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計量失敗で王座を失った2階級覇者スティーブンソン 逸材が名誉回復のためにやるべきことは

杉浦大介スポーツライター
Mikey Williams/Top Rank via Getty Images

9月23日 ニュージャージー州ニューアーク 

プルデンシャルセンター

WBC、WBO世界スーパーフェザー級タイトル戦

前王者

シャクール・スティーブンソン(アメリカ/25歳/19-0, 9KOs)

12回判定(118-108、117-109 x2)

ロブソン・コンセイソン(ブラジル/33歳/17-2, 8KOs)

地元アリーナは素晴らしい雰囲気になったが・・・・・・

 スティーブンソンが米リングの呼び物の1人になってきていることを感じさせる凱旋興行だった。

 ニューアーク出身の2階級制覇王者がリオ五輪の元金メダリストでもある実力者、コンセイソンを迎え撃った防衛戦。プルデンシャルセンターは10107人の大観衆で満員になった。熱気に包まれたアリーナで、距離感に優れたサウスポーは軽々とコンセイソンを打ちのめしていった。

 スピード、スキル、フットワークのすべてで上回るスティーブンソンは、序盤から楽々とペースを掌握。第4ラウンドにはボディで先制のダウンを奪い、以降も余裕を持ってポイントを奪っていく。終盤にいくつか集中力を欠くラウンドはあったものの、最後まで積極的な攻めで地元ファンを沸かせ続けた。

 「シャクールはいつも通り、とてつもなかった。今日の彼はコンセイソンというタフな相手と戦った。ニューアークの観客は素晴らしかった。このアリーナでまた多くのいい試合を挙行できるのを楽しみにしているよ」

 ボブ・アラム・プロモーターはそう述べ、実際にスティーブンソンの出来に満足するとともに、潤沢なマーケットを見つけたことを嬉しく思っているだろう。 

 この日の観客動員数は、同アリーナでのボクシング興行での最多記録だった(これまでの記録は2010年2月6日のトマス・アダメク(ポーランド)対ジェイソン・エストラーダ(アメリカ)戦)。前売りチケットの売り上げが好調で、予定よりもキャパシティを拡大したためにこれほどの動員が可能になったのだとか。

 スティーブンソンがまだ無冠だった2019年7月、同会場でのアルベルト・ゲバラ(メキシコ)戦の観衆は5150人にすぎなかった。過去2戦ではジャメル・ヘリング(アメリカ)、オスカル・バルデス(メキシコ)といった実力派を下したスティーブンソンは、3年強で2倍の観客動員力を誇る選手になったということだ。いかに地元イベントとはいえ、1万人以上のファンを集められる現役ボクサーはそれほど数多くいるわけではない。

スーパースター候補の失態

 こうして素晴らしい雰囲気のイベントになっただけに、なおさら今戦が通常のタイトルマッチとならなかったのは残念ではあった。

 すでに大々的に報道された通り、スティーブンソンは前日計量でスーパーフェザー級のリミットを1.6パウンドもオーバー。2時間後の再計量に挑むこともなく、2つのタイトルを剥奪され、試合はコンセイソンが勝った時だけ王者となるという形で挙行された。

 「長い1週間を過ごし、体重を作るために必死にならなければいけなかった。いいパフォーマンスがしたかった。できることはすべてやったよ」

 試合後にそう説明した“前王者”は、報酬300万ドルの中から罰金としてコンセイソンに15万ドル(挑戦者のもともとのファイトマネーは20万ドルだった)、コミッションに2万ドルを支払う羽目になった。

 戦前のインタビューで筆者に「試合後、発表することがあります」と述べていたスティーブンソン。スーパーフェザー級での最後の一戦と心に決めて臨んだコンセイソン戦に勝ち、その後、リング上でライト級への転向を発表するつもりだったに違いない。そんなシナリオは霧散し、計量失敗後のツイートで昇級を宣言した。

 これまでのスティーブンソンは飛び抜けたスキル、距離感とともに、プロらしい姿勢でもリスペクトを勝ち得ていた。そんな選手だけに、ここでキャリアに汚点がついたことで周囲のファン、関係者を落胆させたのは間違いない。

