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ブラジルの寝技に屈す。美しき敗者コロンビア

杉山茂樹スポーツライター

W杯本大会で僕はこれまで数え切れないほど敗者を見てきたが、この日のコロンビアに勝る敗者はない。そう断言したくなる。

69分、ダビド・ルイスの直接FKが決まりスコアは0-2。コロンビアの善戦ももはやこれまで。試合は決着したかに見えた。その時、20数分間にわたるそれ以降の試合内容を予測した人はどれほどいただろうか。

コロンビアは、当然のことながら攻めた。だが0-2になってからの攻めは、とかく荒くなりがちだ。舞台はアウェー。気ばかり焦って細部にミスが出るものだが、コロンビアは思いのほか冷静だった。そのように見えた理由は、ブラジルに比べてパスコースが多かったからだ。

出し手と受け手。ブラジルのパスコースが2点間の関係になっていったのに対し、コロンビアのパスコースは、常に2つ以上あった。ピッチには三角形が描かれていた。選手のポジショニングが良いこと。それに加えてドリブル、フェイント等、1対1で優位に立ったこともある。相手に接近してその逆を突く。すると1ヵ所しかなかったパスのコースは2ヵ所、3ヵ所に増えた。瞬間、ピッチには幾何学模様が描かれることになった。見ていて美しかった。パスとドリブルがここまでバランスよくミックスされた攻撃も珍しい。

78分、グティエレスに代わって入ったFWバッカが、ブラジルGKジュリオ・セザールに倒されてPKを得る。それをハメス・ロドリゲスが決め1点差にすると、コロンビアの追い上げムードはいっそう激しさを増した。

相手からボールを奪いマイボールに転じると、そのほとんどをチャンスに結びつけた。コロンビアのそれ以降の攻撃にはすべて、ゴールの匂いが漂うことになった。ブラジルの守備が破綻をきたしていたわけではないのに、だ。

その中心にいたのがハメス・ロドリゲスになるが、彼のドリブルとパスのバランスと、チームのそれとが一致しているところに、コロンビアらしさがあった。ネイマールとブラジル代表の関係以上に円滑だった。アルゼンチンにおけるメッシのように、彼ひとりだけ違ったリズムでサッカーをしていたわけではない。つまり、ワンマンチーム度は低かった。大会随一の好チームと言いたくなる所以だ。

試合は手に汗握る大接戦。フォルタレーザのスタンドを埋めたブラジル人は、コロンビアボールに転じるや不安に駆られ、硬くなった。試合時間があと5分あれば、勝負の行方はどうなっていたか分からなったと言っていい。

今大会、ブラジルの試合を生観戦するのはこれが4試合目になる。少なくとも前半の戦いは、これまでの中で最もいい感じだった。いい入り方をしていた。

「今日のブラジルはなかなかいいぞ」。そうノートにメモを記した瞬間、チアゴ・シウバの先制ゴールが生まれていた。

これまでのブラジルと何が違ったか。右サイドバックに、ダニエウ・アウベスに代わりマイコンが入ったこととそれは大きな関係がある。D・アウベスは前に出て行くことを義務づけられた選手。高い位置で攻撃に絡む選手として位置づけられているが、ブラジル代表には、バルサと違ってD・アウベスとサイドで絡む選手がいない。その周辺に三角形ができていないので、単独攻撃になる事が多かった。小兵のD・アウベスにとって、それは歓迎すべきことではない。ブラジル代表としても好ましくなかった。D・アウベスの攻撃参加をアテにしているのに決まらない。逆にその背後は穴になる。これこそが攻撃の波に乗れない原因の一つだった。

左のマルセロも同様に、攻撃参加を得意にするサイドバックだが、これまでは、D・アウベスにその機会を譲っていた。つまり、ブラジルの4バックは、3バック+1(D・アウベス)の状態にあった。そこに、攻撃参加の回数が平均的なマイコンが入った。両サイドバック2人と、両センターバック2人、さらには両ボランチ2人の関係は、これでバランスよく整った。

その4-2-3-1は事実上、両サイドバックと両ボランチがほぼ同じ高さで構える2-4-3-1になっていた。

それが安定感に繋がった。チアゴ・シウバの先制弾は、ブラジルに変化を確認した次の瞬間に生まれた。

だが、ブラジルはそれでもパスワークでコロンビアに劣った。ドリブルとフェイントが有効に入り、相手の逆を取りながら攻撃するコロンビアのような真似ができない。早い話、駒の質で劣っていた。そこでブラジルが取ったのは、プレイを連続させない作戦だった。接触プレイに持ち込み、ファウルを取ったり取られたりする関係だ。

この試合のレベルは恐ろしく高かったが、難を言えばその作戦だった。ファウルが多く、いいプレイが連続しなかったのだ。それがコロンビアに不利に作用していたことは明らかだった。

「ぶつ切り作戦」。少なくとも前半、これにコロンビアも乗ってしまった。乗せられてしまった。お付き合いしてしまった。コロンビアの敗因を挙げるとすればこれになる。ブラジルの乱暴な将棋にまともに向き合ってしまった。それこそがルイス・フェリペ・スコラーリの狙い。そう言っていいのかもしれない。

どちらのサッカーが面白かったかといえば断然コロンビアだ。「美しかったチームは?」「また見たいチームは?」と聞かれてもコロンビアになる。開催国であり優勝候補の本命であるブラジルに敗れはしたけれど、それを遙かに上回る好印象を与えたコロンビア。これ以上の敗者はそういない。W杯は「負け方を競うコンテスト」とは僕の持論だが、それに照らせば、コロンビアは今のところナンバーワンになる。

一方、ブラジルは、負け方を競うコンテストに世界で唯一入れないチームになる。優勝して当たり前。辛い宿命を背負っている。ましてや今回のブラジルは開催国だ。優勝候補の本命でもある。どんなにつまらないサッカーをしても、優勝しなければならない。チリをなんとか延長PKで仕留めても、コロンビアに激闘の末、勝利を収めても、自国民はもとより、世界中が驚いてくれない。喜んでくれない。一方、敗れれば大事件。優勝を逃せば国民は悲しみにくれる。

だが、準決勝のドイツ戦は、チアゴ・シウバが累積警告で出場停止になる。負傷のネイマールに至っては、この先の出場は絶望的だという。それでも美しい敗者にはなれない。ルイス・ファリペ・スコラーリはドイツに対してどんな寝技を用いるのか。ぶつ切り作戦はもう通用しないと思うのだが、他に手はあるのだろうか。

(集英社 Web Sportiva 7月5日 掲載原稿)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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