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【いま子どもの貧困対策に必要なこと・2】少人数学級は厳しい状況の子どもたちの多い学校から!

末冨芳日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員
(写真:アフロ)

 少人数学級については、実は私だけでなく、Yahoo!オーサーの妹尾昌俊さんも、単純に支持しているわけではありません。

 末冨芳・産経新聞9月23日報道へのコメント

 妹尾昌俊さん記事「少人数学級にする必要性と優先順位は高いのか?(4)他の政策(選択肢)との比較」

 日本には、様々な状況の学校があります。

 児童生徒のほとんどが安定した家庭の学校もあれば、児童生徒の大半の家庭が生活保護や就学援助を受けている厳しい状況の学校もあります。

 

 もちろん学校の教職員にとって大変な職場は後者になりますが、現実にはそうした学校により多くの教職員が配置されている自治体ばかりではありません。

 私自身が研究対象としてきたイギリス(イングランド地域)では、厳しい状況の児童生徒が多い学校ほど多くの予算が配分され、手厚い教職員を雇用できるルールが実行され、学力(テストスコア)格差の改善などに効果をあげています。

 少人数学級を実施するとすれば、日本でも厳しい状況の学校から実施しないと、いまこの社会に存在する子供たちの学力の格差はどんどん拡大する一方です

 税金を使ったそのような不正義を、私は教育財政学の研究者として許しがたく感じます

 

 残念ながら日本には、貧困問題が社会構造の問題であることを理解できず、自己責任と考える大人が一定数存在します。

 しかし、子どもの貧困問題は、子ども自身の責任はまったくない問題です。

 厳しい状況の子どもにより手厚い支援をすることで、生まれた家庭によって、学力や教育機会の格差を奪われないようにするための日本の政策の充実が、今こそ必要なのです。

 だからこそ、内閣府への意見書では、少人数学級は厳しい状況の多い子どもたちの学校から、という提言をしています。

 以下、意見書の内容です。

 

(1)要支援度の高い学校からの少人数学級・指導体制、学校プラットフォーム/チーム学校体制の充実

 現在、教育再生実行会議や、文部科学省において少人数学級・少人数指導体制が検討されています。

長期化する経済活動停滞の中で、困窮家庭の増加、心身の不調を感じたり学習支援の必要となる児童生徒の増加も予測されることから、教員だけでなく、スクールカウンセラー・スクールソーシャルワーカー等の専門職拡充や、支援団体への補助増額などの政策が必要となります。

(1)a 30人学級を標準とするための教員増員

スクールカウンセラー・スクールソーシャルワーカー等の専門職の常勤化と人員配置拡充

 教員増員は、とくに困難な状況にある子ども・若者への丁寧で質の高い教育の保障のためにも必須です。

 その前提として、働き方改革やハラスメント相談体制を充実すること、非常勤講師等に依存するのではなく、高い資質能力を備えた人材を獲得するために正規教員の増員が必要です。

国家責任として考えるならば、子ども若者の生命の安全保障のために、新型コロナウイルス感染状況下での少人数指導体制は急務といえます。

イギリスでは、2004年子ども法に基づき、「子ども若者の安全保護」に学校も責任を持つ主体とされています(神山2013)。新型コロナウイルス感染拡大に際しても、イギリス教育省は2020年5月に 新型コロナウィルスに関する安全保護指針を位置づけ、児童生徒をより小規模のグループに分けて指導しグループ間の接触を避けることを指示しています。

 また、実証的な視点からは、少なくとも、現在のような国際的にみて相当に過密な状態の40人学級が、子どもたちに認知能力・非認知能力等の面で良いインパクトをもたらすという知見は、日本の実証データを用いた研究でも見当たりません(Ito, Nakamuro& Yamaguchi2019,伊藤ほか2017)。

 国際的にみても異常な状況にある教員の長時間勤務のもとでの過密な指導体制は、教員が一人ひとりの児童生徒の課題を発見し丁寧に寄り添うことを難しくしているだけでなく、児童生徒が自分自身の悩みごとなどを教員に相談しやすい環境からも程遠く、学校プラットフォームが機能するうえでの障壁となっていることは確かです。

学級規模の最適サイズは、支援が必要な児童生徒の数や教員の勤務年数などによっても異なりますが、法制・政策上のメルクマールとなるのは30人学級であると判断いたします。

 OECD平均の学級サイズは初等教育21.3人(日本27.2人)、前期中等教育22.9人(日本32.2人)であり(教育再生実行会議2020,p.13)、先進国である我が国の法制上のスタンダードがこれと大きく乖離する状況は改善される必要があります。

またすでに67都道府県政令市のうち20自治体では、30人以下学級が実施されており、学級サイズに関する自治体間格差が大きくなっている実態は等閑視されるべきではありません。

 教育財政学研究の専門家として指摘するならば、少人数学級推進の目的を明確化することが重要であり、また教員以外の専門職スタッフの増員も含め、効果の検証を進めながらの人員配置の拡充が必要となります。

海外の研究では、少人数学級は貧困層の子どもたちに効果が厚いとする研究や(Krueger & Whitmore 2001)、日本でも少人数学級は不登校やいじめに効果があるという可能性を示唆する研究があります(中室2017)。

貧困層の子どもたちの学習面での困難や問題行動など、子どもたちの困難や課題を改善するため、という政策目的を明確化した少人数学級・少人数指導体制の推進が重要であると考えます。

