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「リアルなボクシングにこだわりたい」元世界王者・伊藤雅雪氏が興行主として描く青写真

杉浦大介スポーツライター
写真提供・伊藤雅雪

 元WBO世界スーパーフェザー級王者・伊藤雅雪氏が新たなスタートを切る。

 27勝(15KO)4敗1分の戦績を残して7月に現役を引退した伊藤氏は、10月、トレジャー・ボクシングプロモーション(TBプロモーション)を設立して代表に就任すると表明。その会見の席上で、12月3日、韓国仁川にあるカジノホテル、パラダイスシティで第1回興行を行うことも発表している。

 処女航海のメインイベントには、WBO世界スーパーバンタム級9位・赤穂亮(横浜光)対元世界3階級制覇王者ジョンリエル・カシメロ(フィリピン)のスーパーバンタム級10回戦という好カードも用意した。

 31歳の伊藤氏はTBプロモーションの看板としてどんな活動をしていこうと考えているのか。近未来の青写真と、目標はどのようなものなのか。楽しみな初興行を間近に控えた元世界王者にじっくりと語ってもらった。

 ”擬似ボクシング”ではない本物のボクシングを

 トレジャー・ボクシングの興行では、ボクシングの格にこだわっていきたいと思っています。重要なのは本物のボクシング。リアルにこのスポーツを極めている人たちの試合をファンの皆さんにお見せしたいんです。

 最近はボクシングというと、エキジビションのような試合の方が前面に出てしまっていますよね。どんどんエンタメに寄っている印象です。もちろんエキジビションが必ずしも悪いというわけではないですし、これも時代の流れなのかもしれません。ただ、格式のあるボクシングの試合がまるでおまけのようになっている興行も見受けられ、それはいい流れではないと思います。「擬似ボクシングみたいなことはやらないで欲しい」、「一般層からこれがボクシングだとは思われたくない」という気持ちも僕の中にあります。

アマ歴なしの叩き上げでプロの世界王者になった伊藤氏の言葉には説得力がある
アマ歴なしの叩き上げでプロの世界王者になった伊藤氏の言葉には説得力がある写真:森田直樹/アフロスポーツ

 今はそういうところで注目度や集客を得ないと興行が難しくなっているという現実もありますよね。実際に現在のボクシング界では、日本王者、東洋王者でも先を見るのは簡単ではありません。自分が東洋太平洋王者になったときも、当初は「数千万円を用意すれば世界王者を呼べるかもしれない」といった漠然とした話があったくらいでした。特に小さいジムの所属だったりすると、お金がかかる世界戦に辿り着くのは大変なことです。

 昨今のAmazonプライム・ビデオのボクシング参入はこの業界にとって素晴らしいことですが、現状ではその舞台に到達できるのは、トップクラスのボクサー、海外で勝った選手とか、まだほんの一握りです。いい選手でも、そこに辿り着く機会さえ掴めないボクサーはたくさんいます。そういう選手にチャンスを作れたら、というのはずっと考えていたことでした。

韓国から始まる新しい旅

 現役引退後、当初、頭にあったのはアメリカとの間に橋渡しができないかなということ。現役時代、アメリカのジムでトレーニングすることが多かったので、そのコネクションを生かせないかなと思ったんです。ただ、アメリカに乗り込んでいく形だと必然的にBサイドで戦うことになるので、もっとフェアな場所を作れればその方がベターなことは間違いありません。

 そんな時、韓国のパラダイスシティ・カジノとのお話が出てきました。韓国に行き、知人を通じてパラダイスシティのトップの方々を紹介して頂いたときに、格闘技イベントをやりたいと希望しているのを聞きました。

 そこでボクシング興行のプレゼンテーションを行い、興味を持ってもらえたんです。イベント開始は来年4月の予定だったんですが、カシメロのような著名選手が呼べるということで、12月に初興行ができることになったという流れです。

