大江千里と小室哲哉にみる100年人生時代の生き方

ふたりのミュージシャンの生き様から私たちは何を学べるか(写真はイメージです)(写真:アフロ)

対照的な人生を送る大江千里と小室哲哉

1980年代の音楽シーンはEPICソニーに所属するアーチストが牽引していたところがあります。いわゆるニューミュージックです。渡辺美里の「My Revolution」、TMネットワークの「Get Wild」は今でもよくBGMで流れます。大江千里や佐野元春、バービーボーイズに岡村靖幸など、次々と人気アーチストが現れました。

この中で、対照的な人生を送っているのが大江千里と小室哲哉です。

大江千里は、現在57歳。「十人十色」「YOU」「ありがとう」「格好悪いふられかた」などのヒットソングを次々世に出したシンガーソングライターでしたが、47歳でいきなり国内での音楽活動を停止、ニューヨークにジャズを学びに音楽学校に入学し世間を驚かせました。今ではアメリカに拠点を置き、ジャズピアニストとして楽しく活動しつつ自身のオフィスをかまえて音楽活動を切り盛りしています。

小室哲哉は、現在59歳。TMネットワークで活動後、女性ボーカルに曲を提供するプロデュースを積極的に展開、trf、globe、華原朋美、安室奈美恵など「小室ファミリー」と呼ばれ、その曲を聴かない日がないほどでした。その後ブームが終了後、著作権料に関する詐欺事件の被告となったり、音楽活動とは違う面で世間を騒がせたこともありました。近年、新しいペースで仕事をしていましたが、妻の介護と自身の健康不調、これに加えた創作上の悩みに追い打ちをかけるように不倫疑惑が生じ、引退表明を記者会見で行っています。

私自身が団塊ジュニア世代なので、中高生の頃にEPICソニーの音楽を浴びるように聴いていました(実はFP業界きっての大江千里ファンでもあります)。社会人になってからはカラオケで小室ソングを歌わない人はない日々でした。ですから、今この二人の生き方は対照的なものに見えていました。

先日、東洋経済オンラインにおいて、大江千里が小室哲哉と自分の人生について語ったインタビュー記事が掲載されていました。これがまたよくふたりの距離感や人生における課題と乗り越えるためのヒントを語っていて、よい記事でした。

「大江千里、47歳で始めた僕の「ライフ・シフト」 |東洋経済オンライン

そこで、私もファイナンシャルプランナー目線で、この問題についてコラムをひとつ書かせてもらえればと思っています。

(ここまで敬称略で記事を書いていますが、最大限の敬意を払いつつ、歌手について個人が語るときのように敬称略としています。ご了承ください。文体をいろいろ試しましたが「さん」づけや「氏」づけで距離を置くより、このままのほうがメッセージがしっくり伝わると思います)

現役時代が50年を超える時代のキャリアは「強み」の獲得と「リデザイン」が必要になっている

小室哲哉と大江千里に共通するのは「仕事」の変化だと思います。小室哲哉は自分のユニットで男性ボーカルの曲を展開するところから、女性ボーカルを中心に展開する仕事のリデザインが成功し、一時代を築きました。時代の流行が変化し宇多田ヒカル他がヒットチャートを占めるようになったあと、苦労をしていますが、才能をこれだけ活かしたミュージシャンはそうありません。しかし引退会見では創作上の苦労を打ち明けています(でも、最新作である仮面ライダービルドの主題歌はかなりいい曲だと思います。うちの子どもは毎日歌っています)。

大江千里も年を重ねるうちに純粋なラブソングが作れなくなってきたという悩みを抱えていたそうです。もともと心の底に秘めていたジャズピアニストへの思いを軸に「学び直し」という方法で仕事をリデザインすることにしました。若者と共に学校に通い、自分と年齢の変わらない先生から教わるという驚くべきチャレンジを成功させ、新しいキャリアをそこに見つけています。(ただ、本人は曲が作れなくなった悩みを語っていますが、私は後期のアルバムは大人の恋愛や人生の諦観に触れるようになっていて大好きです。このままシンガーソングライターを続けていたらなあと思うことも時々あります)

