30人学級不要論を唱える財務省試算の重大な欠陥―先生の声が聞こえない三密教室を放置?

密集するペンギンの群れ(写真:アフロイメージマート)

1.30人学級に効果なしの財務省試算には重大な欠陥がある

―専門家として見過ごせないので指摘しておきます

 実は私の専門のど真ん中は少人数学級を含む教育財政学という学問分野なのですが、少人数学級についてはこれまで積極的な発信をせず、政府の議論や少人数学級を求める署名などのソーシャルアクションを見守ってきました。

 この時点で発信するのは、30人学級がテストスコアにメリットがないとして強固な反対論を唱えている財務省の試算には重大な欠陥があることを指摘するためです。

 官庁の中の官庁と呼ばれ、英邁の誉れ高い財務官僚のみなさんが自らその誤りを訂正し、適切な試算をなさるのではないかと見守っておりましたが、残念ながら今国会会期中に訂正されることはなさそうです。

 それゆえに、この国で少人数学級に詳しい教育財政学の研究者の一人として、欠陥のある試算を反対論に用いて40人学級を維持しようとするやり方に、疑念を呈さざるを得ないと判断いたしました。

 国会が終わり年末の予算案決定に向けて重点的な交渉が開始される現時点が、財務省に適切な認識を有していただけるギリギリの期限だと思われます。

 この記事で指摘したい財務省試算の重大な欠陥は2つです。

(1)テストスコアへの影響の有無を30人学級無効果論の根拠としたい財務省ですが、そもそも40人学級の物理環境自体が教室環境として不適切である実態を無視していること。

 とくにこの記事では、先生の声が聞こえない三密教室、という実態にフォーカスして指摘します。

(2)30人学級不要、教員増も不要とする財務省財政制度審議会10月26日資料は、そもそも試算としてのミスが複数あること。

 具体的には、特別支援教育の対象児童生徒等の増加を無視していたり、担任外教員の中に育休者が含まれていることを無視し、育休を中断させ教員を働かせる前提で試算が行われていること、です。

2.そもそも40人学級では先生の声が児童生徒に聞こえない!

―先生の声が子どもに聞こえない三密教室

 財務省試算の重大な欠陥・その1について述べていきます。

 30人学級にテストスコアのうえで、著しいメリットはないからやめておこう、というのが財務省の言い分です。

 確かにテストスコアには、学級規模よりも親の社会経済階層の方が強い影響を与える傾向にあります。

 しかし、だからといって30人学級をしなくて良いという理由になるのでしょうか?

 いまの40人学級の学校の授業において、そもそも児童生徒は十分に学力を育めているのか、という疑問が沸いてきます。

 親の社会経済階層に恵まれない子どもたちも含め、学校の授業で、学力(テストスコア)を高めるためには、その大前提として教員の言うことが児童生徒にしっかり伝わっているということがあるはずです。

 さてここで、この記事を読んでいる40人(以上)学級世代を経験したほぼ全読者のみなさん、学校の先生の授業が「いつもよく聞こえた」という経験をお持ちでしょうか?

 学校でのテストの静まり返った時のように、どの授業も静まり返ってよく聞こえたでしょうか?

 答えはNo、のはずです。

 まず、思い浮かぶ理由は、教室に子どもがいれば、しゃべってうるさくなる、ですね。

ところが、教室に40人子どもがいれば、子どもがしゃべっていなくても、教員の声が聞こえなくなることをご存知でしょうか?

 子どもが黙っている前提のもとで、30人学級では教員の声は比較的聞こえるが、40人学級では子どもが黙っていても教員の声が聞こえづらくなる、という実証研究が2013年に公表されているのです。

 この研究は、2012年度・国立教育政策研究所『学級規模の及ぼす教育効果に関する研究』という少人数学級の効果を実証する研究の中で、実施されました。

 とくに子どもが教員の声を聞き取りやすいかどうか、に特化して実施された「学級規模の大小による教室内における教師の声の伝わり方の違い―信号雑音比(SN比)に着目して―」という研究の中で明らかにされています。

 以下の図について説明します。

 上の段が30人学級で、子どもがいない状態(左)/子どもがいる状態(右)

 下の段が40人学級で、子どもがいない状態(左)/子どもがいる状態(右)

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 セルの数値は騒音計を用いて測定した音圧(デシベル/dBA)を示しています。

 15デシベルあれば、教師の正確な聞き取りに必要な音圧(音量)とされています。

 

 この図は報告書に示された3クラスのうち、中位のデータを示しています。

 そもそも、子どもがいるだけで、40人学級では最後列が15デシベルギリギリの状態になります。

 それでも、30人学級では最後列でも28.2デシベルと最前列とそれほど変わらない状況であることがデータでは示されています。

 しかしこれは子どもが全員黙っている条件のもとで教員が話すという測定条件でのことです。

 しかもこの実験の条件は、子どもが手を膝のうえに置いて動かない、ということでした。

 もし子どもが話したり、動いたりする通常の授業環境のもとでは、40人学級だと最後列では教員の声が15デシベルを下回り先生の声が十分に子どもたちに聞こえないのです。

 この記事の読者の多くも、経験に照らし合わせ、ご納得いただけるのではないでしょうか?

