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大丈夫か?「らしくない」バルサ。 弱気なチェルシーの戦術に救われる

杉山茂樹スポーツライター
チャンピオンズリーグ 決勝T1回戦 チェルシー1−1バルサ(写真:ロイター/アフロ)

 チェルシー対バルセロナは、チャンピオンズリーグ(CL)のなかでも1、2を争う看板カードとして位置づけられる。チェルシーが金満クラブ化し、ジョゼ・モウリーニョが監督の座に就いた2004~05シーズン以降、両者は決勝トーナメントで4度対戦(8試合)。五分の成績(2勝2敗)を残している。

 すべてが大接戦だった。第1戦、第2戦の通算スコアが1点差だった対決は3回。アウェーゴールルールでの決着が1回。2004~05シーズンの決勝トーナメント1回戦、そして2008~09の準決勝は、なかでも名勝負として知られている。だが2011~12シーズン以降は1度も対戦しておらず、今回は6シーズンぶりの対戦となった。

 その間、お互いに監督交代を繰り返し、現在に至っている。両者のスタイルはどのように変化し、それがこの看板カードにどんな影響を及ぼすのか。

 勝利を追求しながらも、クルマの両輪のように娯楽性をも追求するバルサに対し、とりわけモウリーニョ時代のチェルシーは、真逆なコンセプト──現実的なサッカーで臨機応変に対応していた。高いボール支配率を武器に攻めるバルサ。その間隙を突き、カウンターを拠りどころに反抗するチェルシー。それぞれの持ち味がピッチ上で交錯し、そこで生じる化学反応こそが名勝負の源になっていた。

 どちらが主役だったかと言えばバルサだ。世界的にもまれな哲学を持つバルサが、それを頑なに貫くほど、チェルシーの魅力も全開になる。そうした図式だった。

 チェルシーが勝利した2004~05シーズンの決勝トーナメント1回戦でのことだった。第2戦をホームで観戦したチェルシーファンの老人は、試合後、紅潮した顔でバルサを讃えた。

「いままで何十年とチェルシーの試合を見てきたけれど、こんな名勝負に遭遇したことは初めてだ。これもひとえにバルサのおかげだ。私は名勝負を演出してくれたバルサに感謝の拍手を贈りたい」

 バルサがバルサらしさを最大限発揮することが、名勝負となる前提になっていた。

 6シーズンぶりにスタンフォード・ブリッジを訪れたバルサに対し、どれほどのチェルシーファンが、当時の老人のようなリスペクトを抱いただろうか。

 バルサのボール支配率は最終的に72%を記録した。チェルシーもその間隙を突き、惜しいチャンスを何度か作った。両者のキャラクターは、一見すると発揮されたかに見えた。結果は1-1。接戦だった。

 しかし、地味だった。弾けていなかった。その点で、例えば先週のレアル・マドリード対PSGに大きく劣った。CLの看板カードの名が泣く出来映えの試合となった。

 まずバルサだ。72%の高い数字を示したボール支配率だが、それはその哲学の根幹にあるものではない。相手陣内でいかにゲームを進めるか。その時間を長く保つか。こちらの方が先に来るべきものだ。高いボール支配率の数字は、あくまでもその産物。ピッチを幅広く使う攻撃こそが、哲学を反映した具体的な姿になる。

 サイドの高い位置にいかにして侵入するか。その位置にボールを運ぶことでチャンスは拡大する。また、ボールを奪われるリスク、ならびに奪われた際のリスクも軽減する。それにより多くのメリットを得ることができる。

 哲学の肝となるこの最大の要素が、いまのバルサ、エルネスト・バルベルデのサッカーには欠落している。攻撃は自ずと真ん中に偏る。奪われる位置も同様。同じ高さで奪われるなら、サイドより自陣までの距離が短く、逆モーションになりやすい真ん中は、サイドよりはるかに危険な地域だ。

 実際、バルサはその形でチェルシーに幾度となくボールを奪われ、カウンターを浴び、チャンスを作られている。

 バルサの布陣は中盤フラット型4-4-2ながら、両サイドハーフを務めたのは、パウリーニョ(右)とアンドレス・イニエスタ(左)。いずれもサイドアタッカーとは言えない中盤の選手だ。布陣は必然的に4-2-2-2に近づくことになった。プレスのかかりが悪く、かつ、サイド攻撃をサイドバックに頼る旧ブラジル型のサッカーだ。

 チェルシーがその弱点をキチンと突けば、バルサのピンチはもっと増えただろう。バルサを守備的なサッカーに追い込むことができたはずだ。

 ところが、アントニオ・コンテ監督は、イタリア人監督らしく5バックで後ろを固めた。布陣は3-4-3と3-4-2-1の中間型。4-2-2-2とマッチアップすれば、必ずしも5バックにならなくて済む布陣ながら、チェルシーは自らの意思で引いた。もっとチャンスを作れる状況であったにもかかわらず、その追求を避けた。

 バルサもバルサならチェルシーもチェルシーだった。後ろで守り、カウンターを仕掛けるサッカーは、率直に言って時代遅れ。というか、そのサッカーが時代を制した過去は、CL25年史のなかで一度もない。一発勝負には奏功するかもしれないが、基本的に確率、効率が悪いので、長続きしない。

 イタリアが一時代を築いたのは90年代前半だが、その時の武器はプレッシングだった。守備的と言われるイタリアだが、時代を築いた方法論は攻撃的サッカーだったのだ。

 モウリーニョもけっして攻撃的な監督ではなかったが、かといって守備的なサッカーでもなかった。臨機応変こそを最大の売りにする監督という点で、コンテとは異なった。モウリーニョなら、いまのバルサに5バックで自ら後ろを固めるような真似はしないだろう。

 バルサはチェルシーに助けられた格好だ。アンドレアス・クリステンセンの不用意な横パスをカットしたことで奪った同点ゴールだけではない。その必要以上に守備的なサッカーに助けられた。

 本来の"色"を失ったバルサと、これまで以上に守備的だったチェルシー。名勝負を演じてきた過去が偲ばれる試合になった。

 アウェーゴールを奪ったバルサが有利な立場で迎える第2戦(3月14日)。だが、サッカーがこのままなら、その先は暗いと言わざるを得ない。チェルシーも同様だ。たとえバルサに勝利しても、その株が上がることはないだろう。この両チームは今季のCLの中心には位置していない。そう判断したくなる一戦だった。

(集英社 webSportiva 2月21日掲載)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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