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パッキャオに敗れて以来の復帰戦 元世界ウェルター級王者サーマンが戦う意味とは

杉浦大介スポーツライター
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

2月5日 ネバダ州ラスベガス

マンダレイベイ・リゾート&カジノ・イベンツセンター

ウェルター級12回戦

元WBAスーパー、WBC世界ウェルター級王者

キース・サーマン(アメリカ/26歳/29勝(22KO)1敗1無効試合)

元WBA世界スーパーライト級王者

マリオ・バリオス(アメリカ/26歳/26勝1敗(17KO))

敗者復活PPVイベントの顔役

 “One Time”の愛称で親しまれた人気ボクサーが2019年7月のマニー・パッキャオ(フィリピン)戦以来、久々にリングに戻ってくる。33歳になったサーマンは今週末、PBC on FOXのPPV興行にメインイベンターとして登場。元スーパーライト級タイトルホルダーのバリオスと対戦することになった。

 この日の顔役に起用されたサーマン、バリオス、セミファイナルに登場するレオ・サンタクルス(アメリカ)、アンダーカードで試合を行うルイス・ネリ(メキシコ)はすべて前戦で敗北を喫しており、いわば“敗者復活イベント”。このカードに視聴料74.95ドルは幾らなんでも高すぎるという声が出ているのはもっともではある。事前のプロモーションを見ても、興行を主催するPBCもここで大きな収益を期待しているとは思えない節がある。

 それでもファン、関係者から一定の注目を浴びる興行になっているのは、やはりサーマンの特異なスター性がゆえだろう。

 「ボクシング活動が恋しかった。私はこのスポーツを愛しているし、バリオスとの対戦を楽しみにしている。リングから何日間離れていようと気にしない」

 最終会見でそう述べていたサーマンの心身のコンディションに何よりも大きな注目が集まるに違いない。

バリオス戦はやはりサーマン優位予想が多いが、そのコンディション次第で番狂わせの可能性を語る声も Ryan Hafey/Premier Boxing Champions
バリオス戦はやはりサーマン優位予想が多いが、そのコンディション次第で番狂わせの可能性を語る声も Ryan Hafey/Premier Boxing Champions

最も視聴されてきた現役ボクサー

 エキサイティングなファイトスタイルとカリスマ性、ハイレベルのトラッシュトークを可能にする聡明さを備えたサーマンは、PBCの草創期にアル・ヘイモンから最も期待を寄せられたボクサーの1人だった。

 2015年3月、地上波NBCによってプライムタイムに生中継されたPBCのこけら落とし興行でメインイベンター(対ロバート・ゲレーロ(アメリカ))に抜擢されたのはよく知られている通り。その後もESPNで放送されたルイス・コラーゾ(アメリカ)戦、地上波CBSで中継されたショーン・ポーター(アメリカ)戦、ダニー・ガルシア(アメリカ)戦はすべて高視聴率を叩き出し、特にガルシア戦ではピーク時で視聴件数500万越えを果たした。それらの試合に全勝し、実力と商品価値を証明した当時28歳のサーマンの行く手には、明るい未来が広がっているように見えた。

 ところがーーー。こうしてお茶の間でよく知られるボクサーになったにもかかわらず、以降のサーマンはブランクを作りがちになってしまう。

 2018年は全休すると、2019年にはパッキャオに敗れてついに初黒星。前述通り、その後はまたリングから遠ざかった。おかげで2015〜2017年の濃密な4試合で得た勢いを完全に失ってしまった感がある。 

頭の良さを感じさせる流麗なトークは健在だ Ryan Hafey/Premier Boxing Champions
頭の良さを感じさせる流麗なトークは健在だ Ryan Hafey/Premier Boxing Champions

 右肘、左手などに度重なる故障を経験し、多少のブランクは仕方なかった部分もあるが、これほど寡作となった原因はそれだけではなかったのだろう。PBCから優遇されたおかげで金銭的に報われ、ハングリー精神を失ったのか。2017年6月に結婚し、ボクシング以外に大事なものができたことが影響したのか。

 理由はどうあれ、トップボクサーとしては少々風変わりなキャリアを辿ってきた選手だけに、約2年半ぶりとなる今回のリング登場でも心身の状態が気になるところではある。現在のサーマンがどんな心構えで復帰戦に臨んでくるのか、推し量るのは容易ではない。

リトマス紙的な戦い

 「私が戻ってきて、ウェルター級(の熱気)も戻ってくるよ。私がいない間、この階級はひどい状態だった。ウェルター級で最もエキサイティングな試合を見せるのは私だ。ベルトを持っていようが、いまいが、私こそが王者だ」

 サーマンのそんな言葉通り、トップ選手がなかなか直接対決しないおかげでウェルター級の盛り上がりはすでに沈静化した印象もある。

 ここでサーマンが完全復活を遂げ、エロール・スペンス・ジュニア、テレンス・クロフォード(ともにアメリカ)、ヨルデニス・ウガス(キューバ)らが属する階級のトップ戦線に再び名乗りを上げればより面白くなる。

戦うモチベーションはまだ残っているのか Ryan Hafey / Premier Boxing Champions
戦うモチベーションはまだ残っているのか Ryan Hafey / Premier Boxing Champions

 ジャロン・エニス、バージル・オルティス(ともにアメリカ)といった新鋭の前に立ちはだかれば、それもストーリーとしては興味深い。ただ、ここまでの経緯を見る限り、バリオスに勝っても、負けても、サーマンが再びリングから離れてしまってももう誰も驚きはしないだろう。

 この4年間でわずか3戦目のサーマンの心は、本当にまだボクシングとともにあるのか。広野に戻るのに相応な準備を積んできたのかどうか。

 それらが推し量れるという点で、カラフルな元チャンピオンにはリトマス紙的な意味合いのあるファイト。エリートボクサーではなくとも、一定の実力を備えたバリオスとの試合で、様々な答えが見えてくるのかもしれない。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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