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村田諒太「リアルな戦い」の本当の意味 独占インタビューで明かした真意

杉浦大介スポーツライター
撮影・倉増崇史

12月23日 横浜アリーナ

WBA世界ミドル級タイトル戦

王者

村田諒太(帝拳/33歳/16勝(13KO)2敗)

5回TKO

挑戦者

スティーブン・バトラー(カナダ/24歳/28勝(24KO)2敗1分)

自分のボクシングを確立

ーー23日のバトラー戦は良い意味での落ち着きが目立ち、好内容でのKO防衛だったように見えました。ただ、村田選手本人は「空回りしていた」と話していました。具体的に納得がいかなかったのはどの部分でしょう? 

村田諒太(以下RM): ウォーミングアップのミット打ちやシャドーにキレがあったので、相手は打たれ弱いし、これは1、2ラウンドで倒せるんじゃないかなと思ってしまったんです。当たれば倒れちゃうぞ、と。その一方で、相手は1、2ラウンドは強いから大事にいかなければいけないとも考えていました。心底からいきたいという自分と、冷静にならなければいけない、ブレーキをかけなければいけないと考えている自分がいた。アクセルとブレーキを両方踏んでしまっているようなところがありました。心に葛藤があり、僕の中では無になりきれていなかったんでしょう。

ーーどのパンチが使えなかったとか、余計なパンチを浴びてしまったとかではなく、気持ち的にしっくりこなかったということでしょうか。 

RM : そうですね。また、4ラウンドくらいには「このままハイペースで大丈夫かな」という考えが頭をよぎったりもしました。これは人生においても同じですが、ストレスを抱える瞬間って、何かを予測したときか、振り返ったときなんです。今回の試合中は3ラウンドくらいで先の展開を予測し、ストレスを抱えてしまいました。そういった意味で、僕の中では少し空回っていたのかなと感じたんです。

ーーただ、結果的には良いジャブでペースを作り、右でダメージを与え、焦らずにボディにも散らし、最後は左フックでKOしました。非常に良い流れで、これまでのベストに近いKOかなと感じたのですが、ご本人としてはいかがでしょう?

RM : うーん、前回のブラント再戦のKOも良かったと思います。あの試合も最後の決め手となったのは左フックでしたね。左フックを狙って打っているかといえばそうではなくて、自然と当たるというのはいいんでしょう。スパーリングで左フックが当たるかなと思って狙い始めると、だいたい崩れるんですよ。(バトラー戦は)その点で、フィーリングは悪くなかったんじゃないですかね。 

写真:西村尚己/アフロスポーツ
写真:西村尚己/アフロスポーツ

ーーバトラーはハードパンチャーと喧伝されていましたが、実際に対峙してみてパンチはありましたか?

RM : (これまでで)一番ありました。(2016年1月に)上海で対戦したガストン・アレハンドロ・ベガっていうアルゼンチンの選手もパンチがあったんです。打ちにいったときにお返しでもらったベガの右ボディなんか強くて、「顔面にもらったら倒れる」と思ったのはこれまでそのときくらいでした。今回のバトラーのパンチも、久々に「これはまともにもらったら倒れるな」と思いました。

ーーそのバトラーのパワーはKOする瞬間まで脅威だったんでしょうか?

RM : いや、やっぱり2回までがベストだったと思います。3ラウンドの途中くらいには薄れていって、4回にはもう明らかに消耗していました。だからパワーがすごかったのは3回までですね。

ーー3、4回には相手にダメージを与えて見せ場も作りました。その頃にはもう仕留められるという手応えはあったんでしょうか?

RM : 僕もプレッシャーをかけるのでかなり体力は使っていたので、勝利を確信するとか、先の展開を予想するとかはあまりなかったです。むしろ不安の方がありました。さっき言った通り、「このペースで大丈夫かな」という不安が大きかった。そんな中で倒すことができたから、あんなに喜んだんですよ。不安がある中で倒せたから喜ぶのであって、倒して当たり前で倒したんなら、そこまで喜ぶわけがないじゃないですか。

ーー試合後には「自身のボクシングを確立できた」と話してらっしゃいました。逆に言えば、これまでは常に迷いのようなものがあったということでしょうか?

RM : 重心の位置はどこがいいのかとか、打ち方がどうとか、いろいろなことを試してきました。身体の使いやすさも人によって別々ですし、合う合わないはあるんですよね。僕のボクシングでは右ストレートを打つ時に右足が前に行ったらダメなんですけど、ロイ・ジョーンズ・ジュニアなんかだと右足が前に行った方がいい。フェリックス・トリニダードは大好きだけど、彼と同じことはできないし、やらない。そういった感じで自分の身体の使い方がやっとわかってきて、やらないものはやらないと、どちらかといえば消極的な方法で自分のボクシングが確立できていったのかなと思います。前はどっちかというと膨らまそうとしすぎていたんですけど、やらなくて良いものを除外していった結果です。

やっとたどり着いたスタート地点

撮影・倉増崇史
撮影・倉増崇史

ーーその迷いがなくなったのはいつ頃ですか?

