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ベトナムの若者の未来を変える「KOTO」(1)「最も困難な若者」に生きるスキルを、職業訓練を無償提供

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
KOTOの訓練生たち。様々な境遇の若者が職業訓練を受けている。(KOTO提供)

 今年もそろそろ終わりという時期、ベトナム統計総局(GSO)が12月27日に発表した同国の2017年の国内総生産(GDP)伸び率は前年比6.81%となり、政府目標の6.7%を超えた。輸出が経済全体を押し上げたといい、ベトナムの経済成長ぶりを示す結果となった。

 

 だが、好調な経済の一方、ベトナムはいまも貧困問題を抱え、中間層・富裕層が拡大する中で格差が広がっている。貧困と格差という課題もまた、経済成長著しいベトナムの別の側面なのだ。

 

 そうした中、ベトナムの若者の未来を変えるための取り組みが行われている。それは、海外からの協力を得つつ、ベトナムの人たちが主体となり運営する若者支援組織「KOTO(コト)」による活動だ。KOTOは「Know One Teach One――。ひとつ学び、ひとつ教える」というメッセージを掲げながら、ストリートチルドレンなど不利な立場に置かれた若者に職業訓練を提供する。経済成長時代を迎えたベトナムが直面する社会的課題を前に、KOTOは今、チャンスに恵まれなかった若者たちの将来を切り開こうとしている。

◆「恵まれない若者」ではなく自分で道を切り開く力を持った若者たち

 ハノイにストリートチルドレンに職業訓練を提供している支援組織がある――。そんな話を聞き、私がその組織KOTOが運営するレストランを初めて訪れたのは、数年前のことだった。

 KOTOのレストランはハノイの観光名所「文廟(孔子廟)」のそばにある。ベトナムだけではなく、海外からの観光客も多数見かけるこの界隈で、バイクや観光バス、タクシーなどがひっきりなし走り抜ける賑わいのある通りをわたり、緑の葉が美しい街路樹が並ぶ通りにあるKOTOのレストランのドアを開けた。

 店内には外国からの旅行者の姿がある。そして、そこでは10代後半から20代前半に見える若いベトナム人のスタッフたちが忙しく立ち働いていた。この若者たちはKOTOのレストランで職業訓練を受けている最中だという。

 研修期間中のようでまだ慣れない手つきの若者もいるが、それでもみな、ひたむきに働き、笑顔で来店者に接している。英語での受け答えもできるよう、英語の授業も受けているらしく、観光客の注文に英語で対応する様子もみられる。

 若いスタッフの一生懸命な仕事ぶりと、その笑顔によって、レストランはとても明るい雰囲気だった。

 ストリートチルドレンなど「恵まれない若者」を支援しているというKOTO。しかし、そのKOTOが運営するレストランにあったのは「貧困」や「困難」といった言葉から浮かぶイメージからは思いつかないような若者たちのエネルギーだった。

◆実践的な職業訓練で若者たちのスキル引き上げ

KOTOの職業訓練の様子。料理の技術を学ぶ訓練生。(KOTO提供)
KOTOの職業訓練の様子。料理の技術を学ぶ訓練生。(KOTO提供)

 KOTOについて知りたいと思った私は、ある日、KOTOに取材を申し込み、話を聞く機会を得た。

 KOTOの事務所で話を聞かせてくれたスタッフの女性が教えたくれたのは、KOTOが職業訓練施設を持ち、そこでストリートチルドレンなど経済的に不利な立場に置かれたベトナムの若者に職業訓練を無償で提供するとともに、レストランを運営しているということだった。もともと職業訓練がKOTOの事業の柱であり、職業訓練事業に最も力を注いでいるというのだ。

 KOTOの職業訓練カリキュラムは計2年間に及ぶもので、専門的な技術を持つ職業人を育成することを目的とする。

 KOTOで学ぶ訓練生は、最初の3カ月間でレストランやホテルといったホスピタリティー産業の概要、基礎的な英語、コンピューターの基礎、課外活動・スポーツといった授業を受ける。その後、9ヶ月間にわたりホテルやレストランなどホスピタリティー産業で働くための調理、サービス、英語などを学んでいく。その上で、KOTOのレストランでの実地研修に参加する。

 2年目も、コミュニケーションのための英語の授業に加え、レストランでの職業訓練や調理実習といった実地研修を行う。

 同時に酒類やコーヒー飲料など飲料の知識について勉強する。バーの運営、レストラン分野におけるマーケティングとマーチャンダイジング、コスト管理といった運営・経営面についても学ぶという。

KOTOの職業訓練の様子。(KOTO提供)
KOTOの職業訓練の様子。(KOTO提供)

 KOTOの訓練生は学校に満足に通う機会を得られなかったり、職業訓練を受ける機会を持てなかったりした若者たちだ。こうした不利な立場に置かれた若者たちはKOTOで専門的な職業訓練と英語力を付けるための授業を受けることで、職業人として働き、生きていくための力を得ることになる。

 ベトナムでは経済成長に伴い外資系企業の進出が拡大しているほか、ベトナムを訪れる外国人観光客も増えている。その中で、英語ができることは職を得る際に大きな強みになる。

 日本では、「英語信仰」とも言えるような過度に英語を重視する風潮に疑問を持つ読者もいるかもしれない。この半面、ベトナムは経済成長のさなかにある一方で、いまも貧困問題が残るほか、学歴に恵まれない若者が食べていけるだけの仕事を見つけることが難しい。そうしたベトナムでは、語学力をつけることは、若者たちにとって、より切実に食べることに直結するという重要な意味を持つ。

