Yahoo!ニュース

「ボクシングが戻ってくる」米大手プロモーターが仕掛ける無観客興行シリーズの内幕

杉浦大介スポーツライター
(写真:ロイター/アフロ)

6月9日 ラスベガス

MGMグランド ボールルーム・カンファレンス・センター

スーパーフェザー級10回戦

WBO世界フェザー級王者

シャクール・スティーブンソン(アメリカ/22歳/13戦全勝(7KO))

フェリックス・カラバリョ(プエルトリコ/26歳/13勝(9KO)1敗2分)

安全に開催できるか

 「3ヶ月の空白を終え、ボクシングが戻ってくる!MLB、NBAが行われていない中で、ボクシングにスポットライトが当たるだろう」

 ボブ・アラム・プロモーターのそんな言葉通り、トップランクが主宰する無観客興行シリーズが様々な意味で大きな注目を集めることは間違いない。

 第1回興行を目前に控え、4日、スティーブンソン、カラバリョ、アラムが電話会見を行なった。メインイベントに登場する2人より、アラムに浴びせられる運営面での質問が多かったのも当然ではあったのだろう。

 9日のスティーブンソン対カラバリョ戦を皮切りに、現、元世界王者たちをイベントの軸に据え、トップランクは7月まで毎週火、木曜日に定期興行を開催していく方向という。これらの試合はすべてESPN系列で生中継、生配信される。こういった基本情報はすでに耳に入っていても、前例のない興行形態の全貌を想像するのは誰にとっても容易なことではなかった。

 「スタッフは1ヶ月にわたって努力を続けてくれた。選手、関係者はMGMに隔離され、テストを受け、ダイニングエリアで食事もする。誰も経験がないことだから、すべてはまだ進行中。1歩ずつ前に進んでいくつもりだ」

 アラムのそんな言葉通り、トップランクは安全のためのプロトコールを慎重にセットしてきた。

 選手たちは会場入り後と計量時にコロナの検査が義務付けられ、ホテルからの外出は禁止。セコンドとして試合会場に同行させられるのは2人までで、ジェイコブ・デュラン、マイク・バゼールという2人がシリーズの公式カットマンとして全試合でセコンドに入るという。

 また、最初の2興行ではメディアの立ち入りは許されず、ESPNの実況、解説者もリモートでの対応になる(注・TVインタビュー担当のレポーターはリングサイドに陣取る)。選手のマネージャーですらも会場には入れず、別室のモニターで試合を見ることになる。シリーズが軌道に乗るにつれ、施設内に入れる人間も増やす方向とか。

 こういった規則は理にかなったものに見えるが、実際にどのように機能するかは始めてみなければわからない。多数の感染者を出せばシリーズの存続は危うくなるだけに、あくまで慎重に、臨機応変な対応が必要になるはずだ。

スター候補の2020年初陣

 カラバリョが完全に無名の選手とあって、今回のメインイベントの内容への期待度は高いとは言えない。

 「映像を1ラウンドだけ見ただけで、彼が僕のレベルではないとわかった」

 スティーブンソンはそう断言していたが、実際に伸び盛りの王者にとってはあくまで調整試合であり、圧勝の予想が圧倒的に多い。

 アラムが「フロイド・メイウェザーのサウスポー版」と絶賛したスター候補の勝利は当然として、お茶の間にどうアピールするか。特に第1回興行は高視聴率が望めるだけに、リオ五輪銀メダリストのスティーブンソンにとっては売り出しのチャンス。また、現在フェザー級王座を保持するスティーブンソンは遠からずうちの昇級をほのめかしており、スーパーフェザー級での初陣は今後への試金石でもある。

前例のないシリーズ

 今戦を含め、6月中に予定されているカードのほとんどはミスマッチという厳しい意見もあるが、それも仕方ないのかもしれない。

 無観客興行ゆえにゲート分が減収になるのに加え、アラムによると、コロナのテストだけで1興行につき25000ドルがかかるのだという。MGMグランドの一部を隔離するのも大変な作業。ESPNの放映権料に支えられているとはいえ、巨額のコストが必要なシリーズであることは容易に想像できる。

 それに加え、前述通り、運営も手探りであることを考慮すれば、最初の数週間はタイトル戦を組まなかったことも理解できる。順調であれば、7、8月はカードのレベルも上がり、タイトルマッチも増えるはずだ。とにかく異例のパンデミック下のシリーズだけに、ファン、周囲の関係者も適応期間を許容するべきだろう。

 アメリカ全体が復興に向けて少しずつ動いている中で、ボクシング界の先陣を切るトップランクの責任はやはり重大。ライバル会社、その傘下選手には厳しくなりがちな業界だが、今回は他のプロモーターたちも概ね好意的にトップランクの動きを見守っている印象がある。後に続くものたちに勢いを与えるためにも、まずは大きなトラブルもなくシリーズが進むことを願いたいところだ。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

杉浦大介の最近の記事