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森保監督なのか、横内監督なのか。サッカー後進国から脱した日本に問われる、正しい五輪との向き合い方

杉山茂樹スポーツライター
板倉滉 (写真:岸本勉/PICSPORT)

 日本代表(A代表)と五輪チームの兼任監督としてスタートした森保一監督。東京五輪まで2カ月を切ったいま、実際に五輪チーム(U-24)の監督の座に座るのは横内昭展氏だ。

 A代表と五輪チームの活動が日程的に重なるのではないか。兼任監督の難しさは、就任当初から指摘されていた。森保兼任監督は、よく言えば冒険的な、悪く言えばリスキーな選択だった。

 それから2年10カ月。案の定、現在に至るまで森保監督が実際に、五輪チームの采配を振ったケースは半分にも満たない。本番まで2ヶ月を切った段でも、なお横内氏が監督の座に就く現在の姿が、なによりの証拠だ。

 田嶋幸三会長は、森保監督の就任記者会見で、その選考理由について「日本人監督で実績ナンバーワン」と述べたものの、五輪チームの横内コーチについては、言及しなかった。横内監督が正式に認証された形跡はない。その後、森保監督が「サッカーの考え方は私と同じと考えてもらっていい」と、正統性を口にしているが、スタメンを決め、選手交代をすれば、個性は出る。可能性は無限大というわけで、違いは鮮明になる。それがサッカーだ。

 五輪本大会における交代枠は、今回5人制で行われる。交代センスが結果にストレートに反映されるといっても過言ではない。

遠藤航 (写真:岸本勉/PICSPORT)
遠藤航 (写真:岸本勉/PICSPORT)

 横内氏がいまなお五輪チームの実質的な監督の座に就いているという、道理から外れた現実に、疑義はなぜ生じないのか。不思議でならない。

「金メダル獲得」とは、東京五輪の目標を問われた森保監督が発した台詞だが、五輪監督の立場で実際に采配を振るのはどちらなのか、どちらが務めた方が得策なのか、好結果は期待できるのか。この議論もあっていい。

 しかし世の中には、「考え方が同じ」という両者が、それぞれの監督の座に就いている現状を、むしろ連携が取れた好ましい状態だと、従順にも讃える声さえある。メリットがないとは言わないが、それよりはるかに重要なのは、その責任の所在だ。「金メダル」を掲げて臨む、開催国のチームである。それが曖昧では、組織の在り方として問題ありと言わざるを得ない。横内氏が正式に監督として采配を振るなら、正式な会見ぐらいは開かれるべきである。

 人事問題についてさらに言うならば、この間に、関塚隆氏から反町康治氏へと交代した技術委員長の人事にも、不透明さが残った。代表監督、五輪監督、技術委員長。この3つのポストに誰を起用するか。これは毎度、日本のサッカーの行方を左右する重大な案件として取り扱われてきた。その選択を生命線と捉えてきた歴史がある。いまそこが軽んじられている。正統な手続きを踏まない人事が連続的に発生した。コロナ禍という時節柄、致し方ない面もある。しかし、あまりにも根幹を成す重大な問題なので、一言いわずにはいられない。

 加えて、時節柄、再認識させられたこともある。A代表監督、五輪チームの監督のあり方だ。

 平時、コンスタントに行っていた親善試合、強化合宿等、活動の幅はコロナ禍において大きく制限された。欧州組の招集にも、いっそう高いハードルが課せられている。

冨安健洋 (写真:岸本勉/PICSPORT)
冨安健洋 (写真:岸本勉/PICSPORT)

 森保監督のスケジュールはつまり、歴代のA代表監督より、多忙を極めたわけではない。なにより、選手を集めて強化する合宿の日数が減った。それは直接指導する機会が減ったことを意味する。監督から指導者という色彩が薄まる一方で、セレクターとしての色彩が濃くなった。

