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WBO王者中谷潤人も認める逸材ジェシー・ロドリゲス。二人が雌雄を決する日は来るか

杉浦大介スポーツライター
Photo Ed Mulholland/Matchroom

6月25日 テキサス州サンアントニオ

WBC世界スーパーフライ級タイトル戦

王者

ジェシー・“バム”・ロドリゲス(アメリカ/22歳/16戦全勝(11KO))

TKO8回

シーサケット・ソールンビサイ(タイ/35歳/50勝(43KO)6敗1分)

タフな元王者を相手にほぼ完璧なパフォーマンス

 新スター誕生―――。そんなありきたりな表現を使いたくなるほど、瑞々しいロドリゲスの強さばかりが目立った一戦だった。

 もともとライトフライ級で戦っていたロドリゲスは2月、体調不良で離脱したシーサケットの代役として本番6日前にカルロス・クアドラス(メキシコ)とのタイトル戦が決定。ここでダウンを奪っての判定勝ちで新王者になり、サクセスストーリーが始まった。

 この日は故郷サンアントニオのポート・テック・アリーナで、スーパーフライ級の列強の1人であるシーサケットを迎え撃った。かつてローマン・ゴンサレス(ニカラグア)をもKOした元王者のパワーは、売り出し中の“バム”にとっても危険とみなす関係者は少なくなったのも事実。しかしこのスリリングな好カードで、現役最年少の王者はほとんど満点と思えるボクシングで魅せてくれた。

Ed Mulholland/Matchroom
Ed Mulholland/Matchroom

 序盤からスピーディなパンチを高確率で決め、流麗なコンビネーションで地元ファンを沸かせる。経験豊富な相手に対し、状況に応じてクリンチワークも駆使。35歳になったシーサケットの動きが3回以降は落ちたのを見て取ると、攻撃のペースを上げていく。7回には左フックでダウンを奪い、8回にスムーズな連打でストップに持ち込んでみせた。

 「(ソールンビサイは)これまで対戦した中で最高の強打者だった。戦前はもともとのウェイトに戻るべきだとも言われたから、(スーパーフライ級の)レジェンドも下してきたソーランビサイというタフな選手に勝ち、そういった周囲の声が間違っていたと証明できて嬉しい」

 すでに全盛期の力はなかったとはいえ、ゴンサレス、ファン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)に合計3勝1敗というタフなタイ人を圧倒した勝ち星のインパクトは実際に大きかった。

 「サンアントニオの街はスーパースターを手に入れた」

 マッチルーム・ボクシングのエディ・ハーンのそんな言葉は、プロモーターらしい誇大宣伝だったのかもしれない。それでも持ち前の端正なボクシングに加え、前戦ではスタミナ、今戦ではタフネスも証明した22歳が、今後が楽しみなヤングスターであることにもう誰も疑問の余地はないはずである。

中谷潤人のライバルとなっていくのか

 「すごい上手いボクシングで翻弄したっていう感じですね。(目立ったのは)上手さ。ソールンビサイもけっこうタフな選手ですけど、アングルを変えて攻め、ああやってパンチをまとめてKOに持っていくのはさすがだなと思いました」

 今回の試合をリングサイドで観たWBO世界フライ級王者・中谷潤人(M.T)も感心したようで、その戦いぶりに称賛を惜しまなかった。

撮影・杉浦大介
撮影・杉浦大介

 最近ではこの中谷も軽量級で評価を上げているのは、ボクシングファンならご存知の通り。こうしてフライ級に中谷、スーパーフライ級にロドリゲスと周辺階級にヤングスターが揃った。直接対決に期待を寄せる声も増えるだろう。

 現在、ロサンジェルスで修行中の中谷がサンアントニオまで足を運んだのも、“バム”が近未来の標的になりかねないという思いがあったからに他ならない。

 「階級上げたいっていう気持ちがあります。ロドリゲスはチャンピオンなんで、(近未来の対戦は)十分可能性があると思って観ていました。戦りたいです」

 中谷はそう述べ、スター候補同士の激突に思いを巡らせていた。一方、ロドリゲスの方も、「中谷との試合は特別なものになるだろう」と語っている。

 もっとも、ここで結論を先に書いておくと、ロドリゲスと中谷が近いうちに対戦する可能性は高いとは思えない。上記通り、フライ級での体重調整が難しくなっている中谷。「パフォーマンス的に上の階級の方が力が発揮できるというのは感じている」と述べ、次戦でのスーパーフライ級転向を希望している。

 過去2戦はスーパーフライ級で戦ったロドリゲスの方は、逆に遠からず階級を下げる方向なのだという。シーサケット戦後の会見時、「すでにクアドラス、シーサケットに勝ったが、ゴンサレス、エストラーダも倒したいか」と聞くと、躊躇うことなくこんな答えが返ってきた。

 「(次戦では)112パウンド(のフライ級)に下げてタイトルを狙うのが今の計画。その2人は僕の兄(ジョシュア・フランコ)が対処してくれるだろう。これから陣営と話しあうことになる」

 WBA世界スーパーフライ級タイトルを持つ兄ジョシュア・フランコ(アメリカ)に気を遣っているのか、それとも1つでも多くの階級で王者になりたいという野望があるのか。ロドリゲスの真意はどうあれ、両選手に近いある関係者は「階級的にしばらくはすれ違いそうだ」と述べていた。

 ”今”ではなくとも、”いつか”

 中谷がフライ級に止まるか、ロドリゲスが考えを変えてスーパーフライ級に残るか、いずれの階級でもどちらかが譲歩した上での対戦はもちろん可能ではある。ただ正直、ここで焦らなくてもと感じているのは筆者だけではないだろう。

 ロドリゲスは22歳、中谷は24歳。まだまだ伸びしろは残っており、対決はともに脂が乗り切った後でもいいのではないか。

 マッチメイクが必ずしも思惑通りにいかず、「やれる時にやっておいた方がいい」のがボクシング界ではあるが、報酬が比較的安価の軽量級は著名選手同士の対戦もより組みやすいもの。ロドリゲスが帝拳ジムの契約選手であることも考慮すれば、機がさらに熟するのを待っても良いようにも思えてくる。

 いずれにしても、稀有なスケールの大きさを感じさせる中谷の周辺階級に好敵手となり得るポテンシャルを持った選手を現れたことを喜ぶべきだろう。

 井上尚弥(大橋)とノニト・ドネア(フィリピン)に続き、現代は日本人ボクサーに世界的な意味での“ライバル”が生まれる時代。中谷とロドリゲスが今後も伸びやかに成長すれば、さらに面白くなる。2人がそれぞれのストーリーを紡ぎ、いつかその道のりが交わることがあれば、ボクシングファンにとっての新たな喜びとなるはずである。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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