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八村塁とウィザーズの日本語情報はどう生み出されているのか ザック生馬が語る

杉浦大介スポーツライター
写真:ワシントン・ウィザーズ

 昨シーズンから八村塁がプレーするウィザーズは、2019年9月、チームの日本デジタル特派員としてザック生馬氏(以下、ザックさん)をスタッフに加えた。

 以降、ウィザーズは日本語のウェブサイト、公式ツイッターなどを開設。ザックさんによる試合前後のレポート、Podcast、さらにはビデオシリーズ「ウィザーズ密着24/7」などは日本のファンにも人気になった。また、バイリンガルのスポーツキャスターとして経験豊富なザックさんも、NBAファンにはすっかりお馴染みの存在になった感がある。

 ただ、新型コロナウイルスによるパンデミックの影響はNBAも直撃。ザックさんをはじめとするウィザーズの日本語コンテンツチームも軌道修正を余儀なくされている。

 昨季中断前はホーム、アウェーを問わず全試合に帯同したが、今季、アリーナからリポートするのはホーム戦のみ。他のメディア同様、ロッカールームへの立ち入りはかなわず、インタビューは基本リモート取材。そのような厳しい状況でも八村選手とウィザーズの日本語コンテンツを届けてくれるザックさんは、どのような思いで活動を続けているのか。苦境下でも常に前向きなその言葉からは、八村とは違った形で米4大スポーツのパイオニアとなったジャーナリストのスキルとプライドが伝わってくる。

コロナ禍でもコンテンツの質は保てている

 “ウィズ・コロナ”の“ニュー・ノーマル”がもう8ヶ月も続き、もう“ニュー”なんて言い方はできなくなってしまいましたね。僕たちウィザーズの日本語コンテンツチームもズームでのリモート取材が中心になっています。ロッカールームに自由に入って取材ができたのはたった1年前ですが、そんな時代があったんだなって、すごい昔のように感じます。それが米スポーツの魅力でもあるんですけど、よくあんなふうにガツガツと入っていけたなと、今では不思議に感じるくらいです。

 昨夏、NBAがオーランドでシーズン再開した頃からずっとズームで活動していますが、実はそれほど苦労や不便は感じていないんです。去年のシーズン中断まではロッカールームで自分たちでインタビューし、さらに英語のメインチャンネル用にカメラを回している人とデータを共有してリポート映像を作っていました。ただ、そのやり方でもカバーしきれない選手というのはいたと思うんです。

 それがズームによるリモート取材になり、今ではその日に誰がインタビューを受けるかがあらかじめ決まっています。選手が喋った映像はすべて目を通し、どの言葉をピックアップするかを選ぶことができる。こうして日々の作業の流れが綺麗にできているおかげで、よりバランスよく、チームのことを幅広く取り上げられるようになっていると感じています。

 選手の側から考えても、八村選手も含め、ウィザーズは若い選手が多いチームなんで、みんなリモート取材の方が落ち着いて喋れている気もします。選手の中には人前で10人以上の人に囲まれて話すのに慣れていない人もいますからね。

 また、取材をする側も質問の中身がよりクリアで細かくなっている感じもします。そういった意味で、ズームでのやりとり、情報交換、そしてそれらのインタビューを集め、最終的な2、3分くらいのリポートに辿り着くまではより良いものにできているという気はするんです。

デメリットはオフレコ情報の消失

 もちろん不便になったことはあります。今季はコロナの影響で日本語コンテンツチームは遠征には帯同しないということになったので、ホームゲームとアウェーゲームでやはり活動に差が出てしまっています。

 ウィザーズ公式サイトのスタッフで遠征に帯同しているのは、メインチャンネルの1人だけ。彼女はPCR検査も毎日受け、チームと一緒にずっと動き、アウェーゲームの際は彼女が試合前に撮ってくれる映像を僕たちも使って発信しています。

 ただ、実際に僕たちがアリーナにいないので、例えばホームの試合3時間前にラッセル・ウェストブルック選手が一人でコートで練習しているとか、現場にいるからこそ得られる情報が限られてしまうのはデメリットです。去年はあった選手への密着系や、チームの裏側を見せるようなオリジナルコンテンツも限られています。

 また、選手と気軽に雑談ができないので、オフレコの情報が得られないのも不便ではあります。オフレコの話はそのまま掲載できるわけではないですが、そういった情報からその後の活動へのヒントを得ることはありましたからね。

 昨季、八村選手の注目度はすごかったので普段は必要以上に声をかけないようにしていたんですが、例えばチームホテルや練習場とかで「調子はどうですか?」と気軽に話すことはできました。今はそれをやるために、ワンクッションをおかなければいけなくなったのは残念ではあります。

 しかし、まだコロナの脅威が残っている状態で、そこに不満を言っている場合ではないのは十分にわかっています。今季のNBAはハードスケジュールで期間を開けずに多くのゲームがあり、特にウィザーズは試合後にズームで2つの部屋を用意し、選手たちはじっくりと話をしてくれています。贅沢コンテンツである密着系がない代わりに、もともとのキーコンテンツである試合レポートが増える、といったバランスになっている。だからコンテンツが足りなくなることはまったくないんです。

八村インタビューの変化

 最後に八村選手の取材体制の話をしておくと、インタビューを受ける数が昨季中より減っているのは確かです。

 昨季は注目のルーキーでしたし、オーランドでの再開後も八村選手が中心のチームだったので、毎試合後にインタビューに応じてくれましたが、今季のウィザーズはブラッドリー・ビール選手、ウェストブルック選手が中心のチーム。リモート取材に登場する優先順位も自然とできてきます。広報たちが選択する上で、やはりブラッド(ビール)、ラス(ウェストブルック)、八村選手の順番ですよね。

 今季中は一時、八村選手はディフェンスの貢献が多く、オフェンス面ではそこまで派手な数字ではなかったので、ズーム会見に登場する機会が減った時期もありました。最近はオフェンスも好調なので、また頻繁に会見に登場してくれていますね。

写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

 1年目の昨季を振り返って、本人も辛かっただろうなと思う時期もありました。あれだけ日米両方のメディアから注目されて、“ドラ1”のルーキーだから毎日インタビューを受けてくださいという形になったんですけど、大変なことですよね。八村選手はチームのことを考える選手なので、ウィザーズが勝ったときなら気持ちよく話せても、負け試合のあとのインタビューがすごく多かったのは気の毒だったなと思います。

 毎試合後に話してくれたおかげで、八村選手が日々、得たもの、学んだことが見えてきて、彼自身の変化を見ていただくことはできたと思います。ただ、まず英語で、続いて日本語で取材対応せねばならず、ゲーム後の反省をしたいときにそれをやらなければいけないことで、本人の負担は大きかったでしょう。

 今季は毎試合後、インタビューを受けるわけではなくなっています。だから負け試合の後でも、もちろん悔しい気持ちは変わらないにせよ、もうちょっとリフレッシュした状態で話せているんじゃないかと思います。

 本人が考えていることもよりはっきりと伝えてくれるようになったし、良いインタビューになっているんじゃないでしょうか。特に勝ち試合の後は嬉しそうにニコニコして話してくれますね。今後、ウィザーズの勝率が上がり、その状況でのインタビューがもっと増えたら良いなと願っています。

コンテンツ作りに励むザックさんと編集&カメラマンの小野口大衛さん 撮影・杉浦大介
コンテンツ作りに励むザックさんと編集&カメラマンの小野口大衛さん 撮影・杉浦大介

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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