「代表チームとは、試合の2、3日前にパッと集合して合宿を行い、試合をしたら即解散するもの。代表監督は指導者というよりセレクターだ。A代表チームの監督は、クラブ監督を上がった(卒業した)監督が就くもの。バリバリの監督がやりたいのは代表監督ではなくクラブ監督」とは、1990年代欧州でよく聞かされた代表監督の定義だ。

 日本代表中心主義と言うべく、A代表の活動が盛んだった当時の日本とは、まるで異なる欧州の状況にカルチャーショックを覚えたものだ。実際、日本がW杯に初出場を果たした1998年フランス大会から、2002年日韓共催大会に至るまでの時期、A代表のチームとしての活動記録を調べれば、日本は断トツ世界一だった。100数十日を記録した年もあったと記憶するが、その頃をピークに活動日数は減少している。

 世界のサッカースケジュールが過密になり、国際試合が組みにくくなったこと。海外組の数が年々増えていったこととそれは深い関係にある。彼らを招集したくても招集できないケースが、特に最近目立っている。それに、コロナ禍による移動制限が加わったこの1年数ヶ月は、活動休止に近い状態に追い込まれていた。

 A代表の監督に問われる能力は、育てる力ではなく、選手を見極める目。セレクターとして、どれほどセンスに長けているか、だ。欧州組の状況を、映像を通して眺めながら、国内組の状況と勘案しながら選手を選考する。そこで優劣を見極める目こそが、A代表の監督に求められる資質になっている。

 では、五輪チームの監督はどうなのか。今回はU-24。アンダーカテゴリー、育成年代のチームである。選手育成の場でなければ話は通らない。その監督はあくまでも、指導者である必要がある。しかし、候補選手は加速度的に欧州でプレーするようになっている。その数はもはやうん十人に達する。簡単には招集できにくい状況だ。下手に招集すれば、所属クラブ内の競争で、遅れを招くことになる。その選手の成長の妨げになる可能性がある。

吉田麻也 (写真:岸本勉/PICSPORT)
吉田麻也 (写真:岸本勉/PICSPORT)

 それにコロナ禍が加わった。森保、横内両氏は、日本期待の五輪候補選手を、自らの手で育てることができなくなった。セレクターと化した中で、これから選手の最終選考にあたる2試合(ガーナ戦、ジャマイカ戦)に臨もうとしている。

 このまま欧州組の低年齢化が続けば、コロナ禍が終了しても、五輪チームは、強化のコンセプトに矛盾を抱えることになる。彼らをその都度、わざわざ帰国させ、強化合宿を張る意味はなくなる。 

 通常U-23で争われる五輪サッカーは、他の年代別W杯同様、サッカーの普及発展を最大のコンセプトに行われる。それぞれの大会の出場枠にそれは反映されている。サッカー後進国は優遇される割り振りになっている。

 五輪本大会に出場する16チーム中、欧州枠は4で、南米枠は2だ。W杯とはまったく異なる比率である。年代別の世界大会は、アジア、アフリカなど後進地域のために存在するもの。クラブ組織が充実し、若手が自ずと育つ環境が整っている先進地域が、後進地域に対し配慮することで成り立っている。

 アジアに属する日本も、その恩恵を受けている。だが日本の選手は、いまや早くから先進国である欧州のクラブでプレーする。先進国に近い環境を日本は手に入れることができている。もはや後進地域ではない。五輪予選、五輪チームの活動を通して、選手を育てる時代は終わった。

 開催まで2ヶ月弱。開催に拒否反応を示す国民が多くを占める東京五輪だが、日本サッカー界にとって、いまやその五輪との向き合い方は過渡期を迎えたと言える。欧州組の低年齢化は、さらに進むだろう。皮肉にも、五輪チームの強化は、真の強化につながらない可能性が膨らんでいる。A代表を含め、監督に求められる資質は大きく変わった。セレクターとしてのセンスに長けた人物こそが、A代表、五輪チームの監督には不可欠なのだ。A代表の本番は2022年11月。それまで1年と5ヶ月あまり。森保監督で大丈夫なのかという議論は、大いにされるべきである。

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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