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負けて覚えることができない日本サッカーの不幸

杉山茂樹スポーツライター
(写真:岸本勉/PICSPORT)

 カナダ、チュニジアをそれぞれ4-1、2-0で下し、通算成績を8戦して6勝1分1敗とした第2期森保ジャパン。黒星をつけられた今年3月のコロンビア戦(2戦目)、同じく3月に引き分けたウルグアイ戦(初戦)が懐かしくも貴重に感じられる。

 6月のエルサルバドル戦(6-0)、ペルー戦(4-1)、9月のドイツ戦(4-1)、トルコ戦(4-2)、そして先日の2試合と目下6連勝中である。

 次戦はW杯2次予選対ミャンマー戦(11月16日)。次々戦は同シリア戦(11月21日)。そしてこのほど2024年1月1日に国立競技場でタイと戦うことが決まった。その後はアジアカップ(カタール)に出場。グループリーグでベトナム、イラク、インドネシアと対戦する。

 相手にとって不足あり、である。負けそうもない試合が続く。競った試合が期待できるのは、せいぜいアジアカップの終盤。準決勝、決勝あたりだろう。

 この時期になると、アジア予選を勝ち抜くことの大変さをしきりに解く元代表選手が現れる。しかし、アジア枠が4.5から8.5にほぼ倍増した今回の事情を加味すれば、日本が予選で敗退する可能性は限りなくゼロに近い。

 実力と枠の関係を見たとき、日本は世界で最も余裕がある国と言い表すことが出来る。日本ほど無風区を戦う国は世界に存在しないのだ。予選突破確率が世界で最も高い国。大変だと慌てる人が滑稽に見える。

 次に強豪と対戦するのはいつになるか。言い換えれば、次に負けるのはいつか。見当がつかないことが日本サッカー界の抱える大きな問題点だ。最初に対戦した南米の2チーム(ウルグアイ、コロンビア)が最も強いという状態はいつまで続くのか。

 第1期森保ジャパンは、アジアカップの決勝でカタールに敗れている。その時は大きな問題に映ったものだ。しかし4年経ったいま振り返れば、その敗戦を残念がる気は湧いてこない。

 森保監督はこの時、チームをまだスタメン組とサブ組に分けていた。それがいかに愚かな采配であるか、森保監督は当時、気付くことができなかった。そうしたサッカー観を身につけていないように見えた。

 息切れ。出場時間をシェアできなかったことが、決勝戦でカタールに敗れた最大の原因だった。それが解消されたかどうかは、決勝(3位決定戦)に進めば7試合戦うことになる今回のアジアカップを見れば明らかになる。付け加えれば、次回W杯本大会で5試合以上(準々決勝以降を)戦えそうであるかを、その戦いぶりから占うこともできる。

 スタメンとサブ組に分けた理由は勝ちたいからだ。ベストな11人を並べないと心配だったからである。敗因は森保監督の肝っ玉の小ささ、先を見通す力のなさにあった。しかし森保監督は東京五輪後の会見だったと記憶するが、「日本の現状を踏まえたとき先を見て戦うことは得策ではない」と口にしている。自らの采配を肯定してみせた。

(写真:岸本勉/PICSPORT)
(写真:岸本勉/PICSPORT)

 だが、カタールW杯を経て、その考え方をしている限りW杯本大会でベスト8以上の成績は望めないことに、森保監督は気付いたのではないかと推察する。そうでなければ解任を要求したくなるほどだが、なぜそれではダメなのか、改めて触れてみたい。

 アジアカップやW杯のような短期集中トーナメントの連戦を、中3日で戦おうとすれば、監督がベストと思い込む11人が体力的に万全の状態で出場できるのはせいぜい2試合だ。3試合目になるとパフォーマンスは低下する。

 森保監督も前回のアジアカップでは、3戦目のウズベキスタン戦で入れ替えを図り、先発にそれまでのベンチメンバーをずらりと並べたものだ。だが4戦目(サウジアラビア戦)は再び1、2戦のメンバーを主体に戦い、その流れで5戦目(ベトナム戦)、6戦目(イラン戦)を経て7戦目の決勝戦(カタール戦)を迎えた。

 東京五輪も同じだった。4戦目のニュージーランド戦辺りからチームは下り坂に入り、準決勝(スペイン戦)、3位決定戦(メキシコ戦)では、パフォーマンスを低下させることになった。

 スタメンを、グラデーションを掛けるように漸次的にいじっていく術が森保監督にはなかった。これでは発見の絶対数は減る。大会の中でチームは発展していかない。硬直化する。総合力を高めながら決勝戦に向かうことができないのである。