カシメロを起用したことで12月の興行は海外からも注目されるはずだ
カシメロを起用したことで12月の興行は海外からも注目されるはずだ写真:ロイター/アフロ

 今回の興行はカジノから協賛金が出るので、僕たちはゲート収入などを気にする必要はありません。ESPN/トップランクなどと同じで、予算の枠内で興行を打つわけで、絶対に黒字になり、その点でのリスクはありません。パラダイスシティ側としてはこういったイベントを売り物に人を集め、カジノで収益を得るという形になります。

 このスタイルなら、上質な興行が打て、世界戦規模のファイトマネーも払えます。カシメロがわざわざ韓国まで来てくれるのも報酬がいいから。このように資金がしっかりとした舞台であれば、ブレのない本物のボクシングが提供できるんです。

ボブ・アラムとトップランクから受けた刺激

 こうやって僕が本物志向になったのには、世界王者になった後にトップランクと契約した影響も大きかったのでしょう。先ほども話した通り、ロサンジェルスにいることが多かったので、よくアメリカの興行を見させてもらっていました。

 トップランクはユーチューバーを起用しないですよね。4回戦から興行が始まり、しっかりとした8回戦を挟み、メインに向けて盛り上がっていく。その間にショウ的なものは組み込まず、あるのはリアルなボクシングだけです。

 メインの前に流れる「This is Boxing」というハイライト映像がすべてを象徴していると思います。そういった舞台を作り、集客もしているトップランクは決してブレがなく、格好いいなと感じました。マッチメイク、選手の育て方も上手なので、そういった部分は現役時代から注目していたんです。

 それに似たことを日本人がやるのは無理だ、と諦めていたらそこで終わりです。4月からは僕のプロモーションに他のスポンサーもつく手はずになっているので、興行を頻繁にできると考えています。

 4月に予定している次のイベントは韓国開催の可能性が高いですが、8月ごろにやる夏の興行はまた違う場所になりそう。できれば5、6月に日本開催というのも考えていて、そういった流れで、いい選手、頑張っている選手にどんどんチャンスを作っていけるんじゃないかと思っているんです。

目指すのは世界的なプロモーター

 僕の主催興行では、本物の試合であれば日本人が絡まないメインでもいいと思っています。もちろん1人も日本人選手が出場しない興行というのはまずないでしょうけど、看板は外国人同士の好カードでもいいですよね。たとえばカシメロ対ルイス・ネリ(メキシコ)なんてどうでしょう?(笑)

 そんなふうに、世界的に注目を浴びるカードを組んでいけたらと思います。最終的にはトップランクがやっているように、世界各地で興行を展開していければ最高です。日本でもやるし、韓国でもやるし、いろんな意味でちょっと難しいけどアメリカでも、という形に広げていくのが目標です。

 その流れの中でお金を産み、選手にしっかりとしたファイトマネーを払い、また新たな選手を起用していけるように。それと同時に、日本の好選手にチャンスを与えられ、ボクシング界を盛り上げられるようにしていきたいですね。世界的に注目を浴びるようなプロモーション会社にしていきたいです。

赤穂にとってもカシメロとの試合は世界的に名前を売るチャンス NAOKI FUKUDA福田直樹
赤穂にとってもカシメロとの試合は世界的に名前を売るチャンス NAOKI FUKUDA福田直樹

 そういった自分の気持ちや青写真を伝える目的で、今後はアメリカにも頻繁に行こうと思っています。現役時代にお世話になったルディ・ヘルナンデス・トレーナー、岡辺大介トレーナーをはじめ、たくさんの知人がいます。彼らにも挨拶しておいたら、こういうプロモーションがあるんだと認識してもらえるはずです。

 世界王座認定団体の総会にも顔を出していくつもり。そういった活動を通じ、アメリカを始めとする世界の選手とつながりを作っていきたいと考えています。

 こうやって理想を話していくのは簡単ですが、まずは12月3日、第1回の興行を成功させなければいけません。思い描いている計画があって、その方向に進んでいく。そのために大事なのは、目の前のことを全力でやっていくことです。今回、結果を出さなければ2歩目、3歩目はないので、ここで絶対にいい興行を成立させなければいけないんです。

MASAKAZU YOSHIBA吉場正和
MASAKAZU YOSHIBA吉場正和

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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