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セネガルを混乱に陥れた「ちびっこジャパン」の俊敏性

杉山茂樹スポーツライター
写真:岸本勉/PICSPORT(本文中も)

 前評判の高かったポーランドに、初戦で堂々たる勝利(2-1)を収めたセネガル。続く日本戦でもその流れが続いていることは、キックオフと同時に判明した。これは危ない。日本の劣勢を予想せずにはいられなかった。

 何といってもサイズがデカい。体力的、体格的なハンディを実感した。リーチがあるのでキープができる。日本選手を押さえつけながら前進していく馬力、推進力もある。荒っぽいだけではない。展開力も上々で、ピッチを広く有効に使う効率性も魅力的だ。

 日本が開始11分に許した失点には、高い必然性があった。ユスフ・サバリの左サイドからのシュートを川島永嗣が両手パンチで弾き、それをサディオ・マネに詰められたものだが、この一連のプレーの起点は、右サイドにあった。そこでパスをじっくり回され、その産物として蹴り込まれたクロスを原口元気がクリアするが、それがサバリの足元に収まり、近距離からシュートを浴びたというのがその経緯だ。

 セネガルのパワフルな攻撃に手を焼く日本の非力さは、原口のクリアに表れていた。身体が縮こまり、身体能力を十分に発揮できていないという感じだった。パンチがマネへのプレゼントパスになった川島にしても、サバリがシュートモーションに入った時、身体をこわばらせていた。周囲の状況を探る余裕はなさそうだった。

 ボクシングでいえば、フェザー級対ミドル級、あるいはそれ以上の関係だ。同じピッチの上で戦わせてはいけない間柄のように見えた。だが、それでもなんとかなる可能性を秘めているのがサッカーだ。

 両者の距離を縮めた要素として挙げられるのが「早すぎる先制点」だ。初戦に勝利し、2戦目も幸先よく先制ゴールを奪った。セネガルはひと息つきたくなったようだ。日本代表にかかるプレッシャーは、時間の経過とともに軽減されていった。

 日本に攻める番が回ってきた。それを日本が自力で掴んだものではないところが、サッカーの面白いところだ。半分プレゼントされたような流れの中で、日本はマイボールの時間を増やしていった。

この日も好調だった柴崎岳
この日も好調だった柴崎岳

 柴崎岳の対角線キックが長友佑都の鼻先に向かって伸びていく。その周囲にはセネガル選手が2人いた。鮮やかなトラップを決めない限り、セネガルDFに奪い取られそうな状況だった。

 前半34分の出来事である。だが、長友のトラップは足の甲で弾みすぎて、彼自身はもちろん、2人のセネガル選手にとっても、想像していない方向に弾んだ。このルーズボールを奪うのは誰か。

 トラップを弾ませてしまった長友が自ら回収したことに驚かされた。小さくて軽い日本人選手の特長を見た瞬間であると同時に、スケールの大きなセネガル人選手の弱さを見た瞬間でもあった。トラップミスした長友がそれをミスとせず、自ら確保したプレーが、ピッチ上にセネガルにとっての違和感となって描き出された。

 そこに走ってきたのは、もう1人の小兵、乾貴士だった。乾の身長は169センチ。手元のデータでは長友の身長は170センチとなっているが、見た目は乾の方が大きいので、長友はサバを読んでいる可能性が高い。

 160センチ台(?)のちびっ子コンビが、そこで俊敏さを発揮したのである。長友のボールを乾は味方であるにもかかわらず、かっさらうようにして切れ込んでいき、そして右足で巻くようなシュートを放った。アッという間の出来事だった。セネガルを混乱に陥れる、価値のあるゴールだ。

 実力で上回るセネガルは、後半26分、スコアを2-1とする勝ち越し弾を決めているが、日本にとってショッキングなゴールというわけではなかった。予想以上に戦えていたからだ。勝ち負けはともかく、十分試合になっていたので、こちらも特段、劣等感を抱かずに観戦できていた。リードを奪ってもなお、セネガルは、日本の動きを嫌がっていた。

 セネガルにとって”不快”に見えた一番は、試合後、相手のアリュー・シセ監督も語っていた大迫勇也だ。この選手の技巧が、セネガルを不快な気持ちに陥れていたことは明白だった。次に柴崎岳。守備的MFながら、幅広い動きでボールに絡み、パスワークの中心選手として活躍した。そして乾。フェザー級ニッポンを象徴する、忍者的というかネコのような軽さが、セネガルにはとりわけ効いていた。

 西野監督はこの試合でメンバー交代を3人行なっている。香川真司と本田圭佑の交代(後半27分)、原口と岡崎慎司の交代(後半30分)、そして乾と宇佐美貴史の交代だが、本田の投入に疑問符はつくものの、交代はおおむね良好だった。なにより、岡崎の投入を機に布陣を4-2-3-1から4-4-2へと変化させたことがよかった。

試合毎に安定度が増している大迫
試合毎に安定度が増している大迫

 岡崎と大迫の2トップ。2人は前線で並列に構えている時間が長いように見えたが、上下関係があるとすれば、岡崎が前で大迫が後ろだった。そこは大迫の能力が最大限発揮される場所でもある。大迫には、4-4-「1」ー1の「1」とか、もっといえば4-2-3-1のトップ下の方が適しているとさえ言いたくなる。

 かつてアーセナルで、ティエリ・アンリと前線でコンビを組んだデニス・ベルカンプのような、9番に近い10番、あるいは10番に近い9番。「9.5番こそが大迫のベストポジションだ」と記したことがあるが、後半30分以降、その状況が整ったのだ。

 結果が出たのは、そのわずか3分後だった。乾の折り返しを本田が蹴り込み、2-2に追いついた同点弾のシーンである。

 大迫はそのとき、右サイドでボールを受け、ゴール前に左足でクロスを送っている。岡崎がセネガルのGKカディム・エンディアイエと競り合うようにして潰れた結果、ボールは左サイドの深い場所で構える乾のもとまで流れていった。

 チャンスメークの起点になったのは大迫。そして岡崎がいなかったら、大迫が右に流れて、クロスを送ることなどあり得なかったのだ。

 ハリル時代、大迫は「もっとゴールに近いところでプレーしろ」と言われたものだ。センターフォワードとしては、ともすると頼りない選手に映ったが、それは言い換えれば、彼が多芸の持ち主である証だ。日本の同点ゴールは、その9.5番的な魅力が、発揮されたシーンでもあった。

 脱ハリルホジッチではないけれど、セネガル戦は、日本のいい意味での軽さが、ほどよく発揮された一戦だった。フェザー級に徹した日本のライトなテイストが、初戦のコロンビア戦を含め、奏功しているように思えて仕方がない。「柔よく剛を制す」が、日本のスポーツのあるべき姿を示す精神とすれば、このセネガル戦は、結果こそ引き分けだったものの、それを実践した痛快劇だった。日本人が好むスタイルだった。

(集英社 webSportiva 6月25日掲載原稿に一部加筆)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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