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「いつかまた井上尚弥と戦いたい」米デビュー戦相手ニエベスが銀行員との“二刀流”で見据える未来

杉浦大介スポーツライター
Photo By Mikey Williams/Top Rank

 2017年9月9日、井上尚弥(大橋)の米デビュー戦の相手を務めたアントニオ・ニエベス(アメリカ)は依然として現役ボクサーとしての活動を続けている。

 井上戦後は4戦を行い、3勝1敗。5月21日に故郷クリーブランドで約2年半ぶりの試合を行い、判定勝ちで戦績を20勝(11KO)3敗とした。

 こうしてプロボクサーとしてのキャリアを積み上げると同時に、ニエベスは過去約10年、PNC銀行で働き続けてきた珍しい“銀行員ボクサー”としても知られている。生活は保証された中で、35歳となった今でもハードなスケジュールをこなし、戦い続ける理由はどこにあるのか。

 今回、ユニークな“二刀流”を継続する背景をじっくりと語ってもらった。ニエベスの言葉の一部は現在発売中のSports Graphic Numberに掲載されているが、ここでは完全版をお届けしたい。

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約2年半ぶりの復帰戦を飾ったばかり

――井上選手との対戦からもう5年近くが経ちますが、あなたが現役生活を続ける理由は?

アントニオ・ニエベス(以下、AN) : 私のキャリアは終わったとは感じていません。まだ向上できるし、またタイトル挑戦して、今度こそ勝ちたいと思っています。そういった目標があるからこそ、戦い続けているんです。

――先月、地元リングでジュディ・フローレス(フィリピン)を相手に約2年半ぶりの試合を行いました。最新ファイトの内容、結果を説明してください。

AN : 相手は10戦全勝(6KO)のフィリピン人選手。映像がほとんど見つからなかったため、準備は容易ではありませんでした。だから最初の2ラウンドは様子を見たのですが、以降、ジャブとボディ打ちで相手をスローダウンさせられました。6回にはボディでダウンを奪い、3-0の判定勝ち。パンデミックのおかげで多くの試合がキャンセルになってしまい、久々のリング登場となりましたが、やりたいことはできた一戦でした。

――こうしてプロボクサーとして戦い続けると同時に、あなたが銀行でも働いていることはよく知られています。普段、どういった業務をこなしているのでしょう?

AN : 私の肩書は“ファイナンシャル・アドバイザー”。人々が銀行口座、クレジットカード、住宅ローンなどを開くのを手助けするのが仕事になります。PNCバンクでの仕事はこの11月で10年目になります。

――ボクシングと銀行員の両立の難しさはどういったところに感じますか?

AN : 今では両方をこなすのが当然になったので、もう難しくなりましたよ。朝は5時半に起き、まずロードワークをこなし、帰宅し、仕事の準備をして9時に出勤。夕方5時から5時半に仕事を終えたらジムに行ってトレーニングという流れです。10年も続けているので、すっかり慣れて、大変だと感じることもなくなりました。妻との間に息子と娘がいるのですが、息子は一緒にジムに来て、私のワークアウトを見ています。2人が生まれた時からずっとトレーニングを続けているので、彼らにとっても当たり前になっていますね。

――もともとなぜ両方をやろうと思ったのでしょう?

AN : 幼少期は野球、バスケットボールをプレーし、7歳の頃にマーシャルアーツも始め、テコンドーでは黒帯保持者です。学生時代から常に学業とスポーツを両立させてきました。その流れでボクシングを始めたわけですが、ボクシングのキャリアはいつか終わりが来ます。誰もが100万ドルを稼げ、ボクシングだけに集中できるわけではありません。だからこそ、バックアッププランが必要なのです。「あいつはボクシングに集中していない」なんて言われたりもしますが、それは真実ではありません。私は誰よりもハードに練習してますし、成功したいというモチベーションはより大きくなるものです。家族のため、自分のため、自分の夢のために私は両立を続けているのです。

――父親として、2人のお子さんたちに生き様を見せたいという思いもあるのでしょうか?

AN : 何をやるにせよ、たとえ一度うまくいかなくても、努力を続けなさいと子供たちには常々伝えています。誰も待ってくれないし、自分の力で動かなければいけないということを私が体現したいんです。

いつか井上ともまた戦いたい

――井上との試合はHBOで全米中継され、他にもあなたの試合はShowtime、ESPNなどで中継されました。PNC銀行で働く際、お客さんがあなたはプロボクサーだと気づくことはありますか?

AN : テレビで試合が映し出されたり、地元の新聞に掲載されたり、ポスターに顔写真が載ったりで、「これはあなたなのか?」と顧客が気づくことはあります。銀行での仕事を通じて私のことを知った人はみんな驚きますよ。トップレベルのボクサーと話してみたいと思うお客さんはいるもので、プロボクサーという肩書きは私の仕事の助けにもなっていると思います。

――ハードな毎日であることは間違いないと思いますが、あなたは銀行員としての仕事も気に入っているようですね。

AN : 楽しんでいますし、これからも続けていきたいです。特に私は地元の銀行で働いているので、子供の頃から知っている人たちを助けることもできます。地元に還元できていると感じられるのはいいものです。ずっとクリーブランドに住み続け、ボクサーとして地元を代表して戦えるのも喜びです。

――あなたはクリーブランドで生まれ育ちましたが、両親はプエルトリコ出身なんですよね?母国はボクシングが盛んですが、好きだったボクサーは?

AN : 母親のお腹の中に私がいるときに、両親は私の兄、姉を連れてプエルトリコからアメリカに移住したのです。私がファンだったボクサーはファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)。最高級のカウンターパンチャーで、何度かダウンを喫してもカウンターで逆転KOしてしまう決意に満ちたボクシングが大好きでした。

――プエルトリカンの両親の元に生まれ、フェイバリットファイターがメキシカンというのは意外な気がします。

AN : ミゲール・コット、フェリック・“ティト”・トリニダード、ウィルフレッド・ベニテスといった母国のボクサーも好きだったですよ。ただ、マルケスの持つカウンターの技術と精神的な強さは私にとって特別だったのです。スタイル的にも私は影響を受けています。

――最後に2022年の目標を教えてください。

AN : まずは世界ランキングに戻ることですね。今年中にまた試合をこなし、できればタイトルに挑戦したいです。私はすでに階級最高の選手と戦い、結果は思うようにはなりませんでしたが、そこから多くを学びました。また誰とでも戦う準備はできています。相手はタイトルを持っている選手なら誰でも構いません。できるならばいつかもう一度、井上とも対戦したいですね(笑)

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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