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カナダで最賃時給15ドル求める労働者の声、ケベック州ではメーデーに賃上げ:女性の経済力改善への期待も

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
メーデーに合わせてデモをする市民。ケベックシティ。筆者撮影

 5月1日に労働者の日「メーデー」を迎えたが、カナダで最低賃金の動向が注目を集めている。米国では最低賃金15米ドル(約1,646円)を求める労働運動「ファイト・フォー15」が展開されてきたが、ここカナダでも最低時給を15カナダドル(約1,282円)に引き上げるよう求める声が出ているのだ。また最低賃金水準で働くのは女性をはじめ脆弱性が相対的に高い労働者が少なくなく、賃上げがこうした人々の収入、ひいては生活の改善につながることが期待されている。

■オンタリオ州では2019年に最低賃金が15カナダドルに

 カナダでは最低賃金は州ごとに決められている。5月1日付の最低時給を州別にみると、東部オンタリオ州が14カナダドル(約1,196円)と国内で最も高い。これに西部アルバータ州が13.6カナダドル(約1,162円)で続いている。(4月30日付ラジオ・カナダ)

 さらに東部ケベック州政府は4月30日付の声明で、5月1日日付で同州の最低賃金を1時間当たり12カナダドル(約1,025円)に引き上げると明らかにした。従来の最低賃金から1時間当たり0.75カナダドル(約64円)引き上げる。これにより、州内の労働者35万2,900人(うち女性は21万4,300人、男性13万8,600人)が恩恵を受ける見込みだという。

 ケベック州政府は「今回の最低賃金の引き上げはケベック経済の活力のポジティブな効果を示すものだ」と強調とともに、「雇用と企業競争を阻害しないようにしながら、われわれは労働者の生活の質を改善するための努力を継続する」とする。

 その上、オンタリオ州では2019年に最低時給が15カナダドルに引き上げられる予定だ。

■ケベック州でさらなる最賃引き上げ求めるデモ

メーデーに合わせてデモをする市民。ケベックシティ。筆者撮影
メーデーに合わせてデモをする市民。ケベックシティ。筆者撮影

 オンタリオ州以外の州でも最低時給を15カナダドルに引き上げることを求める動きが出ている。

 5月1日に最低賃金の引き上げが実施されたばかりのケベック州では同日、メーデーに合わせて州都ケベック市で開催された労働者によるデモと集会において、最低時給をさらに引き上げ15カナダドルにするよう要求する声が上がった。

メーデーに合わせた集会に参加する市民。ケベックシティ。筆者撮影
メーデーに合わせた集会に参加する市民。ケベックシティ。筆者撮影

 デモはケベック市の中心部を移動し、その後に集会が実施された。参加者からは、最低時給15カナダドルを実現することに加え、社会福祉や教育などへの公的部門からの支出を増やすことより各差の是正や経済的な平等を促すことを求める意見が出た。

■雇用者側からは否定的な声も

メーデーに合わせてデモをする市民。ケベックシティ。筆者撮影
メーデーに合わせてデモをする市民。ケベックシティ。筆者撮影

 労働者側が最低賃金の引き上げを求める中で、産業界はこれをどうとらえているのか。実のところ、外食産業をはじめとした産業界からは、これに批判的な声も出ている。

 例えば、カナダ独立系企業連盟(FCEI)は1月17日付の声明で、「ケベック州政府による最低賃金の引き上げは多数の中小企業にとって痛手となる上、雇用に悪影響を与える」と指摘した。

 また、ケベック州のカフェのオーナーはラジオ・カナダの取材に対し、「フランチャイズ料が値上がりしているし、家賃も上がり、すべてのコストが増えている」と漏らす。サンドイッチチェーン「サブウェイ」を同州の22カ所で運営する経営者も、最低賃金の引き上げについて「明らかに痛手となる」と語る。(4月30日付ラジオ・カナダ)

■研究機関は賃上げ効果を指摘、女性への影響に注目

 最低賃金の引き上げについて、専門家はどうみているのか。

 4月30日ラジオ・カナダによると、社会経済情報研究所(IRIS)の研究者、ピエール=アントワーヌ・ハーベイ氏は、「低賃金労働者のための最低賃金の引き上げは、ケベック州の全ての地域にプラスの影響を与える」と指摘する。その上、「最低賃金の上昇は各世帯にとって可処分所得の増加にもつながる。企業にとっては追加的なコストがかかることになるものの、世帯が支出できる現金が増えることになり、経済的な循環はより加速するだろう」と説明している。

 同時に、最低賃金の引き上げは、男性よりも賃金が低く、かつパートタイム労働が少なくない女性労働者にプラスの影響を与えるとみられるため、男女間の経済格差の是正につながることが期待されている。

 カナダでも男女の賃金格差があり、女性の経済的エンパワーメントが課題となっている。 ケベック州の例を見ると、同州の全産業の平均賃金は2017年時点で1時間当たり24.94カナダドル(約2,131円)だが、男女別では女性が同23.58カナダドル(約2,015円)であるのに対し、男性は同26.25カナダドル(約2,243円)で、男性のほうが高い。その上、女性はパートタイムで働いている人が少なくない。ケベック州では女性の4人に1人はパートタイムの労働者だが、パートタイムの女性労働者の半分は時給15カナダドル以下の賃金で就労している。(ケベック州立統計研究所「Etat du marche du travail au Quebec 2017」、「Les femmes et le marche du travail au Quebec en 2017」) 

 他方、最低賃金はあくまで“最低“の水準であり、実際にはこの水準の賃金では余裕のある暮らしは難しい。だからこそ最低賃金の引き上げは、女性労働者をはじめとした収入の相対的に低い労働者の収入改善と経済格差の是正において重要な意味を持つのだ。

 だが、前述のように産業界からは最低賃金の引き上げに反対する声もあるのは確かだ。カナダで今後どのように最低賃金が動いていくのか。それが産業界、そして女性をはじめとする低賃金労働者にどう影響するのかが注目される。(了)

研究者、ジャーナリスト

東京学芸大学非常勤講師。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程に在籍。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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