者だから書けた「マインドコントロール」の手口』(清談社Publico)

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