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【ポルトガル3−3スペイン】が、素人受けする好試合ではなかった理由

杉山茂樹スポーツライター
ポルトガルvs.スペイン@Sochi Fisht Olympic Stadium(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 最終スコア3−3。大会2日目にして、早くもご馳走をたらふく食わされたという感じだ。できれば終盤まで取っておきたかった美味しすぎる試合。ソチで行われたポルトガル対スペインを一言でいえばそうなる。ロシアW杯の観戦気分は、これで一気に火が点くことになった。

 ポルトガルとスペインは隣国でありライバル国だ。政治的にも経済的にも地理的にも、優位な立場にあるのはスペインで、ポルトガルは政治的に迫害を受けてきた歴史がある。

 レアル・マドリーは、ポルトガルに対し威圧的な態度を取ってきたスペインを象徴するクラブである。そこで主役としてクラブの屋台骨を支えてきたC・ロナウド。ポルトガル人のプライドを擽る痛快なヒーローだ。

 スペインにとっては、扱いに困る存在になる。スペインを象徴するレアル・マドリーの絶対的エースであると同時に、スペインリーグの看板選手だ。スペインの栄光を語るとき、外せない選手になる。その彼が敵としてスペインの前に立ちはだかる姿は想像しにくい。

 C・ロナウド対スペインの対戦は、公式戦では過去に2004年ユーロのグループリーグ、2010年南アW杯決勝トーナメント1回戦、そしてユーロ2012準決勝の3試合ぐらいに限られる。だが、彼はスペインのために身を粉にして働くスペイン人ではない。本質的には敵だ。

 この試合は、スペイン側がC・ロナウドに対して抱く敵愾心より、C・ロナウドがスペインに対して抱く敵愾心の方が、数段強いことが鮮明になった一戦だった。

 開始4分に起きたPKのシーン。C・ロナウドを倒したナチョは、レアル・マドリーのチームメートだ。このわずか19日前、2017-18シーズン最後の試合となるチャンピオンズリーグ(CL)決勝(対リバプール)をともに戦い、CL3連覇の感激を分かち合っている。そのナチョに対し、C・ロナウドは果敢に1対1を挑みつつも、一方でPKを誘いに行った。シミュレーションと言われても仕方のない狡猾な手段でPKをゲットした。

 PK判定を下したイタリア人の主審ロッキに、レアル・マドリー所属のもう一人のディフェンダー、セルヒオ・ラモスも詰め寄り抗議はしたが、その姿はどこか迫力不足だった。チームメートのC・ロナウドが、あのような手段で、自分たちに迫って来たことへの驚きが、抗議する迫力にブレーキを掛けていたように見える。

 理解し合える関係だと思っていた人が、理解し合えない間柄に変化したという感じだ。もし、C・ロナウドがスペイン代表の一員としてポルトガルと対戦していたら、このPKシーンは起きていないに違いない。

 前評判で上回っていたのはスペインだった。しかし、現欧州チャンピオンはポルトガルだ。2年前のユーロ2016でポルトガルは、グループリーグこそ苦戦したが、徐々に調子を上げ、最後は開催国フランスを倒して見事優勝を遂げた。

 ちょっとやそっとでは崩れない安定感がこのチームの売りだ。ユーロ2016の決勝戦では、前半25分にC・ロナウドを故障で欠いたにもかかわらず、フランス相手に残されたメンバーで延長戦まで互角以上に戦い、そして勝利をもぎ取った。

 自ら崩れないチーム。浮き足立つことはない。悪いボールの奪われ方をして、失点を許すパターンが少ない。失点はこちら側ではなく相手側に理由がある場合に限られる。つまり、敗戦は完全な実力負けのみだ。

 この日、スペインに許した3ゴールも、相手に完全に崩されたパターンばかりだった。サッカーの得点、失点には、ボールの奪われ方が深く関与するが、ポルトガルは奪われ方に大きな問題を抱えていない。

 こうしたチームは思いのほか少ない。大抵のチームは、自分たちのミス絡みで失点を許す。ミスを重ね、混乱し、そこを相手につけ込まれるというパターンだ。

 前回ブラジル大会のスペインがそうだった。グループリーグの初戦でオランダに1-5で敗れた試合はその典型で、悪い場所、悪いタイミングでボールを奪われてはカウンターを許し、失点の山を築いた。2戦目のチリ戦(0-2)も同様。そもそもの敗因は自らにあった。

 優勝した2014年W杯、連覇を遂げたユーロ2008、ユーロ2012でさえそうした不安をスペインは抱えていたが、この初戦(ポルトガル戦)の戦いぶりを見る限り、今回は従来より大丈夫そうな印象を受ける。

 従来は、攻撃が真ん中に固まる所を狙われた。スペインの魅力を語るとき、その真ん中でのパス回しは一方で大きな魅力になっていたが、奪われる危険も高く、同じ分だけ弱点にもなっていた。

 今回、ポルトガル戦のスタメンには、その布陣の中に中盤系の選手が多くいた。4-2-3-1の3の両サイドを務めたイスコ(左)とダビド・シルバ(右)が、真ん中に入り込むと中盤過多でパスワークの幅が狭くなり、ともすれば、相手にボールを引っかけられやすい状況に陥りそうだった。イスコが左で出場した時のレアル・マドリーが、そうなりがちなように。

 だが、心配は杞憂に終わった。イスコとダビド・シルバは左右のポジションを最後まで維持した。真ん中に人が乱立するケースは少なかった。自ら崩れにくいサッカーを展開した。1トップ、ジエゴ・コスタのポストプレーも決まり、スペインはよい攻撃を仕掛け、よい攻撃の終わり方をした。

 ポルトガル対スペイン。3ー3に終わったこの一戦は、エンタメ性のみならず、サッカーの質的にも上々だった。素人受けする名勝負、粗野な撃ち合いではなかったのだ。両チームの今後が楽しみになっている。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを一部負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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