このふたりから私たちが学ぶヒントは、長い人生を通じた「働き方」の難しさです。人生が100年時代に変わろうとしているとき、「同じ仕事」「同じ働き方」で50年を稼ぐことは難しくなっていきます。また、年齢に従って年収が上がっていくとは限らず、若いときにたくさん稼げてその後ピークアウトすることもこれからは増えていくでしょう。

このふたりに「働き方」で学ぶことがあるとすれば、自分の「強み」は活かしつつ、「リデザイン」はためらわないことでしょう。

個人においては、たとえば「職種の適性」は見極めつつ、

  • 「隣接した業務もできるよう資格を取ってジョブチェンジする」
  • 「勤務先の業界が傾きはじめたら、適職種を武器に伸び盛りの業界に転職する」
  • 「体力(長く働く)で稼ぐ方法から、賢く働く(短く高付加価値で働く)にうまく切り替えていく」

などの方法が考えられます。

大江千里がそうであったように、「学び直し」は大きな武器になることがあります。これは書籍「LIFE SHIFT」も指摘している方法のひとつです。

自身の健康、介護問題と100年人生時代の生き方

必ずしも仕事に全力を注げない可能性があるとき、それをどうやりくりするかは、100年人生時代において考慮しなければいけないテーマのひとつです。最近ようやくスポットライトが当たってきたのは家事と育児が女性に負担の重い状況の改善でしょう。いわゆるワンオペ育児問題です。共働きで夫婦ともに働いているのになぜか女性だけしわよせが来ている状況について、家庭内だけではなく、仕事場の対応も広がり始めています。

小室哲哉の苦労から学ぶべきヒントは、家族の介護が必要になったとき、また自身の健康を害してしまったときどう生きていくか、という問題かもしれません。既報を確認した範囲では、妻の介護の負担に伴いパートナーシップ関係に変化が生じたことや、自身がC型肝炎や突発性難聴の闘病をしていることの精神的負担の大きかったことを告白しています。

長い人生を送るようになれば、私たちは一時期闘病をしながら仕事のほうは控えめにしたり(あるいは休んだり)、家族の介護をするための一定期間、働き方をセーブしたり家族とシェアしたり、必要に応じて外部の手助けを借りることを考えていく必要があるはずです。もしかしたら、

私は小室哲哉の今回の問題は、不倫というよりはメンタルの不安定な状態で精神的な癒やしの時間やリラックスの欠如を補う手段であったように思います(本人も、噂の女性とは性的関係を築けるような体調ではなく、精神的な支えを期待していたことを吐露しています)。自身および家族の健康や介護の問題は、メンタルの問題でもあるわけです。

誰でも、現役時代に介護と向き合う時代になっています。介護保険等の社会保障サービスを活用しつつ、さらにそれでも補えない苦しさをどうカバーしていくべきなのか、考えていく必要があるわけです。

生活水準のコントロールと100年人生時代の生き方

大江千里が東洋経済のインタビューに答えているなか、興味深かったのは、過去の生活水準の維持にまったくこだわっていないことです。東洋経済の記事ではかつては周りが新幹線の移動時にグリーン車を手配していたが、今ではご褒美でときどきグリーン車に乗るくらいだと述べています。しかしそれは生活水準のダウンではなく、アメニティサービスがつかなくなったようなものだとして、むしろそうした生活スタイルを楽しんでいることが伝わってきます。

これは私の予想ですが、ヒットを重ねて超多忙であった時期に比べて、生活コストを相当コンパクトに抑えているのではないかと思います。これは家計管理上も重要な観点で、100年人生時代に、年収の増減があったとき、今の自分に合わせた生活支出をコントロールできるのは大きな強みです。

例えば年収が下がったとき、安い部屋に引っ越しをしたり、ぜいたくな食生活を控えめにしたり、服や靴のグレードを下げることをためらわずにできる人はとても強い力を持っていることになります。