 この理由は非常にシンプルに以下のようにまとめられています。

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 「人体の吸音率は他の物体と比べて高い」=人が多くいるだけで聞こえづらくなる。

40人学級の後ろの列では通常の授業環境では先生の声がほとんど聞こえない、という物理的環境が存在することを無視してきたのがこの日本国で財務省が主導してきた大人数学級維持政策なのです。 

 音響のお仕事の方にとっては当たり前の前提でしょうが、そうした子どもの学習環境に関する科学的根拠を抜きに、テストスコアだけで30人学級の意義を論じる財務省の姿勢自体に、強い疑問を感じざるを得ないのです。

 子どもが話したり動いたりする通常の三密40人学級の中で、先生の声が子どもに聞こえず、塾にも通えない子どもたちがどうやって授業内容を理解すればいいのでしょうか?

 物理的に不可能とすら言えるのではないでしょうか?

 マイクを使えばいいという安易な発想もあると思いますが、聴覚過敏の児童生徒にとってはマイクや大音量はそれ自体苦痛であり不登校の原因にもなりうるものです。

 障がい者の権利条約を批准しているわが国において、可能な限り合理的配慮を実施するべき義務教育の場で、成長の途上にある子どもたちに対し、教員の声すら十分に聞こえない三密40人学級で、黙れ、我慢しろ、と教員が怒鳴らざるを得ない環境が良い学習環境だと財務省のみなさんは信じておられるのでしょうか?

 ちなみにわが子の小学校は、自治体政策もあり30人代前半もしくは20人代の少人数学級ですが、インクルーシブ教育の蓄積もあることから、教員は子どもによほどの危険がない限り、大きな声を出しません。

 机や椅子の足を古いテニスボールで保護し、聴覚過敏な子どもも学びやすい環境をいかに実現するかに腐心しておられます。

 しかしインクルーシブな教育のための努力も40人学級では、物理的に困難なのです

 40人学級であれば、教員が大きな声を出さざるえなくなることはすでにデータで確認しました。

 こうした40人学級を維持することに、どのようなメリットがあるのでしょうか?

3.体育会系教員が大声で児童生徒を威圧する昭和レトロ管理統制は40人学級ならではの非人間的スタイル

 では、児童生徒を黙らせて、教員の声を聞こえやすくすればいいだろう。

 このような昭和レトロな思考こそ、日本の子どもたちの成長を阻害するリスクに満ちています。

 体育会系教員が大声で「黙れ」と児童生徒を威圧する、しかも繰り返し毎日・毎時間。 

 もし親が同じ行為をしていれば、児童虐待と認定される可能性すらある恐ろしい行為です。

 このような環境で、子どもたちは安心して学ぶことができるのでしょうか?

 すでに日本の子どもの自己肯定感は低く、学習意欲も低いことは分かっています。

 その主要因は、学級・学校が安心できる場になりえていないことではないか、というのが私自身の分析です。

 なぜ学級・学校が安心できる場ではないのか?

 その理由はいままで子どもたち自身の学習意欲や一斉教授スタイルに求められることもありました。

 しかし、そもそも教員が子どもを威圧的に黙らせることでしか、声が伝わらない三密40人学級に教員も子どもも強制収容されている現在の状態では、物理的に安全・安心とは言えないはずです。

 そのような教室で、成長期ゆえに感受性豊かな時期を過ごす児童生徒の学習意欲は、科学的に喚起されうるエビデンスがあるのでしょうか?

4.子どももストレスフルな大人数学級

 国立教育政策研究所の研究では、少人数学級から大人数学級になった子どもたちが、学級規模が大きくなったことでどのようなことを感じているのか自由記述をしてもらい、それを分析しています。

 左が「困ったこと」、右が「よかったこと」、のそれぞれ上位5項目を示したものです。

 困ったこと>よかったこと、となっているのがご理解いただけることと思います。

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(国立教育政策研究所,2013,「進級時の学級規模拡大にともなう学級生活の違いに対する児童の認知」より)

 うるさい、暑い、せまいが、自由記述の出現率上位となっています。

 つまり、子どもたちにとって、大人数学級は、ストレスがメリットを上回ることが理解できます。

 ストレスフルな三密40人学級を維持すれば、学習意欲が上がり、テストスコアも上昇すると考えているのならば、財務省の発想もずいぶんとファンタジックだなと思わざるを得ません。

5.財務省はインクルーシブ教育はどうでもいい?

通級指導13.3万人・日本語指導4.6万人・貧困状態の子ども120万人は置き去り?

