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アンドレ・ウォード対セルゲイ・コバレフ、実力者同士の”因縁のリマッチ”が盛り上がりに欠ける理由

杉浦大介スポーツライター
(写真:ロイター/アフロ)

6月17日 ラスベガス マンダレイベイ・イベンツセンター

WBA、IBF、WBO世界ライトヘビー級タイトルマッチ

王者

アンドレ・ウォード(アメリカ/33歳/31戦全勝(15KO))

前王者

セルゲイ・コバレフ(ロシア/34歳/30勝(26KO)1分1分)

Buzzのない再戦

注目のリマッチが間近に迫っている。

リングマガジンのパウンド・フォー・パウンド・ランキングで現在1位のウォードと、2位のコバレフの決着戦。昨年11月に行われた両者の第1戦は名勝負とまで呼べる内容ではないにしても、なかなかスリリングな好ファイトになった。

2ラウンドにダウンを奪ったコバレフが前半を優位に進めたが、後半に盛り返したウォードが僅差の判定勝利。“コバレフが勝っていた”という声も依然として多く、7ヶ月後のリマッチはいわゆる“因縁の一戦”となる。今回もハイレベルのファイトになることは必至で、盛り上がる要素は整っていると言って良い。

しかし・・・・・・ファイトウィークが間近に迫っても、アメリカ国内ではこの試合に関するBuzzはほとんど聴こえてこない。

興行的には失敗に終わった第1戦の反省を生かし、前回に使用されたキャパ2万人のT-モバイルアリーナではなく、今回は約1万2000人収容のマンダレイベイ・イベンツ・センターが会場になる。それでもチケット売上は不振。関係者の悲鳴は多方面から聴こえており、当日のアリーナは空席が目立つことになりそうだ。

PPV売上も前回の16万件と変わらない数字に落ち着きそう。プロモーターのロックネイション・スポーツ(RNS)はミゲール・コット(プエルトリコ)が去った後のメインクライアントであるウォードに例によって大型報酬を約束してしまっており、RNS側のビジネスは赤字に終わる可能性は高い。

今年上半期屈指の好カードのはずのリマッチが、どうしてこれほど低調な前景気に終わっているのか。関係者の話を聞くと、やはり今興行の”Aサイド”であるはずのウォードのリング内外でのアピール不足を嘆く声が圧倒的に多い。

地元でも注目度は最高級ではない

アテネ五輪金メダリスト、プロ入り後はShowtimeが力を入れた“スーパーシックス”を制して世界スーパーミドル級を統一、無敗のまま2階級制覇達成・・・・・・

そのレジュメを紐解けば、ウォードはもっと大きな存在になっていないのが不思議なくらい。しかし、スタイル的には試合運びの上手さが身上の技巧派で、一般のスポーツファンにアピールできるタイプではない。それと同時に、幾つかのメディアイベントに参加すると、そのカリスマ性のなさが容易に見て取れてしまう。

オークランドでのイベントも熱気のなさが目立った(杉浦大介)
オークランドでのイベントも熱気のなさが目立った(杉浦大介)

現在、NBAファイナル取材で転戦中の筆者は、2日にウォードのホームタウンであるオークランドで開催された公開練習に足を運んだ。

閑静な場所にあるジムが舞台のローカルイベント。キャリアの最大の一戦とも言えるかもしれないリマッチ直前だというのに、この地元メディアデイも盛り上がりに欠ける感は否めなかった。

「(コバレフは)まだ思い知っていないなら、6月17日まで待ってみれば良い。腹を立てたいなら、そうすれば良い。再戦ではラウンドを追うごとに酷くなるだろう。彼が怒ってようが、何とも思わない。怒れば怒るほど、ミスを犯しがちになるんだから」

一部では“疑惑の判定”と呼ばれた第1戦の悔しい敗戦後、盛んに挑発を繰り返しているコバレフに対し、ウォードはそう語って冷静さを強調していた。

ただ、これらのコメントもやはりインパクトには欠ける。ウォードはこれまでも自己正当化が多く、自身の知名度が上がらない理由をメディアに押しつけるなど、現実から剥離したような発言も少なくなかった。

それに加えて、2012年10月以降の4年半で5試合しか行っていないのであれば、メインストリームのスターに辿り着けていないのも仕方ないのだろう。

再戦もウォード有利の声は多いが・・・・・・

各界のスターを売り出すうまさには定評があるロックネイションも、まだ畑違いのボクシング興行のノウハウは確立できていない。だとすれば、例え因縁はあっても、英語が完璧ではないロシア人ファイターが相手で、キャラクター的にも地味な選手同士のリマッチを効果的にプロモートできないのは止むを得まい。

残念な気もしてしまう。ウォードの実力は紛れもなく本物で、“スーパーシックス”を制した頃はボクシング界の誰からも好感を持たれる選手だった。

試合内容がスリリングではなくとも、売り出し方次第でトップに立てることは、フロイド・メイウェザー(アメリカ)が証明してきた通り。ウォードも順調に試合を重ね、プロモーター選びも間違えなければ、今頃は業界の顔としての立場を確立できていたかもしれない。

第1戦の後半はほぼ総じて優勢だっただけに、コバレフ再戦もウォードが有利と見る関係者がやや多い。ここで明白に勝てば、パウンド・フォー・パウンド1位の座を足固めできるだろう。しかし、興行的には今回も苦戦は必至。そして、注目度が高いとは言えないPPVファイトをスキルを活かして制したとしても、33歳のベテランが今以上のステイタスに辿り着くのは難しいはずだ。

スポーツ・エンターテイメントであるボクシングでは、勝つだけでなく、プラスアルファが必要。そんな世界において、ウォードはファンが望むものを供給してこれなかった。試合のペースも十分ではなかった。

結果として、自身のレガシーを左右する重要な一戦でもラスベガスにBuzzを生み出せないまま。もっと大きくなっているはずだった。そんなウォードの現状を見ると、無敗で2階級の統一王者になった後ですらも、そのキャリアに少なからず物足りなさを感じてしまうのである。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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