RM : (7月の)ロブ・ブラントとの再戦の前ですね。いろいろ身体の勉強とかもして、僕にはこっちの方が合っているんだというものがわかるようになっていった。で、合わないことはしないと。

ーー先ほどスタイル的に合わないボクサーの名前が挙がりましたが、逆に参考にしているボクサーはいますか?

RM : ボクサーでいうと今は特にいないですね。軸の作り方だったら、松井秀喜さんを見たりしています。イチローさんはこうやって(バットを前に出して)軸を合わせるじゃないですか。ただ、松井さんはこう(バットを立てて上を見る)。僕はどっちかというと松井タイプなんですよ。松井さんってこうやって身体を使っているんだとか、そういうのを見たりします。

ーー自分のスタイルを言葉で表現すると、やはりプレッシャーをかけていくパワーボクシングでしょうか?

RM : そうですね。頭を振って相手のパンチを避けたりとか、足を使って上手くやるとか、小綺麗なボクシングはもうできないですもん。来年1月で34歳になりますからね。ボクシングをやって足かけ20年が経とうとしていて、そんなに広げて、器用なボクシングはできないし、顔の小さい黒人がひょいひょい避けたり、そういうこともできない。僕は鈍臭い愚直なスタイルだなと思います。

ーー試合前から「虚勢を張らない」「着飾らない」といったことをよく話していました。できないことはできないし、強がりもしない。精神的に落ち着いた状態なのかなと感じました。

RM : そう思いますし、今、話してきたように、説明もできます。ただ、実践できているかといったら、まだそうでもないんですけどね。試合前はものすごく不安になるし、「負けたらどうしよう」とか考えたりもします。「3回でスタミナ切れちゃったらどうしよう」とか心配しても、実際にそうなったらそこで対策を考えるだけじゃないですか。「なったらどうしよう」という不安は意味がない。ただ、意味がないと思っていても、僕もまだそこを考えてしまうんです。落ち着いているけど、ホテルに1人でいたら不安になって、その度にダメだと思って、坐禅10分組んでみたりとか。無の境地にはまだ達してないです。それを目指したくて、頑張っている感じです。

ーー「そこにたどり着けていない」というのを素直に認められているのが、良い状態なのかなという気もします。できないことを認めるのも簡単ではないですものね。

RM : あー、本当ですか。そうですね・・・・・・。

ーーそうやって心身共に変化し、おそらくこれまで以上に充実した状態で、村田選手はビッグファイトに確実に近づいています。バトラー戦のリング上でも、「リアルな戦いがしたい」と自ら話していました。

RM : 実は「リアルな戦い」という言葉は少し失礼だったかなと思っているんです。バトラーとの戦いもリアルでした。バトラーも勝ちに来ていて、(負けて)あれだけ悔しがっているのに、彼に対して失礼な言葉を選んだことを反省しています。言い直せるのであれば、「人々が求める戦い」、「わかりやすい戦い」がしたいということです。(井上)尚弥がノニト(・ドネア)と戦って、ああいうビッグネームが日本で試合することで物凄く盛り上がったわけじゃないですか。そういうファンが見たいカードを作っていく、ファンの想いに応えていくことが大事だと思っています。そのニーズに応えるのがプロなので、そういう試合がしたいと思っています。

ーーそんな大舞台に近づくために、2019年は一度は敗れたブラントとのリマッチに勝利し、23日もWBOランキングでは1位だったバトラーに勝ちました。今後、大物との対戦交渉は容易ではないですが、とりあえず自分の仕事は果たせてこれたという思いはありますか?

RM : やっとスタート地点に立てた。ヨーイドンを鳴らしてもらっても良い場所に立てたかな、という気はしています。それがスタート地点なんでしょうね。今までの僕は、(スター選手から見れば)「外野でごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ」という感じの存在だったと思うんですよ。それが今では「まあこいつと戦ってもいいんじゃないの」という気持ちにはなってもらえると思う。やっとそこまできて、同時に自分自身に対する自信も少しずつ付いてきています。ただ、僕に残された時間は決して長くはないと思っています。そういった意味で、限られた時間の中で、僕がこのボクシング業界にどういう貢献ができるのか。今後はそこを目指していきたいです。

ーーもう対戦相手候補の名前が具体的には挙がっていますが、それでは次戦でビッグファイトがやりたいということですね? 

RM : ゲンナディ・ゴロフキン、サウル・”カネロ”・アルバレスがやってくれるならそれが一番ですよね。ゴロフキンのように名前がある選手との対戦をみんな見たいですよね。ファンが求める試合であり、業界が盛り上がるファイト。そういった軸をいくつか持って、今後の対戦相手は決めなければいけないと思っています。

12月24日に帝拳ジムにてインタビュー実施。“2020年ビッグファイトへの抱負&東京五輪への想い”編に続く

撮影・倉増崇史
撮影・倉増崇史
スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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