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ユーロ2016グループリーグ最終戦。複雑な3位争いで「裏カード」が白熱する

杉山茂樹スポーツライター

グループリーグ最終戦。24チームを16チームに絞る過程を複雑にしているのが、6チームある各グループ3位の存在だ。ベスト16に進出できるのは、そのうちの4チーム。

そのイスを争う代表的な一戦がチェコ対トルコ(D組)になる。2戦を終わってD組3位につけるチェコ(勝ち点1)と4位トルコ(同0)。勝ち点0で最下位のトルコは、勝利しかベスト16入りへの道がない。勝ち点を3に伸ばしD組の3位になっても、他の3位チームとの比較で劣れば落選だ。実際、すでに3試合を消化しているスロバキア(B組3位、勝ち点4)には、勝点を3に伸ばしても届かない。

つまり、残る枠は3。この日、この試合に先立ち現地時間18時から行なわれたC組の2試合ではドイツとポーランドが勝利。ドイツに敗れた北アイルランドが勝ち点3(得失点差0)で同組の3位を確定させた。得失点差−4のトルコが北アイルランドに並ぶためには、チェコに4点差で勝つ必要がある。

勝てばほぼ3位が確定するチェコと、それだけでは不十分なトルコ。

試合は3位対4位の裏カードながら、開始当初から両軍が活発な応酬を繰り広げる好ゲームとなった。

トルコは、1戦(クロアチア戦)、2戦(スペイン戦)とも、4−3−3の両ウイングの位置に、ハカン・チャルハノールとアルダ・トゥランというゲームメイカータイプの選手を置いていた。その結果、4−3−3は先細りのデザインを描いた。両者が真ん中に入り込んだからだが、その問題点に気づいたのか、ファティ・テリム監督は選手の配置を変えてきた。アルダ・トゥランをインサイドハーフに据え、チャルハノールをベンチに置いた。両ウイングにはエムレ・モールとボルカン・シェンというウイングらしいウイングを起用した。

開始当初から、とりわけ目を引く動きをしていたのはエムレ・モール。身長168センチ。弱冠18歳の小柄な右ウイングは10分、アルダ・トゥランから右サイドで縦パスを受けると、その奥深い位置に侵入。中をよく見てマイナスに折り返した。

これをハーフバウンドで巧みに合わせたのがブラク・ユルマズ。中国Cリーグ北京国安でプレーするセンターフォワードは、チェコのGKペトル・チェフの左肩上を抜く鮮やかなゴールを決めた。

トルコはもう3点奪えば「当確」が出るまでになったが、その後、チェコの反撃に遭う。勝てばベスト16進出が決定する状態から、あと2点取らないとベスト16がない状態に一変し、チェコは尻に火がついたのか、トルコが1回攻めれば、それ以上の威力で向かってきた。

両国の総合力はほぼ互角。そう見える試合だった。テリム監督にはもっと危なく映っていたのだろうか、後半頭からトルコは布陣を変えた。前半、守備的MFを担当していたオザン・トゥファンを最終ラインに下げ、5バック(5−2−3)にしたのだ。これを3−4−3というには最終ラインに5人が並んでいる時間が多すぎた。

得点を奪うことより、勝ち点3を守ることを優先した。そう捉えたくなる布陣変更だった。置かれた状況を考えれば、さらに攻撃的に臨むのが一般的だが、テリムはその逆をいった。自力突破ではなく、他の組の動向に賭けようとした。下手に打って出れば、勝ち点3さえ失う危険は確かにあった。

そうした中でトルコにFKから追加点が生まれた。セルジュク・イナンのキックはユルマズを経て、メフメト・トパルの下に収まる。その戻しをトゥファンが蹴り込み、追加点とした。

この瞬間、ほぼ決勝トーナメント進出が絶望となったチェコに対し、あと2点で当確になるトルコ。トルコサポーターは、喜びを全開にした。発煙筒をゴール裏席でバンバン炊き、それをピッチに投げ込む輩(やから)までいた。UEFAの指導などお構いなし。知らんぷりするように派手にやった。日本からやってきた能天気なライターに、それは喜ばしいビジュアルとして映った。さらなる爆発に期待を寄せたが、それでも、テリム監督はセーブした。賭けに出ようとしなかった。

試合終了間際、交代で送り込んだCFジェンク・トスンが、決定的チャンスにシュートを引っかけるミスを犯すと、地団駄を踏んで悔しがったテリム。たが、彼が3点目のゴールを心底欲していたかといえばノーになる。勝ち点3を奪い吉報を待つ。少々暑苦しいおじさん風情の見た目とは異なる、手堅いサッカーをした。この判断は吉と出るか凶と出るか。

欧州にあってトルコは異質な存在。欠かせない貴重な色だ。アジア、中東の匂いを連想させる独得の濃さがある。初戦、第2戦と比べ、サッカーは格段によくなった。3位突破を果たし、1位通過の強国と、もう一度試合をする姿を見てみたい。18歳の右ウイング、エムレ・モールのウイングプレーをもう一度見たい。正直、テリムの判断に、僕は納得できない派である。

(初出 集英社 Web Sportiva 6月22日掲載)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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