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ハリル解任会見での違和感。 なぜ「目指すサッカー」は語られないのか

杉山茂樹スポーツライター
(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 日本代表監督交代。「代える」という判断は間違っていないと思う。

 コンディションを重視すべき選手と、コンディションが少々悪くても選んでおかなければならない選手とが共存するのが、代表チームの本来の像だ。にもかかわらず、ハリルホジッチはコンディションというフィルターを選手全員にあてがった。

 選手起用は場当たり的になりがちだ。2018年のW杯本番から逆算する目を欠き、ストーリー性も脆弱になる。それに好き嫌いが透けて見える選手選考も加われば、23人枠を巡る争いは、悪い意味で混沌とする。

 標榜する「縦に速いサッカー」(よく言えば)と、日本サッカーとの相性の悪さもある。その論理的な矛盾と効率性の悪さが表面化していることも混乱に輪をかけた。よいサッカーか悪いサッカーかと言えば、後者だ。

 さらに、このサッカーでW杯本大会に臨めば大丈夫だとの自信が、監督自身に見られないこと。居丈高な態度を取る一方で、弱気な言動が目立ち始めたこと。代表監督に不可欠なカリスマ性が失われてしまったこと……。

 これだけ交代の条件が揃ったにもかかわらず、「代えない」という選択をするなら、そもそも監督の是非を論じる議論は不要になる。

 交代は当然。残り2カ月という段になっての交代という時期的な問題はあるが、逆に言えば、問題はそこだけだった。

 解任会見で田嶋幸三サッカー協会会長は、コミュニケーションや摩擦の問題を挙げた。これだけ問題を抱えれば、その手のトラブルが起きていないほうがおかしい。とうの昔から起きていたに違いないが、表面化しなかったにすぎないと考えるのが自然だ。

 マリ戦、ウクライナ戦後、それは決定的なものになった。残り2カ月の段階で監督交代に踏み切った一番の理由だと田嶋会長は述べたが、それはかなり都合のいい話に聞こえる。解任の遅れをカモフラージュする方便のように聞こえる。マリ戦、ウクライナ戦の前に決断できたはずなのだ。

 昨年12月の東アジアE-1選手権で、北朝鮮、中国に苦戦。そして韓国に1-4で敗れた段階で、実行するべきだった。この段階ならば、西野朗さんの内部昇格以外にも道は残されていた。代理や代行ではない、本格的な名のある人物を招聘できたはずだ。田嶋会長も会見で、「名を明かすことはできないが、実際に候補者はいた」と述べている。

 そのチャンスの芽を摘んだのは協会自身だ。マリ戦、ウクライナ戦を経て事態が改善されなければ、残された道は内部昇格しかない……との判断は、昨年12月の時点で下されていたわけで、それは強力な監督の招聘を、そのときすでに断念していたことの証になる。いま断念したわけではないのだ。

 そもそも田嶋会長、西野技術委員長にまつわる不安は、監督探しにあった。

 アルベルト・ザッケローニ、ハビエル・アギーレ、ヴァイッド・ハリルホジッチの3人は、原博実前専務理事(現Jリーグ副理事長)と霜田正浩前技術委員長(現レノファ山口監督)のコンビで見つけ出してきた監督だ。「攻撃的サッカー」という原さんが好むコンセプトに基づき、招聘された監督だ。

 日本代表監督探しは、それまで代々、身近なところから選ばれてきた。岡田武史、ジーコ、イビチャ・オシム。その前のフィリップ・トルシエは、アーセン・ベンゲル経由で辿り着いた人物とされるが、ひとつのサッカーのコンセプトに基づいて監督探しを始めたのは、原さんが初めてだった。

 目指すサッカーに基づいて監督探しが行なわれることは「イロハのイ」だろう。それが2010年まで行なわれてこなかったという事実に、いまさらながら驚愕するが、それが日本の現実だった。2010年は日本サッカーを語るうえで重要な年になる。

 とはいえ、ザッケローニが期待されるコンセプト通りのサッカーを実際に展開したかといえば、満足度で言うなら6~7割だろう。次のアギーレは上々だったと思う。アジアカップではベスト8でPK負けしたが、狙い通りのサッカーをした。満足度で言うなら8~9割の監督だった。