Mikey Williams/Top Rank via Getty Images
Mikey Williams/Top Rank via Getty Images

 身体が大きくなったこともあり、コンセイソン戦での戦い方は以前より力強さを感じさせるものではあったが、それは減量を諦め、ウェイトで上回った上でもたらされたものであることを忘れるべきではない。背水の陣で挑んであろう2度目のタイトル戦に、不利な条件で臨まざるを得なかったコンセイソンの無念も察されてしかるべきである。

 もっとも、あくまでアメリカ国内では、今戦でスティーブンソンが体重超過したことはそれほど騒ぎになっていない印象がある。多くの人が残念に思ってはいても、「大目に見られている」という表現の方が真実に近いだろうか。

今後、ライト級に上げてやるべきこと

 もともと米リングのファン、関係者はよくも悪くも計量失敗に免疫がある。心身に危険な状態まで落とすべきではないという考え方も耳にする(対戦相手への責任を考えれば、正面から同意し難いが)。また、前述通り、少なくともこれまでのスティーブンソンがプロ意識を感じさせる選手だったことも大きいのだろう。

 付け加えると、ここで期待のスピードスターのライト級昇級が明らかになり、過去を悔やむより、先行きを楽しみにする期待感の方が大きくなっているのかもしれない。実際にスティーブンソンが層が厚いとはいえなかったスーパーフェザー級を離れ、3階級目の王座を目指すことで、群雄割拠の階級に新たなスパイスが散りばめられるのは紛れもない事実ではある。

 「(ライト級でも)チャンピオンと戦いたい。デビン(ヘイニー)がカンボソスと再戦した後、私が戦おうじゃないか。ロマチェンコとも戦うよ」

 コンセイソン戦後のリング上でスティーブンソンはそう語り、早い時期のライト級王座挑戦に意欲を示していた。

 ライト級の4団体王座を保持するデビン・ヘイニー(アメリカ)が10月15日、オーストラリアで前王者ジョージ・カンボソス Jr.(オーストラリア)とリマッチを行うことは決定している。そこでヘイニーが勝てば、来春、元王者ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)と新旧対決を行うというのがボブ・アラムとトップランクのシナリオ。そのビッグファイトの勝者に、ライト級での試運転を終えたスティーブンソンが挑戦すれば綺麗な一本の線になる。

Mikey Williams/Top Rank via Getty Images
Mikey Williams/Top Rank via Getty Images

 ヘイニー、ロマチェンコ、スティーブンソンはすべてトップランク傘下ゆえ、ここまでのマッチメイクは決して難しくない。その他、プロモーターは違うものの、ライト級にはジャーボンテ・デービス、ライアン・ガルシア、ジョセフ・ディアス(すべてアメリカ)、イサック・クルス(メキシコ)といった著名選手が揃っている。

 本当に様々な顔合わせが考えられるだけに、今後しばらくのライト級は最もホットな階級であり続けても不思議はない。そして、まだライト級で1戦もこなしていない現時点でも、統計でも取れば、同階級の”ラストマン・スタンディング(最後に勝ち残るもの)”にはスティーブンソンを挙げる関係者が最も多いかもしれない。ハイレベルのディフェンス、スピード、フットワーク、スキルを融合させたサウスポーへの業界内の評価は、すでにそれほどに高い。

 そこまでの逸材だけに、ここで計量失敗という失態を犯したことは返す返すも残念だった。これまでリング上ではほとんど曇りのない快進撃を続けて来たスティーブンソンだが、しばらくは厳しい目で見られることになる。ただ、ボクシングビジネスは今も昔も強者には寛容である。

 希有な才能に恵まれた25歳には、これから先もチャンスを与えられ続けるはずだ。ライト級ではしっかりと体重を作り、強豪に勝ち続ければ、スティーブンソンが遠からずうちにパウンド・フォー・パウンドの上位にランクされることになっても誰も驚きはしないだろう。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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