子どもの貧困対策の観点からは、「子供の貧困対策に関する大綱(令和元年度閣議決定)」にも示されているように「家庭の状況にかかわらず、学ぶ意欲と能力のある全ての子供が質の高い教育を受け、能力・可能性を最大限伸ばしてそれぞれの夢に挑戦できるようにすること」(p.4)、「家庭環境や住んでいる地域に左右されず、学校に通う子供の学力が保障されるよう、少人数指導や習熟度別指導、放課後補習等の個に応じた指導を行うため、教職員等の指導体制を充実し、きめ細かな指導を推進する」(p.8)が重要とされています。

とくに自治体の子どもの貧困実態調査からは、貧困状態の子どもほど、家庭での学習環境や学習時間に恵まれず、小学校低学年段階から授業が分からないという児童生徒の比率が高いことも判明しています(末冨2019)。

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子どもの貧困対策の文脈からは、少人数学級は、きめ細かい指導やケアの実現を政策目的とすることが重要です。

この場合、政策のアウトカムとしては出席日数の増加、学習時間やテストスコア等のほかに、「授業がわかる」「教員に安心してわからないと言える」「教員に丁寧に教えてもらえる」などの学校内での心理的安全を含む児童生徒のウェルビーイングの改善や教育の質の改善が伴っているかどうかの検証が必要となります。

また教育の質の改善だけでなく、児童生徒の家庭での生活が安定しなければ継続的な学力の保障には結びつかないことから、スクールカウンセラー・スクールソーシャルワーカー等の専門職の常勤化と人員配置拡充も、重要です。

 スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーともに資格保有者は多いですが、ほとんどが非常勤職であり、勤務条件の悪さゆえに、優秀な人材を確保することが難しい状況にあります。

 スーパーバイザー等の専門性の高い人材から常勤化をし、優秀な人材を確保するととともに、学校現場の配置ニーズに対応しきれない自治体も多いことから、人員配置拡充が急がれます。また常勤職としての運用の改善も各自治体の取り組みを政府として促進すべきです。

すでに子供の貧困に関する指標として「スクールソーシャルワーカーの対応実績のある学校の比率」、「スクールカウンセラーの配置率」も採用されていますが(子供の貧困対策に関する大綱,p.27)、支援の質の向上をはかるために専門資格の保有者比率、常勤雇用を行う自治体数、学校内担当教諭の設置やスクリーニングシートの活用等による効果的な支援活動の展開などの視点からの検証も重要になります。

(1)b 要支援度の高い学校からの教員・専門職増員

要保護・準要保護率、特別支援教育・通級指導、日本語指導が必要な児童生徒数の多い学校等

 教員、スクールカウンセラー・スクールソーシャルワーカー等の専門職も、急に増員できるわけではなく、段階的な増員が実施されていくはずです。

 この際、要支援度の高い学校(要保護・準要保護率、特別支援教育・通級指導、日本語指導が必要な児童生徒数の多い学校等)からの教員・専門職増員をお願い申し上げます。

 このほかに、人口流動性の高い地域、所得格差が激しい地域などにおいても、教員が指導に困難をきたす場合も多いことから、政府として教員の優先配置をすべき学校を例示したうえで、基礎自治体で教員の配置計画を作成し、要支援度の高い学校が多く存在する基礎自治体に対して手厚い教員増員を任命権者(都道府県政令市)が実施するなどの計画策定が急がれます。

困難な子ども・若者に対し、より手厚い教育条件整備を行わなければ、児童生徒間の教育条件の格差が今以上に拡大してしまいます。

国立学校や私立学校についても、要支援度の高い児童生徒を受け入れている場合の公費助成額を手厚くするなどの支援策により、設置形態にかかわらず少人数指導体制が必要な学校・学級から実現していくことが必要です。

※見出し番号等は、記事にあわせて修正しています。

引用参考文献

●Ito, H. , Nakamuro, M. and Yamaguchi, S., 2019, Effects of Class-Size Reduction on Cognitive and Non-Cognitive Skills, RIETI Discussion Paper Series 19-E-036.

●伊藤大幸・浜田恵・村山恭郎・高柳伸哉・野村和代・明翫光宜・辻井正次,2017,「クラスサイズと学業成績および情緒的・行動的問題の因果関係」『教育心理学研究』vol.65,pp.451-465.

●神山裕美,2013,「子どもの安全保護を推進する地方自治体による多機関連携の研修システム : イングランド・オクスフォード州LSCBの研修プログラムより」『山梨県立大学人間福祉学部紀要』第8号,pp.25-36.

●Krueger, A. B., & Whitmore, D. M., 2001, “The Effect of Attending a Small Class in the Early Grades on College-test Taking and Middle School Test Results: Evidence from Project STAR”, The Economic Journal, 111(468), pp.1-28.

●Department for Education,2020, Coronavirus (COVID-19): safeguarding in schools, colleges and other providers ,UK.

●中室牧子,2017,『少人数学級はいじめ・暴力・不登校を減らすのか』RIETI Discussion Paper Series 17-J-014.

●三菱UFJリサーチ&コンサルティング,2020,『新型コロナウイルス感染症によって拡大する教育格差;独自アンケートを用いた雇用・所得と臨時休校の影響分析』

https://www.murc.jp/report/rc/policy_rearch/politics/seiken_200821/

日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員

末冨 芳(すえとみ かおり)、専門は教育行政学、教育財政学。子どもの貧困対策は「すべての子ども・若者のウェルビーイング(幸せ)」がゴール、という理論的立場のもと、2014年より内閣府・子どもの貧困対策に有識者として参画。教育費問題を研究。家計教育費負担に依存しつづけ成熟期を通り過ぎた日本の教育政策を、格差・貧困の改善という視点から分析し共に改善するというアクティビスト型の研究活動も展開。多様な教育機会や教育のイノベーション、学校内居場所カフェも研究対象とする。主著に『教育費の政治経済学』(勁草書房)、『子どもの貧困対策と教育支援』(明石書店,編著)など。

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