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日本版DBS(子どもたちを性被害から守る仕組み)は「全ての仕事」を対象に!

末冨芳日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員
日本政府は性犯罪被害から子どもたちを守れるか?(写真:イメージマート)

1.日本版DBS(子どもたちを性被害から守る仕組み)は学校・園だけではダメ!

―イングランドでは、学校ボランティアや民間シッターまで「無犯罪証明」の対象

日本版DBSとは、子どもたちに関わる仕事に、性犯罪歴のある大人が就業できないようにする仕組みのことです。

イングランドでは、子どもや支援・保護が必要な人々を性犯罪から守るために、2012年から「子どもたちを性被害から守る仕組み」であるDBS(Disclosure and Barring Service)が運用されています。

簡単にいうと、子どもに関わる仕事をしたい人が、雇用主に性犯罪に関する「無犯罪証明」を提出するという仕組みです。

イングランドでは「1日2時間以上、子どもに対面もしくはオンラインで接する」仕事が対象です。

教員・保育士だけでなく、学校・園で働くすべてのスタッフ、保護者のボランティアなどもすべて「無犯罪証明」が必要な仕事となります。

子どもを守るために、大人が遂行すべき義務として、イングランドでは当たり前のことなのです。

※東京新聞「教員や保育士などの性犯罪歴をチェックする「DBS」とは? 小児性犯罪を防ぐため、こども家庭庁が導入へ」(2022年8月9日)

たとえばみなさんが、イングランドに子連れで行ったとします。

その時に、仕事のため子どもを預けるシッターをマッチングサービスを使って探すときにも、運営会社に「無犯罪証明」を提出していないとシッターに登録できない仕組みなのです。

家庭教師や、ダンススクール、スポーツスクールなどのならいごとや、放課後学習支援ボランティアなども、DBSによる無犯罪証明の対象となっています。

これに対し、いま日本政府が検討しているDBSは「学校・園の全職員」であり、塾やならいごと、民間のシッターなどは「無犯罪証明」義務化の対象となっていません。

これでは子どもたちは守れません。

学習塾団体も、日本版DBSへの参加に積極的であることが報道されています。

※教育新聞「学習塾などもDBSの対象に 日本民間教育協議会も前向き」(2023年8月2日・有料記事)

子どもの支援団体も、日本版DBSで「子どもと関わるすべての仕事を対象に」と緊急署名を開始しています。

「学校・園の全職員」を対象だけでは、子どもたちを守るためには不十分すぎるのです。

※子どもを性被害から守れるように。「#日本版DBS」は、子どもと関わるすべての仕事を対象にしてください! #STOP子どもの性被害(Change.org)

2.学校・園だけでなく、学童・塾・ならいごと・放課後デイでも子どもは性犯罪被害に

日本の子どもたちは、学校・園だけでなく、それ以外の場でも性犯罪被害に遭い続けてきました。

令和3(2022)年度の「強制わいせつ」罪の被害者は、19歳以下の若者1958人が被害、うち12歳以下の被害者は782人でした。

※警察庁「令和3年刑法犯に関する統計資料

最近では塾講師による、子どもへの悪質なわいせつ事件も報道されています。

また、放課後デイサービスや学童でのわいせつ事件の加害者が5年間(2016-2020年度)で少なくとも44人いたことが、読売新聞調査で判明しています。

※スポニチアネックス「四谷大塚塾講師が盗撮 講師は事実関係を認めたため、懲戒解雇処分に」(2023年8月13日)

※読売新聞「【独自】学童保育・放課後デイでわいせつ、5年で職員44人…犯歴隠して再び犯行も」(2021年8月22日)

「わいせつ教員防止法」で子どもへの性犯罪で懲戒免職となり、教員免許を一回は失効した教員が、塾や放課後デイで働きつづけていたり、前歴を隠して再び学校の教員になろうとする事件も起きています。

「学校・園の全職員」だけ義務化した日本版DBSの導入をしてしまうと、多くの性犯罪者が、塾講師・ならいごと、学童や放課後デイに流入してくることが懸念されます。

子どもを狙う性犯罪者は、何人もの子どもを毒牙にかけることも、国内外の事件からよく知られた傾向です。

アメリカの研究では、一人の性犯罪者が生涯に出す被害者数の平均は380人というデータがあり「少なく見積もっても被害者はその3倍はいるんじゃないか」と証言する犯罪者もいたとのこと。

※リディラバジャーナル「【小児性犯罪】子どもを狙う加害者たちの実態

「学校・園の全職員」だけを、対象とした日本版DBSでは、まったく不十分であることが、読者のみなさんにもお分かりいただけたのではないでしょうか。

3.日本では1日1000人以上の子どもが性犯罪被害に?

