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貧困層だけ30人学級の場合じゃない!細る日本の高学力層とICT超後進国の現実が財務省は見えない?

末冨芳日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員
(写真:IngramPublishing/イメージマート)

 30人学級について、貧困層に特化して導入することには前向き姿勢の財務省という報道がされていますが、そのような政策には意味がありません

 理由は、財務省のみなさんが大好きな日本の子供たちのテストスコアに注目したときに、高学力層の児童生徒比率が、アジア先進諸国に比べて少ないという弱点の克服には何の役にも立たないからです。

 財務省はこの厳しい現実から目を背けているのではないでしょうか?

 日本政府において子どもの貧困対策にも、エリート政策であるスーパー・サイエンス・ハイスクールにも関わっている私だからこそ、貧困層だけ30人学級にすればいいという財務省の提案には、わが国が世界をリードする科学技術大国であり続けるために教育投資をする気がないのだろうかとがっかりしてしまいます。

1.日本の高学力層比率はアジア先進諸国と比べて少ない

―二大国際学力調査(PISA・TIMSS)の示す厳しい現実

 まず2018年の最新調査で読解力スコアが大きく下落していることが話題になったPISA(国際学習到達度調査)の結果から見ていきましょう。

 PISAテストは15歳(日本では高1の入学後比較的早期に実施)を対象としています。

 低学力層に相当する「レベル1以下の低得点層が有意に増加」しているのと同時に、高学力層に相当するレベル5・レベル6以上の比率が停滞・減少傾向にあることがご理解いただけると思います(図1)。

図1・国立教育政策研究所・OECD 生徒の学習到達度調査2018年調査(PISA2018)のポイント,p.3
図1・国立教育政策研究所・OECD 生徒の学習到達度調査2018年調査(PISA2018)のポイント,p.3

 この傾向は、レベル別の生徒の割合を国別比較した下記の図2からいっそう明確になります。

 日本はレベル5が8.6%、レベル6以上が1.7%、合計で10.3%の学力上位層がいます。

 しかしこの結果はヨーロッパ諸国と比べても見劣りがしますし、レベル5・レベル6以上の学力上位層が2割以上いるシンガポール、中国都市部(北京・上海・江蘇・浙江)と比較するとかなり少ないのではないかという心配を持たれる読者も多いと思われます。

図2・国立教育政策研究所・OECD生徒の学習到達度調査(PISA)~2018年調査国際結果の要約~,p.10
図2・国立教育政策研究所・OECD生徒の学習到達度調査(PISA)~2018年調査国際結果の要約~,p.10

 同様の結果がTIMSS(国際数学・理解教育動向調査)の2019年調査結果からもあきらかになっています(図3)

 ここではより学習内容が難しくなる中学校2年生の結果に注目しましょう。

 下記の図は算数・数学の結果を示したもので学力上位層は625点以上になります。

日本の中学校2年生の学力上位層は37%いますが、シンガポール・台湾には10ポイント以上の差をつけられています。

 小学校4年生の結果も同様の傾向にあります。

図3・国立教育政策研究所・国際数学・理科教育動向調査(TIMSS2019)のポイント,p.2
図3・国立教育政策研究所・国際数学・理科教育動向調査(TIMSS2019)のポイント,p.2

 もちろん平均点を見れば、日本の子どもたちのテストスコアは上位なのです。

 しかし、わが国だけでなく世界のイノベーションを支えていくであろう学力上位層の子どもたちは、とくに先進アジア諸国と比較したときに、少ないといってよい厳しい実態があります。

 二大国際学力調査(PISA・TIMSS)が示しているのは、日本の学校教育では高学力層育成には成功しているとは言えず、その比率はアジア先進諸国と比較して少ないという厳しい現実です。

 財務省はその厳しい実態に目を背け、先進国たるわが国の競争力を維持・発展することができると考えているのでしょうか?

2.CBT(コンピューター利用テスト)後進国・日本で貧困層だけの少人数学級で大丈夫?

 そもそもPISA読解力の下落にも、上位層を支えるTIMSSにも同じ課題があります。

 それは日本はCBT(コンピューター利用テスト)の後進国だということです。

 TIMSS・2019については、学力上位国のうち日本は数少ない筆記式(コンピューター利用していない)テストをした国になります。

 PISAは2015年からCBT(コンピューター利用テスト)になっています。

 とくにPISA2018での読解力の順位下落の原因には、CBT移行により出題内容が変化し、日本の児童生徒がデジタル読解力の育成ができていないではない実態が作用している可能性が高いことを読者のみなさんはご存知でしょうか?