 毎試合100ではなく80と思しきスタメンで戦えば苦戦するかもしれない。場合によっては敗れるかもしれない。だが3戦目あたりから、その80は85になり、気がつけば90、100に近づいていく。目標とする試合数から逆算した選手起用なしにアジアカップ優勝はない。W杯ベスト8もない。100でスタートしながら、試合を経る毎にその数値を減らし、最後80を切ってしまったのが前回のアジアカップだった。

 W杯ベスト8以上という目標を掲げるなら、思考の改善が森保監督には求められる。4年前より日本は選手層がグッと厚くなった。目の前の試合を80で戦えば数値は以降、上がるのみだ。100あるいはそれ以上となって返ってくるだろう。

 森保監督は試合後、必ずこう述べる。「我々を応援してくださる方に勝利を届けることが出来て嬉しい」あるいは「それが出来なくて残念だった」と。代表チームはいつ何時も勝利を最大限追及するものとの認識を強く持っている。だが繰り返すが本番は4年に1度のW杯だ。そこで収めた結果が次の4年間ついて回る。ホーム戦が大半を占める親善試合の結果に重みはない。アジアカップも知れている。五輪も例外ではない。東京五輪でメダルを逃しても、ショックは想像していた以上に少なかった。

 うっかりしていると勝ち続けてしまう日本に欲しいのは、あえて80で戦う勇気だ。苦戦するかもしれない環境を自ら設定する。アジアカップにもその概念で臨みたい。準決勝あたりで敗れる可能性を秘めたメンバーで戦った方が、日本の財産になる。

(写真:岸本勉/PICSPORT)
(写真:岸本勉/PICSPORT)

 誰を選ぶかは重要な問題だ。現状でベストと思しき23人を招集すれば、その瞬間、日本は大本命に祭り上げられるだろう。それで優勝しても収穫は少ない。アジアNo.1を再確認するだけになる。

 代表チームにとって本番は4年に1度。ユーロは僅差でそれに続くが、コパアメリカはそれほどでもない。アジアカップしかり。ステイタスは低い。このサッカー界の概念に付いていけない人は多くいる。なによりメディアだ。スポンサー…、視聴率…、観客動員…等々を引き合いに出し、一戦必勝の勝利至上主義を煽ろうとする。

 そのムードに乗っかるように森保監督は「代表チームは勝ちにこだわらなくてはいけない」と説く。ベストメンバーを招集する口実にする。しかしそれは保身だ。目の前の試合に勝ち続けている限り解任論は生まれない。安泰だ。それでチーム力は向上するだろうか。その延長上にW杯ベスト8はあるだろうか。

 2002年日韓共催W杯に臨む韓国代表監督に、フース・ヒディンクが就任したのは本大会を1年半後に控えた2001年初頭だった。その発表があった前日、筆者はそんなことなどつゆ知らず、ヒディンクにインタビューしていた。そこでトルシエの年俸はどれほどなのかとか、逆取材されたにもかかわらず、想像を巡らすことが出来なかった。翌日、新聞を見て吃驚仰天したわけだが、そんなこともあってヒディンクとは少し親しくなっていた。2001年夏、再度、韓国代表監督となったヒディンクに話を聞く機会に恵まれた。

 そこで彼が筆者に示したのは就任からW杯本大会までの1年半の計画表で、「半年経過した現在は、負け続けている最中だ」と説明した。「格上と対戦し、負けながら覚えている段階だ」と。その頃、韓国ではヒディンク解任論が渦巻いていた。コンフェデレーションズ杯(2001年5月〜6月)では、準優勝した日本に対し韓国はグループリーグ落ちしていた。

 だがヒディンクは自信満々かつ余裕綽々の表情で筆者にこう言ったものだ。「来年(2002年)に入ったら、成績はグッと右肩上がりの急カーブを描くはず。そうした設定でチームを強化している。見ていてくれ」と。韓国の成績がヒディンクの計画通りになると、韓国メディアは手のひらを返すようにヒディンクを持ち上げた。

 ヒディンクマジックと言えば主に専売特許である戦術的交代を指すが、敗戦を計画通り重ねながら韓国代表を強化した1年半の取り組みは、いまなお忘れられぬものとして記憶されている。それから20年以上経過したいま、一戦必勝を掲げ、可能な限りベストメンバーを集めたがる森保監督と、敗戦を恐れず、むしろ有効に使いながら計画的に強化を進めたヒディンク。両者は監督としての根本が大きく違う。

 W杯でベスト8を目指そうとすれば、理屈として日本代表監督は、世界の代表監督の中で8番以内に入っていなければならない。選手より「負けに向き合う勇気」に欠ける代表監督の方が何倍も心配になる。

(写真:岸本勉/PICSPORT)
(写真:岸本勉/PICSPORT)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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