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強行軍を見て見ぬ振り。久保建英に「キツい」と言わせ、驚くように報じてみせたメディアの罪

杉山茂樹スポーツライター
久保建英(写真:岸本勉/PICSPORT)

 カナダ戦、チュニジア戦のために帰国した久保建英は「キツい」と漏らした。筆者は直接ではなく、ネットニュースで知った次第だが、各メディアが一斉に報じたその一言は、日本中を駆け巡ることになった。

 中3日でスペインリーグ(アスレティック・ビルバオ戦)を戦った後、同じく中3日(10月3日)でチャンピオンズリーグ(CL)対ザルツブルクとのアウェー戦に臨み、そして中4日(10月8日)でアトレティコ・デ・マドリードとのアウェー戦を終えるや即帰国。久保がその言葉を口にしたのは11日の午後の練習が終わった後だった。

 キツいに決まっている。当たり前のことを口にしたら知らぬ間に大ニュースになっていた。久保がそう思ったかどうか定かではないが、反響の大きさに、やっぱり言わなければよかったと後悔しているのではないか。

 カナダ戦前夜の会見では、その久保の言葉をそのまま森保監督に投げかける質問が飛んだ。答えにならない答えを森保監督は例によってのらりくらりと返していたが、この一連の流れに筆者はやるせなさというか、情けなさを覚えずにはいられない。

 なにより選手に言わせるなと言いたい。フランス国境に近いバスク地方のサンセバスティアンからオーストリアに行き、スペインに戻ってマドリッドで試合。そして20時間近く掛けて時差が7時間ある日本に舞い戻る。しかもその3試合、久保はすべて先発である。キツいことは、この旅程を見ただけで一目瞭然になる。だがこの事実は、久保自身がキツいと漏らさない限り、おそらくニュースにならなかった。

伊東純也(写真:岸本勉/PICSPORT)
伊東純也(写真:岸本勉/PICSPORT)

 過去に似たような強行軍を強いられた選手は多く存在した。しかしそのキツさについて言及した選手は吉田麻也元主将ぐらいに限られた。メディアは自らそこに踏み込まず、なんというか見て見ぬ振りをしてきた。日本代表のホーム戦に出場する大変さ、キツさについて選手に代わって代弁することを避けてきた。

 CL、ヨーロッパリーグ(EL)にスタメン級として出場している欧州組はすべて久保と同じような状況にある。鎌田大地、堂安律、前田大然、三笘薫は今回なぜ欠席となったか。体調不良ではないはずだ。このタイミングで現地と日本を往復するリスクを考慮した末の判断であるに違いない。

 欧州カップ戦(CL、EL)出場組は、今回招集されたメンバーに8人いる。欠席した上記4人を含めると計12人を数える。ここに来て大幅に数を増やしている。招集にリスクを抱える選手が増えたことは、当たり前だがメディアも承知していた。にもかかわらず沈黙。問題提起を避けてきた。そのタイミングで久保が帰国。そしてキツさについて語った。すると渡りに船とばかりメディアは飛びつき伝播させた。事態を察し、選手が口にする前に問題点を浮き彫りにする。これがメディア本来の姿勢であるにもかかわらず、だ。

(写真:岸本勉/PICSPORT)
(写真:岸本勉/PICSPORT)

 選手は弱者である。とりわけ代表監督との関係においてその傾向は強い。サッカーは選手の個人成績を示すデータが決定的に少ない競技である。選ぶ、選ばないは監督の胸ひとつ。その主観に委ねられている。かのイビチャ・オシムは「キミたちは私に意見することは出来るが、私の趣味を変えることはできない」と、趣味の問題であることを強調した。

 一方、選手は招集を断りにくい。招集を辞退できるのは一部の大物選手に限られる。監督の趣味から外れていても使わざるを得ない選手。意見を述べても大丈夫な選手。レアル・ソシエダで活躍中の久保には立場的に、少々リスクを冒す余裕が生まれたのかもしれない。

 だが監督は認めてもファンが納得しない場合がある。表向きには「体調不良」としなければならない理由だ。招集辞退は欧州では普通の出来事である。辞退を言い出しやすい環境が整っている。他方、日本代表史において代表招集を辞退した選手は何人もいない。この世界で40年以上ライターをしているが記憶にない。

 非国民などと言い出しかねないファンも少なからずいた。メディアもテレビの視聴率などに影響が出ると、ベストメンバーでの戦いを強く望んだ。日本代表がサッカー産業の中心にあったわけだ。代表サッカーとクラブサッカーは拮抗した関係になかった。元日本代表。この肩書きの有無で引退後の人生は大きく左右された。日本代表選手にはブランド価値があった。

 欧州諸国は必ずしもそうではない。どちらかと言えばクラブチームありきだ。重視されるのは代表キャップ数よりCL出場回数になる。欧州組の数が100人に迫ろうとしている日本も、代表キャップ数という国内基準ではなく、CL出場回数という国際基準に、おのずと価値観は移行していくものと思われる。もうすでに代表選手というブランド価値は低下しはじめているように見える。最近の代表チームの成績とは裏腹に、だ。

 増しているのはチャンピオンズリーガーへのブランド価値だ。日本人選手で最も早くCL100回出場に到達する選手は誰か。年齢から言えば久保に最も可能性を感じるが、代表100回を巡る争いよりこちらの方に何十倍も浪漫を抱かせる。

 サッカー産業もそれに伴い日本代表中心主義から欧州へ重心をじわりと傾けていかなければならない時期に来ている。バランスの問題になるが、8対2ぐらいだった概念を6対4ぐらいに改める必要性を感じる。欧州組の招集も毎回ベストメンバーではなく、欧州カップ戦に出場選手している選手は、ローテーションしながら2回に1回とか、休める環境を設ける規定作りが必要になる。

中村敬斗(写真:岸本勉/PICSPORT)
中村敬斗(写真:岸本勉/PICSPORT)

 もう一つの改善点は代表選手の待遇だ。2024年まで計8年の就任期間中に推定10数億円を手にする森保監督と比較すれば、選手が手にする報酬は雀の涙だ。社長とアルバイトの関係と言っても言い過ぎではない。日本のサッカー産業が代表チーム中心に成り立っているとすれば、事実上、名誉のためだけに参加している選手たちの待遇は、直ちに改められるべきである。でなければ辻褄は合わない。

 先のカナダ戦で負傷した中村敬斗は、この原稿を書いている時点では練習に参加できずにいる。所属クラブのスタッド・ランスは代表ウィーク明け(10月22日)にトゥールーズとアウェー戦を戦うが、中村の出場は難しくなっている。その結果、ライバルにポジションを奪われ、出場機会を減らせば、次回の日本代表には招集されない可能性がある。

中村敬斗(写真:岸本勉/PICSPORT)
中村敬斗(写真:岸本勉/PICSPORT)

 選手はまさしく弱者なのだ。その無言の訴えをメディアが見て見ぬ振りをする姿は罪深い。なぜ自ら口に出そうとしないのか。

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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