 3人目にあたるハリルホジッチが就任した際には、悪くても満足度6~7割、この期に及んでコンセプトを大きく外すことはないだろうと予想した。ところが、この有様だ。同じ座標軸上にはない監督だった。

 原さんが求めた攻撃的サッカーとは、言い換えればプレッシングサッカーだ。コンパクトなスタイルからボールをいち早く奪還し、サイド攻撃を絡めながらピッチを広く活用する。ボール支配率は自ずと上昇。パスのつながりもよくなるので、見栄えもよくなる。サッカーの人気上昇や普及発展にも貢献しそうな、日本人の体格、気質にもマッチしたサッカーだ。

 ハリルホジッチは、まさに見込み違いだった。その意味で原さん、霜田さんの責任は大きいが、いまそれを言っても始まらない。ハリルホジッチが日本代表監督に就いた後に、現職に就いた田嶋会長と西野技術委員長に求められたのは、ハリルホジッチという従来の座標軸から外れた違和感との向き合い方だった。

 解任、更迭は常に視野のなかにあったはずだ。W杯最終予選中にも、交代してもいいタイミングは複数回、存在した。しかし、そうこうしているうちにハリルジャパンは予選を突破。本大会出場を決めた。

「結果を残した」とは、よく使われる言い回しだ。しかし、W杯予選突破という結果は途中経過だ。富士登山で言えば6合目ぐらい。8割方大丈夫と目されているラインだ。日本はこれまで5回連続でクリアしている。

 ハリルホジッチは予選突破のために招かれた監督ではない。本大会でどれほどいいサッカーをし、どれほどの結果を残せるか。代表監督の評価は、そこから逆算してされるべきものだ。

 しかし、その逆算は一種の予測だ。主観にすぎない。予選突破という”低次元”の結果と、主観でしかない逆算と。弱いのは、拠りどころがない主観のほうだろう。W杯本大会出場を決めたのに解任した。結果を残したのにクビにした。その理由が「本大会では戦えないから」という主観では、代えて成績が出なかったとき、代えた側は袋叩きに遭いやすい。大きなリスクを抱えることになる。

 田嶋会長、西野技術委員長が、ここまで手をこまねいてしまった理由だろう。強引に新監督を迎えれば、これまで存在しなかった任命責任も生まれる。

 原さん、霜田さんには過去に3人の監督を招聘した実績があった。コンセプトも存在した。田嶋会長、西野技術委員長はどうなのか。その点こそが両氏への最大の不安だった。招聘する力、コンセプトを明確にさせる力はあるのか。

 実際、会見で目指すサッカーについて問われた田嶋会長は。まず「コレクティブな……」と、明確ではない言葉を吐き、別の質問者がさらに念を押すと、「パスを繋ぐサッカー」と、あまり語りたくなさそうなトーンで答えた。

 大事なのはここなのだ。時計の針を2010年以前に戻してはいけないのだ。コンセプトを代表監督任せにすれば、ダメな日本に逆戻りする。もし会社なら倒産必至。組織のあるべき姿ではない。

 これはハリル解任に際し、議論すべき点でもある。ハリルホジッチのサッカーは何がダメで、日本サッカーは何を目指すべきなのか。

 その昔、よく議論されたテーマに、日本が目指すべきサッカーは南米式か、欧州式か、があった。いま振り返れば笑い出したくなるような低レベルの二択だが、2002年日韓共催W杯ぐらいまでは、それについて日本人は真顔で語り合っていた。

 コミュニケーションや摩擦は副次的なものにすぎない。他の世界にもありがちな、俗っぽい人間関係が問題の本質ではない。ハリルホジッチに抱く違和感の正体は、サッカーそのものだ。いますべきはサッカーの話。会長、技術委員長、代表監督がまず語るべき点もサッカーだ。ここが固まらない限り、過ちは繰り返される。日本サッカーは暗黒時代へと逆戻りする。

 今回の解任劇で、田嶋会長はハリルホジッチについて、サッカーの話で語り通せなかった。そこに日本の弱点を見た気がする。

(集英社 webSportiva 4月10日掲載原稿に加筆訂正)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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