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ジャマイカにおけるマリファナ規制の歴史(4/4)

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(写真:ロイター/アフロ)

6. アメリカの劇的な政策変更とガンジャ改革

 過去数十年にわたり、アメリカはラテンアメリカのコカやマリファナの撲滅活動に数百万ドルを投じるとともに、貿易協定や経済援助の提供を利用して、各国が(アメリカの)薬物統制政策を順守するよう促してきた。

 しかし、1970年代以降、アメリカのいくつかの州で医療用大麻のみならず娯楽用大麻をも、非犯罪化ないしは非刑罰化するところが出現し、アメリカ司法省が2013年に州の麻薬政策改革に反対しないと発表したことで、ジャマイカにも動きが出てきた。

 2013年10月8日、ジャマイカ下院はガンジャの非犯罪化問題に関して象徴的な投票を行った。実際の立法動議ではなかったものの、「反対意見なし」で可決された。これは、ジャマイカの立法機関が、改革について圧倒的な賛意を示していることを意味するものだった。

 2014年5月、大麻商業・医療研究タスクフォースは、ガンジャの非犯罪化に動くべきであると述べ、(1)ガンジャの私的使用を認めること、(2)過去にガンジャの使用で起訴された個人の犯罪記録を抹消すること、(3)宗教的・精神的目的でガンジャを吸引する集団の権利を認めることなど、政府が従うべき12項目の計画を発表した。

 翌6月には、政府は少量のガンジャ所持で有罪判決を受けた人々の犯罪記録を抹消する法案を提出し、「犯罪記録修正法」が成立した。

 そして2015年1月、「危険薬物法改正法案」が国会に提出され成立したのであった。

■2015年の改正危険薬物法

 2015年の改正危険薬物法の成立は、ジャマイカ人とガンジャとの関係を劇的に変えた。以前は、(量にかかわらず)所持は刑事犯罪であり、警察の犯歴に記録されたが、改正法によって2オンス(約56グラム)までの所持は逮捕されるような犯罪ではなくなった。つまり、500ジャマイカ・ドル(ハンバーガー2~3個分だからほとんど合法化に等しい)の制裁金が課される(日本の交通反則切符のような)違反切符が発行され、30日以内に納めなければならない(不納付の場合にはさらに罰則が用意されている)。しかし、2オンス以上のマリファナ所持は犯罪となり、逮捕・起訴される可能性は残った。

 この規則にはいくつかの重要な例外があり、以下の目的での所持は正当化される。

  1. 登録医師または保健大臣が承認したその他の開業医または開業医のクラスによって推奨または処方された医療または治療目的
  2. 公認の第三機関によって実施される、または科学研究評議会によって承認された科学研究の目的
  3. ラスタファリアンの信仰に基づく聖餐式などの宗教的な目的

 公共の場所(または5メートル以内)でのガンジャの喫煙は、タバコの喫煙と同様に、禁止されている。公共の場所とは、職場、病院、事務所、レストラン、薬局、病院、教育機関、子供が利用する場所、スーパーマーケット、公園などである。個人住宅内での喫煙は、上記の所持に関するガイドラインのもとで認められている。

■結語―ジャマイカのジレンマ―

 以上がジャマイカにおけるマリファナ規制の簡単な歴史である。

 その歴史を通じて読み取れることは、ジャマイカにおけるマリファナ規制が政府の下層階級に対する感情や偏見に深く根ざしており、マリファナの健康への影響や、特に暴力との関係についてはほとんど真剣に論議されることはなかったということである。議論の過程では、ガンジャが労働者を狂わせ、個人のあるいは集団の事件となるという話が何度も浮上している。

 平均的な国民の日常にガンジャがどの程度受け入れられているかについても議論はなく、厳しい法律が民間の価値観と激しく対立することも深刻な問題とは見なされていなかった。あるときは、大麻を吸うのは危険な少数派の行為であり、厳しい法律で規制するしかない、と主張された。

 重要なことは、ある物質が「薬物」として分類され、国家の管理下に置かれる前は、それが文化的に受け入れられていたという事実である。そのことはマリファナ規制を検証する際の不可欠な、そして本質的な部分である。国民の圧倒的多数は、マリファナを社会問題という文脈で論じることを許さなかったということなのである。

 2015年の改正危険薬物法によって、ジャマイカはガンジャ(大麻)を医療と科学目的を例外とした新たな規制に乗り出したが、単一条約との関係で問題になるのは、土着文化集団であるラスタファリによるガンジャの宗教的使用である。これは、マリファナの使用を医療および科学目的に限定している単一条約の考えからは外れることになるからだ。

 さらに、ジャマイカにおけるガンジャの宗教的・文化的使用はラスタファリアンだけに限られたものではなく、他の土着のグループや文化的慣習にも見られる。これらはアフリカに由来する伝統行事として以前から言われていることなのである。

 新しい法律と国際条約とをどう調和させるのか、またラスタファリ以外の文化集団によるガンジャの伝統的使用を法律は考慮しておらず、これらのことが今後の大きな課題だといえる。

〈エピローグ〉

 2015年の改正危険薬物法が施行された後、ジャマイカはその新たな大麻政策を世界に訴えるために、国連に代表団を送った。2016年の国連総会において、ジャマイカ政府の代表は、ジャマイカの改革された大麻政策とアプローチの焦点は、伝統的な使用のために大麻を栽培する先住民族を含む、健全な社会と持続可能な人間開発であることを強調して、次のように訴えた。

 私たちは、1つのサイズがすべてに適合するわけではないことを認識しています。ジャマイカでは、大麻は伝統的に民間療法として、また私たちの土着信仰であるラスタファリの実践者たちによる宗教行事に使用されてきました。このような特定の用途は、違法な取引のための大規模栽培とは関係がありません。

(国連総会 [UNGASS]、2016年)

(了)

【参考】

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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