逆にいえば、小室哲哉が苦労しているのは生活水準のコントロールだったのかもしれません。過去の報道を見る限り借金をしている状況が伝えられましたが、彼の年収が一般の会社員を下回ったことはないはずです。今設定されているランニングコストとそれを維持するための収入とのバランスが崩れたとき、調整をしていくことが人生100年時代のカギかもしれません。

ちなみにこの課題、現役生活を終えて年金生活に入るなら、誰でも通らなければいけないテーマです。絶対に現役時代と同じ消費を年金生活では実現できないからです。そこで腐らず、むしろリーズナブルな生活を楽しめる人は、長い年金生活をローコストで楽しめるようになるのです。

60歳での引退は100歳人生時代に早すぎる

もうひとつ、「引退年齢」という問題もファイナンシャルプランナーとしては指摘してみたいテーマです。小室哲哉が本当に引退したとすれば、これは60歳を前にしたアーリーリタイアメントです。65歳まで働くことが前提とされている社会(継続雇用は65歳まで雇用義務があるし、公的年金の受給開始年齢は原則65歳になっている)において、あまりにも早すぎる引退年齢です。

一方で大江千里は体力の続く限りマイペースで働き続ける人生を選択しているように思えます。自分のレーベルを持ってCDを販売したり(ジャズデビューアルバムは直接通販すると全員に直筆サインつきで本人が発送していました)、iTunes等への配信も自分で契約に関わっているように見えます。新しい働き方のスタイルも見いだし、たぶん元気でいる限り、ずっと活動をし続けていくのでしょう(ファンとしてはもちろん期待しています)。

100歳を人生で考えたとき、実は65歳引退でも早すぎる年齢になっています。セカンドライフの年数を考えるとき、35年というのはいかにも長すぎるからです。2018年の今から35年さかのぼると、1983年ですが、大江千里のデビューシングルが1983年、TMネットワークのデビューシングルが1984年です。その頃年金生活に入った人が今もまだ元気でいるような超長期間にわたる「老後」を想像できるでしょうか。

長すぎる老後は、個人のお金の事前準備のハードルを高くしますし、年金生活に入ってから毎年取り崩していい予算額も少なくします。1000万円の退職金で老後が10年しかなければ公的年金に毎月8万円上乗せできますが、35年も老後があれば3500万円を確保して毎月8万円を維持するか、1000万円を毎月2.4万円ずつの取り崩しでガマンするしかなくなります。

もちろん努力をする必要があるとはいえ、現役時代にせっせと貯金をして老後の準備金を増やすのには限界があります。せめて老後が20~25年であれば現実的なやりくりも可能になるでしょう。つまり小室哲哉の引退年齢は100年人生時代の引退年齢とするべきではないのです(彼に十分な経済的余裕があれば別ですが、少なくとも普通に働ける健康状態にある会社員が設定するべき年齢ではありません)。

すでに述べたとおり、働き方は柔軟に変化させていくことが必要です。体力頼みの仕事、長時間ワークすることによるアウトプットは60歳代では難しくなりますから、働き方を変えたり、場合によっては年収が減少することも受け入れつつ、長く働くことを考えていくことが求められていくことでしょう(まさに大江千里の指向しているスタイルです)。

100年人生の生き方を学ぶヒントがこのふたりにある

昨年は「LIFE SHIFT」という書籍がベストセラーになりましたが、「100年人生時代」というキーワードがメディアにあふれるようになってきました。

私も以前から「90歳の人生は絶対に考えよう」とマネープランを訴えてきましたが、むしろ100歳まで考えるよう話ができるようになり、耳を傾けてもらえる土壌ができてきたと感じています。

もしかしたら、大江千里と小室哲哉の対照的な生き方は、100年人生時代の生き方を考えるヒントが詰まっているのかもしれません。今アラサーからアラフォーの世代は懐かしいアーチストの生き様から、自分の生きるヒントをみつけてみてください。

私はおそらく、小室哲哉は一定期間の休息をもってまた活動を再開するのではないかと思います。いつかそのときの活動を楽しみに待てればと思います。