財務省試算の重大な欠陥・その2は財政制度審議会での試算そのものにあります。

 財務省は教員1人あたり児童生徒数は先進国並みであるし、少子化での児童生徒数ほど教職員数は減少していないから、教員は増やす必要がないと主張しています。

 しかし、すでに文部科学省も反論しているように、通級指導が必要な児童生徒、日本語指導の児童生徒の数は2007(平成19)年度から2019(令和元)年度にかけて2~3倍増加しています。

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 2019(令和元年度)の絶対数でいえば小中学校で通級指導13.3万人・日本語指導4.6万人となっています。

 また文科省スライドには示されていないものの、学校現場でも、ケアや保護者を含めた「チーム学校」「学校プラットフォーム」による支援の対象とされている貧困状態の子どもも最新の子どもの貧困率13.5%で計算すると小中学生だけで約120万人いることになります。

 こうした特別なニーズを持つ子どもたちは、40人学級の担任だけケアしきれるものではなく、当然のことながら担任外教員の手厚い支援が必要になります。

 しかしながらジャーナリストの平松けんじさんの取材によると財務省は「特別支援学校・特別支援学級に通う生徒数の増加を考慮していない」(財務省広報室)ということがあきらかになっています。

 つまり財務省の試算は、日本の学校現場で増加している特別なニーズを持つ子どもたちの増加を無視し、テストスコアで得点が取れる子どもだけを念頭に置いたものではないでしょうか。

 多様な子どもを前提としたインクルーシブ教育を無視し、乱暴な計算にもとづく、30人学級不要論を財務省が主張していることになってしまっているのです。

 これは弱者切り捨てという日本政府・菅政権の認識を示していると理解してよいのでしょうか?

 だとしたらとても悲しいことです。

6.「担任外教員」の実態もわかっていない危うい試算

―育休中断させ教員を働かせればいい?

 また平松さんの財務省への取材からは以下のことも明らかにされています。

財務省は資料の中で「日本は教員1人当たりの児童生徒数は主要先進国並み」で、「1クラス当たりの学級担任外教員が多い」と指摘している一方、「学級担任外教員」に育児休業中の教員や通級指導担当の教員の人数を含めていることを認めている。文科省も「そもそも学校に勤務していない教員(育児休業者約1.7万人、教委勤務の指導主事約3千人)が含まれている」と指摘している。また、財務省は「学級担任外教員」とされる教員の役割などについて把握していないという。

出典:少人数学級めぐり財務省が「担任外教員」に育休者含む試算 財政審資料(2020年11月19日記事)

 文部科学省も上記の資料で同様の反論をしています。

 分母に育休者や通級指導・指導主事などの特別な職務にあたる教員を含めてしまえば、教員あたりの児童生徒数は少なく見せかけることが可能です。

 「日本は教員1人当たりの児童生徒数は主要先進国並み」という財務省の主張は、育休中の教員を無理に現場に引き戻す前提にもとづいた乱暴な試算であることが理解できます。

 財務省は「学級担任外教員」とされる教員の役割などについて把握していない、と回答しており、自ら欠陥があることを認めているようですが、その誤りを撤回しないまま今日に至っています。 

 このような重大な欠陥がある試算のままで40人学級が維持されるとすれば、子どもたちや保護者のみなさんは納得できるのでしょうか?

 

 財務省を含む国家公務員は「公に奉仕する」ことが法律で規定されています。

 「公に奉仕する」とは、子どもたちが先生の声も十分に聞こえない三密40人学級を維持し、育休者を無理に現場に引き戻す試算をして40人学級を維持することなのか、子ども・国民にご説明いただくべきではないでしょうか。

最後に:とはいえ財務省の立場も理解はできる

―30人学級を効果に結びつける検証と戦略こそ文科・財務両省がコラボすべきである

 もしも財務官僚のみなさんがこの論稿を読んでおられたら、随分と気分を悪くなさったことと存じます(私もわかって書いています)。

 しかし、財務省のみなさんのお立場も私は理解はしているのです。

 Yahoo!オーサーの妹尾昌俊さん前屋毅さんも指摘されているように、30人学級実現に際しては教員の質の維持・向上や、非常勤ではなく正規教員を増やすこと、少人数学級での教育効果を実現するビジョンと戦略を明確にすること等が必要になります。

 30人学級を効果に結びつけるビジョンと戦略が明確ではないからこそ、財務省は厳しい反論を文科省になさっていることと存じます。

 で、あればこそ文科・財務両省がコラボすべきであると私は考えます。

 2つの省が対立しても日本の子どもたちの教育には何も良いことはありません。

 むしろ、財務省の冷静な分析力、文部科学省の熱い教育ビジョン、双方の長所を活かすことこそ、30人学級の効果をあげる条件だと私は考えます。

 30人学級を導入し、推進しながら、分析と改善、ビジョンや戦略の改訂を継続的に行う。

 子どもたちの教育をより良くしていくための緊張感あるパートナーとして両省が連携できたとき、日本の30人学級は子どもたちにとって良い効果を必ず生むはずだと、私は直感するのです。

 この際に、子どもたち自身の学習意欲、安心・安全といったウェルビーイングを含むアウトカムを、多角的かつ科学的合理的に検証することが重要です。

 テストスコアだけでなく、この記事で注目したような授業の聞こえやすさや、人の密集によるストレスなど、物理的環境などにも注目した分析も重要でしょう。

 私自身の少人数学級に関するビジョンと戦略は、また別の機会に述べたいと思います。

 最後に、そもそも物理環境として40人学級を維持するメリットは何もないことを、再度強調しておきます。