―2人に1人の女児・10人に1人の男児が性犯罪被害者の可能性

子どもの性犯罪被害は、子ども自身が声をあげづらく、その全容は解明されていません。

厚生労働省の調査研究では、家庭内性暴力・痴漢なども含め「1 日に 1,000

人以上の子どもが性暴力被害を経験する」可能性が推計されています。

おどろくべきことに女児の 39%~58.8%、男児の 10.0%~12.8%に子どもの頃の性被害経験がある可能性も指摘されています。

※厚生労働省「令和 2 年度 子ども・子育て支援推進調査研究事業・課題番号 17(一次公募): 潜在化していた性的虐待の把握および実態に関する調査・調査研究報告書」,p.54.

日本の2人に1人の女児、10人に1人の男児が性犯罪被害者である可能性がある性犯罪大国・日本。

このままの日本ではいけないからこそ、日本版DBSによって、なるべく多くの場で子どもを守る必要があるのです。

厚生労働省事業による調査報告書には、子どもたちが性犯罪・性暴力被害に遭うことのダメージの深刻さも客観的につづられていますが、研究者である私も読んでいて、心の痛みをおさえきれません。

子ども若者が、あるいはわが子が、性犯罪被害に遭うことは、本来あってはならないことなのです。

4.あらゆる場で子どもたちの「安全に生きる権利」を実現する日本に―性犯罪大国・日本をやめよう

日本版DBSは、「学校・園の全職員」だけでは、不十分です。

今年4月から施行された、子どもの権利の国内法・こども基本法には、このような条文があります。

こども基本法第3条第1項

全てのこどもについて、個人として尊重され、その基本的人権が保障されるとともに、差別的取扱いを受けることがないようにすること。

子どもこそもっとも大切にされ、その尊厳と権利が尊重され、守られるべき存在です。

子どもに関わる「全ての仕事」の大人が性犯罪歴がなく、子どもに加害しないことは「安全に生きる権利」を実現することであるはずです。

「学校・園だけ」で、日本版DBSが義務化されても、塾やならいごと、学童や放課後デイなどで、無犯罪証明が義務化されなければ、子どもたちを守り切ることはできません。

日本版DBSが「子どもに関わるすべての仕事(ボランティアも含め)」を対象とすることが必要なのです。

あらゆる場で子どもたちの「安全に生きる権利」を実現する日本になるために。

性犯罪大国・日本をやめるために。

こども家庭庁・こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議でも、諸外国のDBSの対象職種の広さが資料として共有されています。

秋の臨時国会で、日本版DBSが法案として国会提出されるそうですが、その法案は「子どもに関わる全ての仕事」を対象とした「無犯罪証明」を義務化することが、子どもたちを守り切るために必須です。

どうか、日本政府をあげて、子どもたちを守ってください。

日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員

末冨 芳(すえとみ かおり)、専門は教育行政学、教育財政学。子どもの貧困対策は「すべての子ども・若者のウェルビーイング(幸せ)」がゴール、という理論的立場のもと、2014年より内閣府・子どもの貧困対策に有識者として参画。教育費問題を研究。家計教育費負担に依存しつづけ成熟期を通り過ぎた日本の教育政策を、格差・貧困の改善という視点から分析し共に改善するというアクティビスト型の研究活動も展開。多様な教育機会や教育のイノベーション、学校内居場所カフェも研究対象とする。主著に『教育費の政治経済学』(勁草書房)、『子どもの貧困対策と教育支援』(明石書店,編著)など。

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