 PISAに詳しい松下佳代・京大教授(教育方法学)は「今回のPISAが調べている読解力は、一つのテキストについて対話的で批判的な読みを求めるこれまでのPISA型読解力と、デジタル読解力を合わせたもの」とした上で、「日本の子どもは特に後者が弱い。対話的で批判的な読みの大切さはこれまでも言われてきたが、それに加えて、デジタル読解力にはラテラル・リーディング(横読み)が必要だ」と言う。ラテラル(lateral)は横方向の意味。複数のサイトをさっと見ながら情報の信憑(しんぴょう)性を判断したり、複数の意見を比較考量したりする読み方だ。

日本の弱点、デジタル読解力 うそもある情報の海、泳ぐ力 PISA(朝日新聞12月23日記事)

 PISA・2018の読解力の結果は国際ランキングで15位まで下落しました。

 もちろん図1に示したように、レベル1以下の低学力層の増大も課題です。

 しかし同時に多くの子どもが中学力層にとどまり、高学力に飛躍できるための学びが不足していることも課題なのではないでしょうか。

 貧困層に多い低学力層だけに対応しているだけで、従来のPISA型読解力だけではなく、デジタル読解力を向上させて、読解力でもリーディング国に返り咲くことが可能なのでしょうか?

 TIMSSについても、次回2023年調査からは日本もCBT移行の予定です。

 CBT(コンピューター利用テスト)への習熟やデジタル読解力の育成などについて、すでに厳しい状況に落ち込んでいる中で、財務省は紙ベースで実施されてきた日本の学力調査(全国学力・学習状況調査)の分析結果をもとに40人学級を維持しようとしていますが、それで日本は大丈夫なのでしょうか?

 PISA・2018の結果からは、日本の子どもたちの場合には、デジタル情報の探索能力など相当基礎的なデジタルスキルの正答率も低いことが分かっています。

 高度なスキルであるCBTでの記述力以前に、児童生徒のwebでの情報を探し出す能力が平均を下回っている日本なのです(図3)。

図3・国立教育政策研究所・OECD 生徒の学習到達度調査2018年調査(PISA2018)のポイント,p.4
図3・国立教育政策研究所・OECD 生徒の学習到達度調査2018年調査(PISA2018)のポイント,p.4

  GIGAスクールによる児童生徒1人1台のタブレット・PC配備が実現しても、タイピング能力、情報を探し出すデジタル検索能力など、基礎的なデジタルスキルでの急速なキャッチアップがなければ、CBT(コンピューター利用テスト)において日本の児童生徒のテストスコアの改善は厳しいはずです。

 とくに、学力上位層の育成において国際的に決して十分な状況にあるとは言えないわが国の状況を考えたとき、貧困層への投資だけでなく、学力中位層から高位層を増やしていくための教育にも投資することは基本戦略とすら言っていいのではないでしょうか?

 貧困・低学力層だけにリソースを増やして良しと考えているのは、財務省だけではないのでしょうか?

3.授業でのICT活用がヤバいくらい遅れていた日本がキャッチアップできるタイミングはいましかない!?

―1人1台端末とともにコロナで危機感に満ちた教員とともに授業改善が進められる好機

 コロナ前から、日本の授業でのICT活用はヤバいくらい遅れていたことは、文科省だけではなく私のようにICTを必ずしも専門としない研究者の間でも憂慮されていました。

 PISA2018の生徒質問紙の分析結果からは、OECD平均と比較してもICT活用をするかどうかについて、「まったくかほとんどない」と回答した生徒が、日本は断トツに多いことが分かっています(図4)。

図4・国立教育政策研究所・PISA2018調査結果「2018年調査補足資料(生徒の学校・学校外におけるICT利用)」p.18
図4・国立教育政策研究所・PISA2018調査結果「2018年調査補足資料(生徒の学校・学校外におけるICT利用)」p.18

 ここから、教員や児童生徒のデジタルスキルやデジタル読解力を上げ、低学力層の底上げだけでなく、中学力層から高学力層の飛躍を実現するためにどうすればいいのか。

 ICT超後進国である日本が置かれた厳しい現状を理解していた専門家・研究者がため息をつく状況だったのです。

 あわせて、先進国最長・最悪である教員の労働時間進まないタブレット・PC配備昭和レトロな黒板・チョーク・プリントによる一斉教授スタイル

 授業でのICT活用による教授方法のイノベーションをどのように引き起こすか、文部科学省にとっても頭の痛い課題でした。

 ところが、コロナによって事態は一変したのです。

 まずGIGAスクール構想の前倒しによって、2021年3月には1人1台端末が実現します。

 そしててコロナ禍の中で、いつまた長期休校が来るのか分からないので、できるだけデジタルスキルを上げて、児童生徒とオンラインで学べるようにしたい、という危機感に満ちた教員たちの意識も高まっています

