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アトランティックシティは“ボクシングタウン”の熱気を取り戻せるか 〜かつての“東のメッカ”が復活気配

杉浦大介スポーツライター
Photo By Mikey Williams/Top Rank

8月18日 ニュージャージー州アトランティックシティ 

オーシャンリゾート・カジノ

ヘビー級10回戦

ブライアント・ジェニングス(アメリカ/33歳/24勝(14KO)2敗)

9回1分56秒TKO

アレクサンデル・ディミトレンコ(ロシア/36歳/41勝(26KO)4敗)

ACで久々のメジャー興行

 アトランティックシティが“ボクシングタウン”の熱気を取り戻そうとしている。復活と呼ぶのはまだ早すぎても、希望の光が見え始めているのだ。

 8月4日には新装のハードロック・ホテル&カジノでセルゲイ・コバレフ、ドミトリー・ビボル(ともにロシア)のダブルメインイベントが開催された。2014年11月にボードウォーク・ホールで行われたコバレフ対バーナード・ホプキンス(アメリカ)以来となるメジャー興行。HBOが生中継したイベントはソールドアウトの観衆を飲み込み、試合内容でもファンを大いに喜ばせた。

 先週末には、トップランクがこちらも新たにオープンしたばかりのオーシャンリゾートで興行を打った。フィラデルフィアのブライアント・ジェニングス、ジェシー・ハート、ニュージャージーのシャクール・スティーブンソン(すべてアメリカ)といった近隣都市の目玉選手たちが続々と登場。ESPNで生中継されたカードはKO決着が多く、ローカルな支持者たちも満足して家路に着いたはずである。

 「私が台頭した頃は、みんながベガスかアトランティックシティのリングに立つことを夢見ていたものだ。砂漠(ラスベガス)かボードウォーク(アトランティックシティ)のどちらかに辿り着いたとき、自分は成功したと感じられたものだったよ」

 ロイ・ジョーンズのそんな言葉が示す通り、アトランティックシティはアメリカのファイトシーンの中で重要な場所であり続けてきた。

 80〜90年代に全米2位の規模を誇るカジノタウンに成長したボードウォークで、特に1982~85年には合計519ものボクシング興行が開催された。マイク・タイソン対マイケル・スピンクス、ジョージ・フォアマン対イベンダー・ホリフィールド、アーツロ・ガッティ対ミッキー・ウォード(すべてアメリカ)など、この街で挙行されたビッグファイトは枚挙にいとまがない。

 2000年代中盤以降には、ボードウォーク・ホールを6戦連続でソールドアウトにしたガッティがエースに就任。さらにケリー・パブリック(アメリカ)、セルヒオ・マルチネス(アルゼンチン)、ホプキンスといった役者たちがこの場所で印象的な戦いを繰り広げた。

  “西のラスベガス、東のアトランティックシティ”ーー。いつしかそんな風に呼称され、ジョーンズの言葉通り、ACのリングに立つことはトップボクサーのステイタスの1つですらあったのだ。

低迷の理由は

 そんな東海岸のファイトタウンも、残念ながら近年は凋落の一途を辿った。

 ペンシルバニア州やメリーランド州が相次いでカジノを解禁したこともあり、アトランティックシティの最大の収入源であるカジノ収益は2006年をピークに激減。2010年代には多くのカジノが経営不振に陥り、2013~16年の間にショーボート、レベル、トランプ・プラザ、トランプ・タージマハールといった5つが閉鎖を余儀なくされた。

 街の衰退がボクシングビジネスに影響するのは当然で、2015年はわずか5興行のみ。コネチカット州のフォックスウッズ、モヒガンサン、メリーランド州のMGMナショナルハーバー、さらにはブルックリンのバークレイズセンターといった新たな拠点が米東海岸に確立し、ボードウォークの影は薄くなる一方だった。

 しかし、ここに来てそんな“東のメッカ”に復興の狼煙が見える。きっかけになったのは6〜7月に、ハードロック・ホテル&カジノ、オーシャンリゾートが相次いでオープンしたことだ。おかげで7月はアトランティックシティ全体が1年前と比べて10%以上も売り上げを伸ばしたというデータもある。

 ボクシングファンにとって見逃せないのは、この2つのカジノがどちらもボクシングに熱い興味を示しているという点だ。

 「オーシャンリゾートとハードロックはやる気だよ。彼らはボクシングは客を呼べることに気づいている。おかげでアトランティックシティは再びボクシングの中心地となっていくだろう」

 ボブ・アラムがそう述べている通り、少なからず景気が回復すれば、適切なファイトを招致することの価値はカジノ側にとっても大きくなる。

 ビッグファイト時にはカジノ内は人で溢れ、レストランやショップも活気付く。そういった意味で、今後はこの2つの新カジノがアトランティックシティ・ボクシングの鍵を握っていくことになりそうだ。

Photo By Mikey Williams/Top Rank
Photo By Mikey Williams/Top Rank

鍵を握るのはフィラデルフィアのボクサーたち

 ESPNとのタッグで今後は主催興行が増加するトップランクは、オーシャンリゾートで年に4回以上のカードを行いたいという希望をすでに述べている。このシリーズを盛り上げるためにも、いきなり1興行で約10万ドルの費用がかかるボードウォーク・ホールを使用してのビッグイベントを目指すのではなく、地域に根ざした興行は必須だ。

 前述通り、18日のESPN興行にはアトランティックシティから60マイルの距離にあるフィラデルフィアのボクサーたちが数多く出場していた。幸いにも最近はダニー・ガルシア、テビン・ファーマー、ジュリアン・ウィリアムズ、ジャロン・エニス(すべてアメリカ)といった地元の看板選手が好調で、フィリーのボクシングは盛り上がりつつある。

 「私にとって地元で戦っているようなものだ。車で来れる範囲だからね。アトランティックシティが復調気配なのは良いことだ。街の復興に向けて、重要なイベントに関わることを嬉しく思う」

 オーシャンリゾートの初メインを務めたジェニングスはそう述べたが、実際にフィリーの選手にとってアトランティックシティはお膝元も同然だ。

 例えばファーマーとボルチモア出身のジャーボンタ・デービスが激突するスーパーフェザー級統一戦が実現するとして、両街の近隣リゾート地であるアトランティックシティ以上に適切な開催地はあるまい。

 「アトランティックシティがベガスより重要だった時代があった。(ピーク時には)私たちも一週末に2〜3の興行を打ったものだよ。ホリフィールド対フォアマン戦をはじめ、良い思い出はたくさんある」

 アラムは懐かしそうにそう述べていたが、アトランティックシティが同じレベルの活況を取り戻すことはもはや考え難い。 

 しかし、ニューヨーク同様、東海岸の拠点の1つに戻る可能性はあるのだろう。フィラデルフィア、ワシントンDC、ボルチモアといった近隣都市のボクサーたちが、台頭時に目指すべきステージとして再び確立できるか。新たなムーブンメントが生まれつつあるだけに、今後しばらくは重要な時間になりそうである。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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