「仕事がマンネリになって嫌になった」はたいてい嘘〜多くの人はマンネリ好き。原因は別にあるはず〜

本当は「はい、お約束」が心地よいのでは?(写真:アフロ)

■「マンネリが嫌」というのはウソ。人は慣れ親しんだことに囲まれていたい

人事コンサルティングをさまざまな組織でしていると、常に出てくるのが「仕事のマンネリ化」という言葉です。人は新しいことをしていたい、同じことを繰り返すと飽きてきて別のことをしたくなる……ということです。

確かにそういう側面が多少はあることは事実ですが、本当にみんな、新しいことばかりに手を出したいと思っているのでしょうか。むしろ、組織分析を奥深く進めていくと、表面的に言っていることとは違って、保守的な人間の本性が出てきます。そう、人は新しいことなんてしたくなく、なるべく慣れ親しんだことに囲まれているほうが快適なのです。コンフォートゾーン(自分にとって快適な領域)にいることを望む人のほうが多いのです。

それが証拠に、人は旅行から帰ると「やっぱり家が一番ね」と言いますし、毎晩違う店に行くのではなく、なじみのスナックに足を向けるものです。お笑いでも、吉本新喜劇に代表されるように、マンネリ化されたものをむしろ期待しながら「来るぞ、来るぞ……来た!笑」と満足していますよね。マンネリは愛されこそすれ、嫌なことではないのです。

■「何をやるのではなく、誰とやるか」が重要だということに原因がある

それなのに、なぜ人は「マンネリが嫌」などと言うのでしょうか。これも人事コンサルティング「あるある」なのですが、結局、「何をやるかよりも、誰とやるか」が重要だということに原因があることが大変多いです。やっていることなどは、マンネリでも別に問題はないのです。それよりも、「ずっとこの人とチームを組んで(あるいは上司部下の関係で)仕事をし続けるのが嫌だ」ということが本当の気持ちなのです。ただ「この人とは一緒に仕事をしたくない」とはなかなか言えないので、「仕事がマンネリ」「だから変えてほしい」と言ってしまうのです。

つまり、マンネリと言っているのは、やっている仕事に対してではなく、一緒に仕事をしている人とのコミュニケーションについて言っている、嫌な人との不快なコミュニケーションが続くことについて言っているわけです。

仏教の四苦八苦のひとつに「怨憎会苦」(おんぞうえく)というものがあります。「憎たらしい嫌なやつと顔を合わさなければならない苦しみ」というような意味ですが、苦しみの代表である四苦八苦に並べられるほど、「嫌な人と過ごす」のは人生の大きな苦しみなのです。

■人の配置を決めるときには、能力や志向でなく、相性でマッチングをする

「怨憎会苦」を感じるような状況が発生するのは、なぜか。多くの会社や職場では、誰に何をさせるのかという人の配置を、能力やスキル、本人の志向や価値観だけを中心に考えて行っているからです。配置の担当者からすれば「できそうな人にやらせる」「やりたい人にやらせる」というのは当たり前の話で、何ら非難することはできません。

しかしながら、能力や志向はもちろん大切なのですが、(特に日本の)多くの人にとって、結局一番大事なのは上述のように「何をやるかよりも、誰とやるか」、つまり一緒に働く仲間や上司との相性なのです。

逆からみると、結局人は人間関係が嫌になって会社を辞めるのだということが、いろいろな転職理由の調査などからもよくわかります。人は仕事を辞めるのではなく、嫌な上司の下を去るのです。相性の良いチームにさえ置いてあげれば、表題のような「マンネリで嫌だ」という言葉にはならないはずです。相性の悪い人と日々繰り返される嫌なコミュニケーションが「嫌なマンネリ」であり、相性の良い人と繰り返される快適なコミュニケーションは、むしろコンフォートゾーンでしょう。

■「良い相性」には、「同質」と「補完」の2種類がある

それでは、「良い相性」とはなんでしょうか。これは、ヒューマンロジック研究所の提唱するFFS理論(チーム編成の理論)などによれば、ふたつのパターンがあります。ひとつは「同質」、つまり似た者同士ということです。もうひとつは「補完」、つまり異なった性格ではあるが、お互いに足りないところを補い合っている関係です。

前者の「同質」はわかりやすいと思います。さまざまな性格の側面が似ていて、いろいろな場面ごとに考えることや行うことが似ている。人間は、類似性効果といって、自分に似ている人に自然と好感を抱くものですから、「同質」関係にある人同士の仲が良いのは容易に理解できることでしょう。似た者同士は、意気投合するスピードも早いため、会社に入ったばかりの新入社員(新卒でも中途でも)や、退職率が問題になるほど職場の雰囲気が荒れていて、風土改革が急を要するような場合には、できるだけこの「同質」関係を組織の至るところに作るようにすべきでしょう。

ただ、「同質」関係にはひとつ問題があり、それがまさに本来の意味での「マンネリ」化です。「同質」関係は当人達には心地良いのですが、経営側から見た際には、同じような人の集まりで、似たような意見しか出ず、新しいことが出ない可能性もあるチームです(ちなみに、このように本当の「マンネリ化」は社員本人よりも、経営側にとって問題視されることが多い)。ですので、創造性が必要な場面では適さないこともあります。

■異質ではあるが「補完」する相性が、創造性ある職場の理想形

そこを補うのが、もうひとつの「良い相性」である「補完」関係です。例えば、信念が強く、目標に対する執着心が強いリーダーに対して、受容性が高く、リーダーの方針をしっかりと受け止めて、それにきちんと従おうとするメンバーは、補完関係があると言って良いでしょう。

しかし、「補完」関係は、そうは言っても異質ではあるので、同質同士の人間関係よりもお互いを分かりあい、仲良くなるのに時間がかかります。実感値で言えば、少なくとも半年ぐらいは誤解も続き、摩擦も絶えず、「なんなんだあいつは」というような危機を迎えることもありがちです。

ところが、ある程度のコミュニケーションコストをかけて、相互理解が完成した後には、ベストパートナーになる可能性の高い関係です。しかも、異質な人同士ですから、意見や持っている知識・情報なども異なり、その異なるものがぶつかり合うことで、新しいものが生まれやすくなります。つまり、創造性の高いチームができる可能性があるということです。もし、退職が激増しているなどの喫緊の課題がなく、しばらくの間の摩擦は許容できるような状況であるのであれば、この「異質・補完」という関係が、創造性を必要とされることが多いような現代の職場においてはある種の理想かもしれません。

■最後に、本当の「マンネリ」も存在するので、ご注意を

以上、多くの場合の「マンネリが嫌」は「人が嫌」であるとの背景から、今回は人間関係の「相性」について述べてみました。ただ、もちろん言葉通りの意味での「マンネリ」に苦しんでいる人がいないわけではありません。知的好奇心が旺盛な人が、単純なルーチンワークを任された場合など、「マンネリでつまらない」と思うこともあるでしょう。

その場合の対処はふたつです。今やっている仕事に新しく意味づけをしてあげるか、実際に配置転換や職種転換をしてあげるかです。ただ私の経験則で恐縮ですが、多くの場合は本稿のように、本当は仕事のマンネリが問題ではないことが多い。私たちには、それを慎重に見分けることが必要ではないかと思います。

OCEANSにて、若手のマネジメントについての記事を書いています。ぜひそちらもご覧ください。