 そもそもベトナムでは就職に際し、学歴が重視されることもある。そのため、学業を途中でやめざるを得なかったり、十分な学歴を持たなかったりする若者たちはなかなか良い職に就くことができない。

 こうした状況の中で、職業スキルとともに、英語力を持つKOTOの訓練生たちは、たとえ十分な学歴をつける機会に恵まれなかったとしても、安定的な仕事を得て、働き続けることのできる力を身につけようとしている。

◆「一番不利な立場にある人を採用する」

KOTOの訓練生。笑顔が印象的だ。(KOTO提供)
KOTOの訓練生。笑顔が印象的だ。(KOTO提供)

  私たちは一番不利な立場にある人を訓練生として採用しています――。

 

 「KOTOはどうやって各地から若者を訓練生として集めているのか」との私の質問に、KOTOの職員はこう言い切ったのだった。

 KOTOが訓練生の採用に当たり最も重視しているのは、その人がより不利な立場にあり、支援を必要としているということだった。

 KOTOの職業訓練センターで、採用の対象となるのは、ストリートチルドレンといった貧困層の若者、親らに見捨てられてしまったり、ネグレクトされてきたりたし若者、孤児、虐待経験を持つ若者、搾取的な労働に従事していた若者、なんらかの中毒の症状や精神疾患を有する親を持つ若者というように、不利なバックグラウンドを持つ若者だ。

 KOTOでは、半年ごとに、16歳から22歳までの若者を訓練生として採用しているが、採用に当たっては丁寧なプロセスを踏んでいる。

 KOTOが訓練生採用のためにまず行うことは、情報収集だ。KOTO独自のネットワークを通じて訓練生になりそうな候補者の情報を集める。訓練生の候補者となるような不利な状況にある若者の情報は、非政府組織(NGO)や地域のパートナー、児童擁護施設、シェルターなどから得る。そのほか、路上からの情報も重視するほか、地域コミュニティーからの推薦といった形もあるようだ。

  訓練生として採用される可能性のある若者の情報を集めた後、KOTOでの職業訓練や訓練期間中の生活についてより詳細な情報を提供する「オープンデー」を開催し、ここに訓練生を招くという。また候補者は、自分自身に関する質問項目に答えるほか、基礎的な国語と数学の試験を受けることになる。

その上で、KOTOのスタッフが採用の可能性の高い候補者の自宅を訪問し、候補者に対してインタビューを実施する。こうしたプロセスにより選ばれた候補者はまず4週間の試験プログラムに参加できることになる。

 この試験プログラムでKOTOは、候補者に対して健康診断、予防接種、制服、衣類食事、住宅を提供する。候補者はシェアハウスでほかの候補者と共に生活することになる。またKOTOはこの4週間分の訓練手当ても支給する。

 こうした4週間の試験プログラムを通過したものが、正式にKOTOの訓練生になるという流れだ。候補者の数にもよるが、採用手続きは最大3ヶ月かかるという。

◇地域とのつながりをつくる

KOTOで職業訓練を受ける若者たち。(KOTO提供)
KOTOで職業訓練を受ける若者たち。(KOTO提供)

 KOTOの職業訓練ではほかに、「コミュニティーサービス」のプログラムが組み込まれている。このプログラムでは、年間30時間にわたりコミュニティーに貢献するような取り組みに参加することが、訓練生に求められる。

例えば、訓練生は児童養護施設の訪問、お年寄りの食事介助、環境保護プロジェクトなどに参加することになる。またKOTOはハンセン症患者の人々に向けて、食事や衣類、娯楽などを提供するイベントを開催しており、訓練生はこれにも協力しているという。

  このようにコミュニティーサービスの時間を通じて、ストリートチルドレン、孤児といった不利な立場に置かれた若者たちが、地域社会のために力を出し、自分自身の受けた恩恵をコミュニティーに還元していくのだ。これも若者たちが社会参加していくための重要なステップとなっているとともに、訓練生自信が地域の誰かの役に立つことで自尊心を持つことができるだろう。

◇社会に出ていくための総仕上げ

 そして、KOTOの職業訓練プログラムの最後の半年間は、訓練生が社会に出ていくための総仕上げの時期となる。訓練生はホテルやレストランで職業実習を受けると共に、仕事を探すスキルを身につけるための授業設ける。また英語力をさらにつけるための授業にも参加するという。 

 KOTOでの2年間の職業訓練プログラムを終了すると、豪州の大手専門学校「ボックスヒルTAFEインスティチュート」から、ホスピタリティー産業に関する国際的な証書を受け取ることができる。なによりも、ホスピタリティー分野で働くためのスキルを身につけたため、就職先が見つかるという。

 訓練生の就職率はほぼ100%といい、ベトナム国内のホテルやレストランに就職している。さらに中にはドバイのシェラトンホテルやソフィテル・メトロポール・ホテル、豪州メルボルンのソフィテル・ホテルといった海外の一流ホテルに就職する訓練生も出ている。(ベトナムの若者の未来を変える「KOTO」(2)に続く。)

※この記事は、オンラインメディア「世界ガイド」に寄稿した記事に加筆・修正したものです。

研究者、ジャーナリスト

東京学芸大学非常勤講師。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程に在籍。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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