「老後に2000万円」はたった1年で40%ダウンし「老後に1200万円」に縮小していた怪
2019年の「裏流行語大賞」だった「老後に2000万円」問題
あの頃の騒動はもう忘れてしまっても「老後に2000万円」というキーワードはまだ記憶に残っているのではないでしょうか。
金融庁が2019年6月に公表したレポートの記載のちょっとした一文が選挙前もあって政争の具として炎上、さらにマスコミやSNS投稿などで大きく拡散されたものです。
国民の認知度を考えるとこれは流行語大賞ものだったわけですが、最終候補にすら残らないという意外な結果となりました。たぶん、報告書を受け取らなかった麻生大臣が流行語大賞のトロフィーを受け取ってくれるわけがないという「忖度」があったのかもしれません。
ちなみにこのレポート、大臣が受け取らなかったとしても金融庁のホームページには今もしっかり掲載されています(情報開示の姿勢としてはとても大事なことです)。
改めて読み返してみると、レポートの前提となった議論はちゃんとしているし、「老後に2000万円」は2カ所にしか出てこないし、さらに「この金額はあくまで平均の不足額から導きだしたものであり、不足額は各々の収入・支出の状況やライフスタイル等によって大きく異なる。」と断っていることが分かります。
あくまで一例としてあげた数字だったのに、そこだけが切り取られて一人歩きしてしまったのは、実にもったいないことだったと思います。
金融庁 金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」
人生100年時代、毎月5万円の不足も積み重ねれば2000万円という話だが
ところで、この「老後に2000万円」の元となったデータは2017年の家計調査年報(総務省)をベースにしており、数字の内訳は以下のとおりです
高齢夫婦無職世帯(いわゆる年金生活世帯)
支出合計: 263,717円
(消費支出 :235,477円)
(非消費支出:28,240円)
収入合計: 263,717円
(公的年金等社会保障収入:191,880円)
(その他収入(仕事や企業年金等):17,318円)
(不足(取り崩し) 54,519円)
これに「人生100年時代」を想定して30年を単純計算すると
月54,519円×12×30年=1963万円
となるわけです。なるほど2000万円が老後に必要ということです(なお、報告書では「約5万円×約30年」としている)。
ところが、実はこの数字、最新データではずいぶん違ってきているのです。しかも40%もダウンしている、としたらどうでしょうか?
2019年の家計調査年報では「月の不足」は40%ダウン!
令和元年(2019年)の家計調査年報では、同じ年金生活者夫婦の家計はこうなっています。
高齢夫婦無職世帯
支出合計: 270,929円
(消費支出 : 239,947円)
(非消費支出:30,982円)
収入合計: 270,928円(端数処理の関係で収入合計とは1円異なる)
(公的年金等社会保障収入:216,910円)
(その他収入(仕事や企業年金等):20,749円)
(不足(取り崩し) 33,269円)
総務省 家計調査報告(家計収支編)2019年(令和元年)平均結果の概要(2020年3月17日掲載)
たった2年でなんと、不足額が40%ダウンしてしまいました。この数字で先ほどの計算をし直してみると
月33,269円×12×30年=1,198万円
まで下がってしまいます。「老後に2000万円」はなんと、「老後に1200万円」になってしまったわけです。
「いやいや、『老後に2000万円』と脅されて、高齢者も家計を切り詰めたんでしょう?」という意見もあるでしょうが、2年前の数字と比べ、家計の支出は減るどころか増えています。
統計にはどうしてもブレが出てしまいますが、過去を遡っても、実はこの数字けっこうふらふらしていることが知られています。
長い目で見て「公的年金だけでは老後の収支は不足している」ことは間違いないのですが、国民の実態を正確に捉えるというのはなかなか難しいことなのです。
「老後にいくら必要か」はパズルの変動要素が大きいことを知っておきたい
今回のコラムは「データに踊らされて騒いだマスコミや国民はバカだ」という話をしたいのではありません。むしろ昨年の騒動により「公的年金ではちょっと足りない部分は、自分で現役時代にしっかり貯めてリタイアを迎えなければいけない」というお金の常識が強烈にメッセージされたことは有意義だったと思います。
(ただし、ここで公的年金批判をあわせてた人は話をずらしている人です。そもそも公的年金は日常生活費を保障するものであって、それは現状でもおおむねまかなえています。毎月の不足額はおおむね娯楽費や交際費に相当しているからです。そして、長生きする限り無条件で終身給付するという保障が約束されていることが公的年金のもっとも重要な意義です)。
しかし、将来の予測をするのはかなり難しいものだ、ということは考えておいたほうがいいでしょう。何せ「準備期間に20~40年くらいかける」「取り崩し期間は30年以上に及ぶこともある」という超長期のマネープランを個人が行うことは歴史的に見ても人類が経験したことがないチャレンジだからです。誤差が生じることは当然ですし、適宜修正をしていくことも必要になります。
例えば、下記の要素を数字を入れ替えるだけだけで、老後の取り崩しに必要な金額やそのための準備額も激変します。
- 老後の取り崩し額の増減や変化(例えばリタイアから10年くらいはもっと取り崩すが、後期高齢期には取り崩し額が減少するなど)
- さらなる健康寿命の増進(もっと長生きになれば必要なお金が増える)
- 現役時代のインフレ率(老後の必要額を上方修正していく必要がある)
- 老後のインフレ率(預金金利よりも物価上昇率が高まれば、実質価値が目減りする)
- 年金収入以外の負担増要因とその時期(消費増税、医療保険や介護保険の自己負担増などがあれば支出増要因になる)
- 引退年齢の高齢化(75歳引退なら老後期間は10年短く、準備期間は10年増える)
- 個人の働き方や家族構成による公的年金受給額(特にお一人様はここまでのモデルにまったく合致しない)
- 会社の退職金・企業年金額(老後の準備額に合算できる)
それぞれ人生の途中で変化することもしばしばです(転職したら退職金額の見込みが変わるなど)。老後の準備目標額を考える方程式はいくらでも変化しうるのです。
実際、「老後に5万円どころか15万円くらい取り崩さないと足りない」という人がいて、「60歳で引退したい」し、「人生100年どころか110歳くらいまでの長生きには備えたい」「老人ホームは高いところで快適に過ごしたい」とか条件を加え始めると「老後に1億円」という人も現れたりします。
逆に「75歳まで働く」「増額された公的年金で生活費も教養娯楽費もまかなえる(取り崩しほぼゼロ)」という人があれば、「老後に0円」でもやりくりできます(実際には臨時支出があるのである程度の預貯金は欲しいところですが)。
昨年、あれだけ騒いだのですから、個人差、条件によって「老後にX000万円」は一様ではないということを今年はインプットしてほしいと思います。
そして、「老後に向けた資産形成をがんばった人ほどなんだかんだいって老後は楽になる」「老後にやりたいことがある人は、NISAやiDeCoを活用してお金を貯めて損をすることはない」ということだけは金額によらず間違いないといえるでしょう。
追伸1
「老後に2000万円」5つの誤解、5つの対策については
下記にまとめています。ご参考まで。
マネー現代 老後2000万円問題で「金融機関のカモになる人」たちの5つの誤解
衝撃! 老後2000万円問題で「金融機関のヤバい営業」が始まった
心配ご無用、老後に「2000万円」なくても食うに困ることはない
追伸2
友人の谷内陽一氏がほとんど同じネタでコラムをひとつ仕上げていたことに掲載直前に気がつきました。
生活経済研究所長野 7/16 去年は2,000万円、今年は1,200万円!?
入り口は同じでも、その後の展開は異なるコラムですので、こちらもあわせてご覧ください