 コロナから時間を置けば置くほど、この危機感は薄まってしまい、タブレット・PCを活用した授業改善への熱意がなくなってしまいます。

 ただし教員が忙しい状況は、コロナ前と変わりません。

 感染症対策や、子ども保護者へのきめ細かい対応、授業時数確保、新しい生活様式に対応した学校行事の運営など、例年にも増して忙しい教員たちの中で、ICT超後進国からの挽回を一気にはかるたい熱意は高まっていても、十分に研修や授業準備に取り組む時間の確保も困難な現状があります。

 だからこそ、教員増を可能とす30人学級がいまこそ必要なのです。

 教員増により、中核的な教員がICTやタブレット・PCを活用したカリキュラムや指導方法改善を行い、それを学年・学校単位で浸透させていくだけで、日本の教員や児童生徒のデジタルスキルやデジタル読解力は飛躍的に向上する可能性が高いのです。

 もちろんターゲットとする児童生徒の学力等の状況をふまえ、地域や学校ごとに異なる指導方法の開発・工夫が重要です。

 だからこそ貧困層だけを30人学級にしている場合ではないのです。

 教員の質の確保を財務省は懸念していますが、40人学級と長時間労働で疲弊しながらも日本の児童生徒の平均的な学力を世界トップクラスに維持してきた教員集団です。

 その実力を財務省は軽く見ているのではないでしょうか?

 日本が世界に誇る教員集団を、デジタルスキル改善やすべての学力層をワンランク上に育成のためのカリキュラム・教授法改善と、増員された教員の育成とに、効果的にチーム編成できるならば、教員増は児童生徒の学力やスキルに対して相当な効果をあげるはずです。

 効果の検証は財務省もかかわりながら、政策を効果的にすすめていくことが望ましいことはすでに提言したとおりです。

 今はICT先進国にキャッチアップできるかもしれない最善のチャンスです。 

 セカンドチャンスはもう来ないかもしれません。

 コロナによってもたらされた唯一絶好の教育投資の好機を逃すのだとすれば、財務省はその存在意義を問われることになるのではないでしょうか?

4.少子化大国・日本で科学技術立国が進化を続けるためには国公私立問わずすべての学力層に教育投資を!

―貧困層にだけ投資すればいいという発想がもう貧困では?

 貧困層からの少人数学級化については、私自身も子どもの貧困対策の最優先事項として、内閣府に提言しています。

 しかし貧困層だけを30人学級にすればいい、とはまったく考えていません。

 むしろ貧困層からエリート層まで、教育政策の専門家としてすべての学力層の実態をとらまえたとき、そして教育面でのICT超後進国である日本の厳しい現状を考えた時、国公私立問わず、すべての学力層に教育投資が必要である、ということが教育政策の専門家としての私の判断です。

 貧困層だけに投資すればいいという財務省の発想自体が、少子化大国・日本において科学技術立国が進化を続けるためには、貧困なアイディアと言えるのではないでしょうか?

 そのような国に未来はあるのでしょうか?

 ICT超後進国からのキャッチアップを図り、低学力層の底上げだけでなく高学力層も厚くしていくことが、わが国の教育に求められる基本戦略になるはずであることすらご理解いただけないのでしょうか?

 日本が世界をリードする国であり続けるために、30人学級による教員増員に対し必要な教育投資を行うタイミングは今ではないでしょうか。

 英邁の誉れ高い財務官僚のみなさんの判断がどのようなものであるか、国民は注視すべきです。

日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員

末冨 芳(すえとみ かおり)、専門は教育行政学、教育財政学。子どもの貧困対策は「すべての子ども・若者のウェルビーイング(幸せ)」がゴール、という理論的立場のもと、2014年より内閣府・子どもの貧困対策に有識者として参画。教育費問題を研究。家計教育費負担に依存しつづけ成熟期を通り過ぎた日本の教育政策を、格差・貧困の改善という視点から分析し共に改善するというアクティビスト型の研究活動も展開。多様な教育機会や教育のイノベーション、学校内居場所カフェも研究対象とする。主著に『教育費の政治経済学』(勁草書房)、『子どもの貧困対策と教育支援』(明石書店,編著)など。

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